第114話 王国の巡察使は重要人物 内乱の終焉(3)



 カイエン候の北の軍勢が王都を攻めていた辺境伯軍を実に見事に撃退してから三日後。


 王都の北門が開き、私とジッド殿はカイエン候の護衛として王都へと入っていく。辺境伯軍が攻めていた南門ではなく北門だというところが軍師ヤオリィンの隠れた狙いを感じる。


 なぜか、護衛として、ヤオリィンもここにいた。

 ヤオリィンという男をこれまで見てきたから分かるのだが、ヤオリィンは危険を承知でこの場に加わっている。ヤオリィン自身は、戦闘は苦手なはずなのだが・・・。


 しかもヤオリィンは、シャンザ公から兵糧を受け取ったあと、北の軍勢を王都からおよそ半日、離れた場所へと移動させて陣をつくった。


 半日、という距離。

 王都の外壁の上からでも、北の軍勢は見えない位置になっただろう。


 これで、再び辺境伯軍が王都へ攻め寄せて来たとしても、北の軍勢が救援にやってくるのは翌日だ。

 王都の危機を知らせるのに半日、北の軍勢がそれから動いて王都にたどりつくまで半日。

 知らせが届く時間によっては、翌朝に動き出すこともあり得る。王都に来るのは午後になる。


 辺境伯軍は一日、攻め放題だ。


 北の軍勢が援軍として機能する前に王都は大きな被害を受けるだろう。


 北門をくぐって王宮へと向かう途中で、何か所か崩れた建物があった。それは王都の中心近くにある王宮に近づくほど増えていき、王宮よりも南側ではまともに建っている建物の方が少ないのではないかと思うほど、建物が崩れていた。


 辺境伯軍の投石機の戦果だ。


 スレイン王国の王都では、石と粘土でつくる家が多い。近くであまり木材が手に入らないからだ。

 一年の内、雨が降る時季と降らない時季が交互にあって、雨が降る量もそれほど多くない。王都周辺で育つ樹木は、建材には向かない細く、低い樹木が多い。


 そのせいか、かつて荒れ地を開墾して農地へと変えていくときに掘り出した多くの石が建材として王都をつくりあげたと言われている。


 そんな石の家があちこちで崩壊している。


 投石機の怖ろしいほどの攻撃力に内心、驚く。

 外壁の上に立つ守備兵を盾ごと叩き落す威力だ。そのまま外壁の上を通過すれば、王都の中の建物を破壊するのも当然なのかもしれない。

 アイラとノイハはいったいどれくらいの量の石を発射したのか・・・。


 きっと王都の民は困っているのだろう、と思っていたら、北門から入ってきた私たちをあちこちから見つめている。

 民の表情は疲れているのだが、その視線だけは、どうやら好意的なものらしい。


 ・・・王都を破壊した辺境伯軍を追い払ってくれた、というとらえなのだろうか。


 王都でのカイエン候の評判は、どうやら上昇中らしい。


 ヤオリィンも王都内の建物の惨状に目を細めていた。

 私の視線に気づくと、口のはしを少しだけ動かして笑う。そして、周囲には聞こえないように小さな声で言った。


「・・・われわれの軍勢にあれが向けられずに済んで良かったです」


 ・・・それは、カイエン候には聞かせられない一言だった。


 投石機を動かしていた辺境伯軍へと北の軍勢を突撃させたのはヤオリィンだ。カイエン候は投石機を怖れて軍を止めようとしていたのだ。

 それを強く説得して、軍勢を動かしたヤオリィン。カイエン候には聞かせられない。


 そして、その一言には、まだいくつもの意味がある。


 私は、ヤオリィンの優秀さを改めて感じるのだった。






 シャンザ公の配下に案内された宿舎は、私にとっては懐かしい場所だった。


 王宮と向かい合うように、王都の中心近くに位置する建物。

 王都の最高神殿。


 ・・・いや、かつては最高神殿だった場所、と言うべきだろうか。


 ハナさまが亡くなられる前に神殿関係者を王都から逃がしていたため、ハナさまの死後に王が近衛兵たちを動かして最高神殿を攻めたときには、神殿騎士も巫女騎士もいない状態だったという。

 そのときの犠牲者は最高司祭と神殿長の二人だけだった・・・。それ以降、ここには一人の神官も、巫女もいない。もはや神殿ではないのだ。


 神殿騎士のカリフは・・・カリフは私の幼なじみでもある・・・ハナさまに殉じた二人を少しうらやましく思っているようなことも口にしていたくらいだ。


 ハナさまへの想いなら、私もカリフたちには負けない、と思う。


 それにしても。

 生前のハナさまから辺境の聖女に仕えよと命じられていなかったのなら、どれほどの神殿騎士、巫女騎士がハナさまの死に殉じただろうか。


「どうした、トゥリム?」


 私のすぐ後ろにいたジッド殿から声をかけられた。

 最高神殿を見て、少し、思考の波に流されてしまったらしい。


「・・・いえ、なんでもありませんよ」

「そうか? ずいぶん立派な建物だから驚いてるのかと思ったんだが・・・ああ、トゥリムはここに来たことがあるんだったか」


「・・・そうですね」

「懐かしさか?」

「そのようなものです」


 私はジッド殿にうなずいてみせると、最高神殿の中に足を踏み入れた。


 ・・・考えるなら、過去ではなく今のことを。


 シャンザ公がここをカイエン候の宿舎に選んだ理由は何か。


 今のカイエン候は王都を救った英雄。


 英雄にふさわしい宿舎として、まずは王宮の中のどこかがあるはずだ。しかし、そこは選ばなかった。

 それはシャンザ公がカイエン候を王宮の中に、今は、まだ、入れたくないからだろう。


 カイエン候を王宮に入れるまでに準備がしたいから、だろうな。カイエン候がいない方が圧倒的にいろいろと準備しやすいのだ。


 それでいて、英雄であるカイエン候を遇するのにふさわしい場所は、王都といえども王宮以外にはなかなか存在しない。


 わずかな選択肢から英雄扱いができる場所はここだというには・・・確かにこの最高神殿しかないのかもしれない。


 王宮と比べても見劣りしない大きさと美しさ。


 ・・・つまり、シャンザ公や、その他の誰かが、こちらのことに気づいている訳ではない、ということだ。


 これがもしも、シャンザ公からの、神殿騎士や巫女騎士を抱える辺境伯軍とのつながりには気づいているぞ、という脅しだったらどうすべきか、とも思ったのだが、あまり気にする必要はなさそうだ。


 シャンザ公やカイエン候は、内乱前からもともと支配していた領域の多い、力を持つ諸侯だ。

 シャンザ公本人やカイエン候本人が特別優秀だというほどでもない。それでも諸侯たる彼らのレベルはそれなりに高いが・・・。


 まあ、こちらの動きがまだ隠せているのなら、王宮でシャンザ公が準備しているであろう襲撃に私たちも備えるべきだろう。


 王宮で私たちが襲われるということは、ここへ案内された時点で確定したようなものなのだから。






 あまりにも、偶然としては、狙ってそうされているようで。


 それでいて、そうだったとしても、許せるような。

 不思議な気持ちにさせられる。


 私に割り振られた部屋は、ハナさまの部屋だった。


 王都の最高神殿で、もっとも大きな影響力を持っていたハナさまだが、最高神殿での部屋は質素なものだった。

 最高司祭や神殿長の部屋の方が天井飾りや壁飾りが豪華だったからか、そちらはカイエン候の部屋に割り振られていた。


 本当に、ひょっとしてひょっとしたら、私がここの孤児院の出身で、ハナさまの庇護を受けていたことを知って、あえてこの部屋にしたという可能性がない訳ではないが・・・。


 この王都で、私のことをはっきりと知っている者は三人。そのうちの二人は、王都にいるかどうかも分からない。


 だから、まだ気づかれていないはず。


 そう。

 これは偶然のはずだ。

 偶然のはずなのに。


 これが運命のように感じる。


 オーバ殿から聞かされた、ハナさまの遺言。


 ハナさまが大森林で使われている文字を使ってオーバ殿へと伝えた遺言。

 巫女騎士のリエンとシエンがオーバ殿に届けた木板に炭のようなもので書かれていたハナさまの文字。


 ・・・どうしてハナさまが大森林の文字を知っていたのかはオーバ殿も教えてくれなかったが。


 私の生まれについて語り、私に王となってスレイン王国を治めてほしいという、ハナさまの最後の願い。


 この部屋を割り当てられたことが、それを必ず叶えるように、という後押しのような気がしてくる。


 今、スレイン王国には王はいない。殺されたからだ。おそらく、シャンザ公によって。


 殺された王に成人した子はいない。

 そして、殺された王には兄弟もいないことになっている。


 私以外は。


 殺された王の父である、前の王によって手折られた最高神殿の美しい巫女。

 最高神への祈りを求められて離宮へと呼び出され、前の王の毒牙にかかった。

 ハナさまは前の王によって離宮に閉じ込められていた美しい巫女を救いだし、最高神殿で保護して、そうして、私が生まれた。


 ハナさまは私を孤児として育て、鍛え、巡察使とした。


 私は神殿騎士となることを望んだのだが、ハナさまは認めなかった。


 王国の全てを見てきなさい、と。

 王都の最高神殿を守る神殿騎士ではそれは叶わないのだ、と。


 この部屋でハナさまとの思い出をゆっくり振り返った今なら分かる。


 ハナさまは、私を本当の王にするために巡察使としたのだ、と。


 オーバ殿の離脱で、本当にここから先の作戦がうまくいくのかという不安もあったが・・・。


 オーバ殿から伝えられたハナさまの遺言は、ハナさまの願いであると同時に、ハナさまの預言でもあるのだ。うまくいかないはずがない。


 ハナさまがいったいいつからこの未来を見通していたのかは分からない。


 ただ、私は。

 ハナさまがこのスレイン王国をとても大切に思っていたことだけは知っている。


 だから、このスレイン王国をハナさまに託されたのなら、私は全力でこの国を守る・・・。


 たとえ、私がこの目で見てきたこの王国がどのようなものであったとしても。





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