第114話 王国の巡察使は重要人物 内乱の終焉(2)



 恐怖で顔色を青くしながらも、にやりと笑うカイエン候。「王都の外壁はこれまでの町よりも少し高いが、我が北の精兵ならば乗り越えられよう? そなたたちもここまでの進軍で我が北の精兵の強さを見たであろう?」


 ・・・なんということを。


 この野心家は本当に・・・ダメだ・・・。


 使えない。


「候よ、候よ。落ち着いてください」


 そこに走ってやってきたのは、軍師ヤオリィン。「それでは候の評判が地に堕ちます」


「なんだと?」


「・・・王都周辺では、シャンザ公が広めた候の悪評が根強く残っております」

「む・・・」

「その悪評のせいで、王都付近の町は激しく抵抗していたのです」

「むう・・・」


「候とシャンザ公の対立は誰もが知るところ。だからこそ、ここで、候が王都の、王家の援軍であることが、どうしても必要になるのです」

「だ、だがヤオリィン。たとえそなたでも、あれをどうにかすることはできんだろう?」


 カイエン候はそう言って投石機を指す。

 軍師ヤオリィンはカイエン候が指す投石機をまっすぐに見つめた。


 さあ、どうする?

 私はヤオリィンに注目した。


「・・・私が見たところ、あの石を飛ばす大きなものは、かなり慎重に設置されたと思います」

「何?」


 カイエン候が表情を変える。


 ・・・どういうことだ?


 私も、すぐ近くのジッド殿も、ヤオリィンの次の言葉を待つ。


「あのような柔らかい動きで石を飛ばすのなら、その狙いは正確につけなければ意味がありません。そしてそれは簡単なことではないでしょう。あれは、王都の外壁の上の兵士を狙い、当たらなかったとしても王都の壁内へと被害を与えられるように慎重に狙いをつけて設置されているのでしょう」


「どういうことだ?」

「つまり、われわれの方に向けても、簡単に狙いをつけられるものではない、ということです」


「そうなのか?」

「ええ、おそらくはそうでしょう」


「・・・狙いが正確ではなくとも、こちらにあれを向けられては・・・」

「候よ、もし、こちらに向けられたとしても、その狙いは不正確であり、仮に狙われたとしても、われわれ全軍が一度に倒れるようなことはありません。たとえ何人かが死んだとしても、その間に誰かがあそこにたどりつき、相手を剣で倒すだけです」


 ・・・聞いたことも、見たこともない、初めて見たものに対して、なんという冷静な分析を。


 オーバ殿とも交流があったのだから、ヤオリィンは投石機の説明を受けていたのだろうか?

 そうでないのなら、やはりこの男は優秀だとしか言いようがない。


「候よ、軍を動かしましょう」

「し、しかしだな・・・」

「トゥリム殿」


 ヤオリィンはカイエン候から私へと視線を移した。「あれはおそらく辺境伯軍秘蔵の新兵器ではないかと小生は考えます。トゥリム殿のお立場では、われわれには言えないことがいくつもあるでしょうが・・・先ほどの私の考えは間違っておりますでしょうか?」


 こいつ・・・。

 ここで、こっちまで利用するのか?

 びびったカイエン候を動かすために?


 私は思わず、ジッド殿を見てしまう。

 ジッド殿はそっと目を伏せた。


 ・・・好きにしろ、ということだろう。そもそも、ジッド殿はスレイン王国語の会話は部分的にしか分からない。しかも、ヤオリィンはジッド殿にはより分かりにくい言い回しをしている。


 そこまでやるか、というぐらいに。


 ここで大森林の言葉でジッド殿と相談することは、カイエン候に不信を抱かせる可能性もある。


 そもそも、私もジッド殿も、投石機についてオーバ殿からくわしい説明を受けた訳ではない。オーバ殿は『石をたくさん投げ飛ばす新兵器があるから攻城戦も問題ない』というくらいしか言ってなかったのだ。イズタからも簡単な説明しか聞いていない。何より、投石機の実物を見たのはこれが初めてだ。私も、ジッド殿も。


「いかがでしょうか?」


 ヤオリィンが目を細めて、私を見ている。「それとも、あの密約は偽りだと?」


「いや、それはない。ヤオリィン殿の考えでよい」


 オーバ殿の説明を受けたわけではない。受けたわけではないが・・・。


 さっきのヤオリィンの説明に、私は納得させられていたのだ。


 アイラ殿やノイハ殿がオーバ殿も交えて話した作戦を曲げるはずがない。

 こちらが押し寄せれば、辺境伯軍は必ず逃げる。


 たとえ、投石機についてのヤオリィンの予想が間違っていたとしても、それだけは確実だ。


 ヤオリィンは大きく、こちらに見せつけるように大きくうなずいてから、再び軍を動かすように指示を出し始めたのだった。






 ヤオリィンが動かすカイエン候の軍勢の動きは速い。


 が、それを見て動いた辺境伯軍の動きも速い。


 カイエン候の軍勢が到達する前に、投石機を分解し、破壊して逃げていく。

 新兵器である投石機を奪われるわけにはいかないからだ。


 投石機の土台となっていた三角の土台の頂点から、竹を支えていた金属の棒を抜く。


 テツの棒だ。


 竹が地に落ちると、斧で竹を叩き割る。


 ロープを結んだ根本と、テツの棒を通していた中央、それと編みカゴがあった先端の、三か所。


 そして、テツの棒とロープを結んだ根本と、編みカゴの先端を持って、走って逃げる。


 ・・・おそらく、この分解、破壊の作業まで含めて、訓練したのだろう。


 そう思える、見事な動きだった。


 スレイン王国では大森林にはたくさんある竹が手に入らない。

 そして、竹でなければ、あのしなりはできない。


 それにネアコンイモのロープでなければ、あれだけの石をのせられる強靭な編みカゴはできない。


 投石用の石が大量に放置されているが、それは人間では投げることが難しい大きさのものだ。


 三角に組まれた土台だけでは、さすがのヤオリィンにも、どうすることもできないだろう。投石機の秘密はこれで守られた。


 辺境伯軍は王都の南西へと撤退し、北の軍勢は残された三角の土台のまわりに集結し、勝ちどきをあげる。


 王都の外壁からは絶えることなく歓声が響いていた。圧倒的な暴力から生き延びることができた喜びに満ちた歓声が・・・。


 結果として、カイエン候は王都の守備兵の心を掴んだのだった。


 カイエン候が王都を攻撃しようと考えたことは知らないからである・・・。






 私の前でジッド殿が首をかしげた。


「カイエン候の軍勢を王都に入れない、と?」

「はい」

「なぜ?」


「・・・なぜでしょうね。いろいろな理由はありますが、シャンザ公が何を考えているのかは分かりませんよ、さすがに。まあ、それでもこれはオーバ殿の予想通りではありますが」


 ヤオリィンは王都と交渉して、王都の中に北の軍勢を入れようとしたが、シャンザ公に拒絶された。


 ・・・兵糧については五日分、確保したらしい。兵糧は大事だから、だな。


 ヤオリィンにとっては、軍勢を王都内に入れることはそれほど意味がないようだ。


「誰も入れないのか?」

「いえ・・・カイエン候と、その護衛だけは、王宮へ招待されています。暗殺されたので王は不在ですが、代わりに宰相から褒賞を受けるそうです」


「・・・それは、罠だろうな」

「罠ですね」

「ヤオリィンはどうするつもりだ?」

「ヤオリィンは、軍を退かせて王都から離し、カイエン候と護衛だけで王宮へ行くつもりです」


「・・・カイエン候が殺されるぞ?」

「その可能性は否定できませんが、このまま王都の近くに軍を留めるよりも安全だそうです。北の軍勢が近ければ近いほどカイエン候の叛意を疑われると・・・言われてみればその通りかもしれません。しかも、危険があることはカイエン候に伝えずにやるつもりのようですよ、ヤオリィンは」


「カイエン候の軍勢が王都から離れるのは都合がいいんだが・・・」

「王宮へ少数で行くのは危険ですね」


「・・・その護衛に、おれたちは加えてもらえるの、か?」


 それが本題であるとでも言うように、ジッド殿は声を小さく落として、そう言った。


「・・・それが今回の本筋でしたからね」


「・・・やれやれ」


 ふう、と小さくため息をつくジッド殿。


 死地に赴くと知ってなお、小さくため息をつく程度で受け入れてしまえるジッド殿の豪胆さを見習いたい。


「王宮に入れる人数は?」

「カイエン候も含めて八人です。八は、スレイン王国では英雄の数ですから」

「英雄の数?」


「建国王が最初に小さな村を守ったことがこの王国の始まりとされていますが、その時、建国王に従い、共に戦った七名の戦士がいたと言われています。王と戦士で合わせて八人。この国でもっとも縁起の良い数です」


「・・・言い伝えを引っくり返したいのか、シャンザ公は?」

「そうかもしれませんね」


 そんなジッド殿の言葉に答えながら、私は思わず微笑んだ。


 そして、私とジッド殿はカイエン候の護衛として王都の中の王宮へと入るのだった・・・。





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