第112話 老いた天才剣士は重要人物 北の軍師(4)
カイエン候がヤオリィンに声をかけると、ヤオリィンは兵士たちに指示を出していく。
・・・これでカイエン候はこの軍を自分が掌握しているつもりなのだろうか?
それとも、これではカイエン候が軍を掌握していると言えない、ということにさえ気づけないくらい愚かなのだろうか。
確かにヤオリィンは、大きな声で前線に出て剣を振るって戦うような猛将ではないので、それほど目立たない。
でも、ごく普通に見ていれば、この軍の隊長格らしき兵士たちはヤオリィンから何か指示を受けるとうなずいてすぐに行動に移る。そして、部隊が動いていく。
盾を準備した盾兵たちが、町の外壁へと前進していく。
その中に、はしごを持った兵士も見える。アコンで見るような縄ばしごではなく、木のはしごだ。しかし、どうも、短いのではないかと・・・。
「トゥリム、はしごが外壁に届かないくらいの長さじゃないか? あれじゃ短いだろう? それと、あの盾・・・持つところに何かついてるぞ? なんか、器みたいな・・・」
「ええ、そうですね。はしごは短いと思います。それに、はしご攻めは外壁の上の兵士にはしごごと押し倒されて痛い目に遭うので、王国ではあまり見ない戦法のはず・・・。盾も、ちょっと変わってますね?」
前進していく盾兵と、その盾に守られながら運ばれていくはしご。
外壁にはしごが立てかけられていく。
外壁の高さは五メートルくらいか。はしごは三メートルくらい。あれでは上まで登れない。
「はしご、やっぱり届いてないぞ」
「いったい何を・・・あ、ジッド殿、あれを!」
おれはトゥリムが指す方を見る。
そこでは、盾兵が持っていた盾を頭の上に乗せている姿が見えた。
「・・・盾についてた器の形が、頭にかちっとはまったのか?」
「持ち手の革をあごにかけていますね。頭の上で盾が固定されて・・・そうか、あれで外壁を登れば両手が使えますね」
「・・・そんな工夫を?」
「おもしろい発想ですね」
「じゃあ、はしごも、か?」
見ていると、頭に盾をかぶった兵士がはしごを登っていく。
そして、はしごの限界の三メートルくらいまで登ると、懐の短剣を抜いて外壁の石のすきまに突き刺す。突き刺した短剣は外壁を登るための足場になる。
「なるほど、そういうことか」
「どういうことだ?」
「はしごは確かに短いのですが、あの位置に立てかけたら外壁の上の敵兵にははしごを押し倒すことができません。外壁の一番下から短剣で足場をつくっていくより、あの方が早い。だから、はしごはわざと短いものにしているのでしょう」
なるほど。
はしごはすでに七か所も立てかけられており、そのうちの三か所から北の軍勢の兵士たちは外壁の上へ到達している。
そして、外壁の上で銅剣を振るい、外壁の上の居所を確保して次の兵士の侵入を助けている。
相手は弓兵なので、頭にかぶっていた盾を左に、銅剣を右に持つ北の軍勢の兵士が外壁の上でうまく盾を使って戦っている。
弓兵は一度矢を放つと次の矢をつがえるまでの時間がどうしても隙になるのだ。矢は盾で防いで、矢をつがえる前に銅剣で切りつける。本当にうまいやり方だ。
ツァイホンと比べて、堀もなければ外壁も低いのだが、それでもここまであっさりと外壁の上に兵士をどんどん登らせていくとは驚きだ。
外壁の上の敵の弓兵が減る代わりに、外壁に立てかけられるはしごと、外壁を登る銅剣と盾の兵士が増えていく。
敵も弓兵が後退し、剣や槍を持った兵士が押し出されてくる。
「・・・攻城戦ってのは、こんなにあっさり外壁の上で戦えるもんなのか?」
「いや、これは、見事なものだと思います。四つの町を落したという話も、これなら納得です」
「・・・ん、またはしごか?」
後方から新たな兵士たちがはしごをもって外壁に走っていく。
もうほとんど外壁から矢は飛んでこない。弓兵は後退したのだ。
そのため、盾もそれほど必要がないようだ。
「あのはしご、長いですね・・・ああ、もう外壁の上に味方の盾兵が集まって・・・なるほど、外壁の上に味方の集まる場所が確保できたら上までのはしごを立てかけるのか」
「その方がもっと早く上に行ける。あ、二つめの長いはしごが・・・」
カイエン候がトゥリムのところにやってきて、何か、話しかけている。
ま、自慢してんだろうな。
見惚れるくらい、うまく外壁を攻めている。
これは自慢したくなっても仕方がない。
ただし。
カイエン候はほぼ何もしていないと思う。
何の役にも立ってない。
いつの間にか、外壁の上の兵士の数は、敵味方がほぼ同数くらいになっている。
外壁の上までかかっているはしごはもう五つもある。
盾兵以外に、弓兵が外壁へと登って、壁の内側に矢を射かけている。これじゃ、外壁がどっちの軍を守っているのやら、だ。
盾兵は戦い方がうまい。
構えは左前の半身で、左肩にがっちり盾を固めている。
二人一組か、三人一組で行動し、とにかく盾ごと相手にどすんと突進し、相手を押し倒す。
押し倒された相手はそのまま外壁の下に落ちたり、その場に転んだりする。
下に落ちたのはともかく。
その場に倒れた敵兵には、胸当てのある心臓ではなく、胸当てが届いていない腹に銅剣を突き刺す。即死ではないが、痛みでまともに動けなくなるし、時間が経てばそのまま死ぬ。剣を振り回すわけではないので剣術の技量も不要。
徴兵されたそのへんの農夫たちを戦える兵士に生まれ変わらせている。
あの、馬鹿みたいにおれたちのところまではるばる走ってきたカイエン候の武闘派の軍勢とは、おそらくレベルがちがう。
この盾兵たちの方がレベルは低いのだろう。だが、戦えばこっちの盾兵たちの方が勝つ。間違いなく、勝つ。
外壁の上まで通じたはしごが八つになり、外壁の上の兵士は北の軍勢の方が多くなっている。
外壁の外では、槍兵が三十人くらい門の外に集合している。手にしている槍は、もちろん、ごく普通の、二メートルあるかないかというくらいの長さの槍だ。
外壁の上の盾兵の数は減っていて、弓兵が増え、たくさんの矢が外壁の内側に放たれている。
もはや時間の問題だろう。
ヤオリィンの勝利は揺るがない。これはカイエン候の勝利ではない。
そして、門が開く。
それと同時に、槍兵が雄叫びをあげて突進していく。
町の中へと北の軍勢が突入してからしばらくが経ち、この町の領主が降伏した。
こうして、ヤオリィンは町をひとつ落とした。
攻略が難しいと言われる攻城戦で、北の軍勢は死者十二名。相手は死者二百二十六名。
圧勝だった。
もめたのはその後だ。
戦後の交渉で。
圧勝だったからもめたのか、圧勝でなくとももめたのかは分からない。
カイエン候が何やら叫んでいて、トゥリムがそれを止めようとしている。
なぜそこでトゥリム?
カイエン候の叫びの矛先は、軍師のヤオリィンとこの町の領主。どちらかというと、ヤオリィンに対するもののように見える。
他の、カイエン候の護衛とか、隊長格の兵士とかは、どうすることもできずに戸惑っている。
この状況で、兵士たちが略奪などの騒ぎを起こしていないということが驚きだ。
いや・・・だから、か?
そう言えば、スレイン王国での戦いは、勝った者が奪う、という形になっている。というか、そもそも、戦いとは負けたら奪われるものだ。今の状況の方が特別だろう。
実質的にヤオリィンの指揮下にあるこのカイエン候の軍勢は、敗者から奪うこと、それを我慢している。ヤオリィンに我慢させられているという方が正しいのかもしれない。
この中で、ヤオリィンの指示に唯一従わない存在、従う必要がない存在というのが、カイエン候。
・・・おそらく、もっとこの町から奪い取ろうとか、そういうことを叫んでいるのか?
そういえば、もともと仲のよくない領主だったとかいう話だった。
こういうとき、スレイン王国の言葉が分かると助かるんだが。
あとからトゥリムが教えてくれるんだろうけれど、その瞬間に判断できるかどうかは
・・・スレイン王国の領主ってのは、まともな奴がいないのか? それともカイエン候ってのがおかしいのか? いや、スレイン王国ではカイエン候の方が正しいのか?
もしそうだとしたら、だから国が乱れるんじゃないのか?
結局、トゥリムの説得でカイエン候は引き下がったようだ。ただし、顔は真っ赤にしたままで。
これでトゥリムの発言力が増した気がする。
その点ではよかった。
夜になって、トゥリムからもめてた内容を聞かされた。
ヤオリィンは兵士一人あたり三日分の食糧と、帰り道では戦わずにこの町を通過できることと、そのときにも兵士一人あたり三日分の食糧を差し出すことを求めたらしい。
トゥリムも驚いたそうだが、この条件は勝者が敗者に要求するものとしては、とても軽いものだそうだ。ちなみに、負けたこの町の領主も驚いていたらしい。
そして、カイエン候は怒った。激怒した。この軍師は許せんと叫んだ。
ヤオリィンは、カイエン候に叫ばせるだけ叫ばせていたので、仕方なくトゥリムがカイエン候を止めるように動いた。
・・・トゥリム、利用されたんじゃないか? ヤオリィンに?
それで、いろいろあって、ヤオリィンは追加で、敵兵のうち動けなくなった重傷者の数の半分を、動ける兵士で差し出せ、という条件を出した。これくらいはないとカイエン候もあのままだから、と。
勝ったわれわれは、勝ったにもかかわらず、この町に入ってから、兵士にも住民にも乱暴はしていないし、略奪もしていない。
これは、この町に対するわれわれの温情である。
今からでも略奪や乱暴はできないわけではないし、その上で王都からの帰りもまたこの町で戦って、この町をもっと苦しい状況にすることもできる。
たまたま今回は領主が早めに降伏したのでこの戦いでは誰も捕虜にはなっていない。
しかし、戦った結果、動けなくなった者は、捕まって捕虜になるのが普通のことである。
ただ、重傷者を捕虜として受け取っても、どうすることもできない。
だから捕虜として受け取る数は重傷者の数の半分にする。その代わり動ける者を寄こせ、と。
このあたりの話が出て、カイエン候は叫ぶのをやめた。
・・・付け加えた要求も、それほど大したものでもないと思ったのだが、カイエン候はそこで叫ぶのをやめたというのなら、ヤオリィンはわざと最初に低い要求を出したと考えられないだろうか?
馬鹿みたいな話だが、ヤオリィンの本当の交渉相手はこの町の領主ではなく、自分の主君であるカイエン候だったのではないか?
まさかと思う話だが、それが真実なのかもしれない。
この町の領主は、人数はそれでいいが兵士でなくともよいか、と。
ヤオリィンは、兵士ではない者は捕虜となる兵士の家族であること、また、子どもは数に含まないこと、を条件として示した。
子どもも数に含めて親子で移動できるように、と領主は求めたが、子どもと親を引き離したくないのであれば子どもの分はあきらめるようにとヤオリィンは譲らず。
王都から北へ戻るときに、その人たちを受け取ることに決まる。
敵兵のうち動けない重傷者の人数はカイエン候の軍勢によってすでに確認が行われており、その半分の三十二名を、カイエン候の軍勢が戻ってくるまでに決めておくことになった。
最後に、ヤオリィンは、今回、王都への援軍であるわれわれに対して敵対したことは王都に伝えなければならないこと、その結果としてこのような約束が結ばれたことも王都に伝えて必ず約束が守られるように王都の保証を得ること、を告げて、とどめに、帰りももう一度戦いたいのであれば遠慮なくどうぞ、と言い捨てて、この町の領主を青ざめさせ、交渉を終えた。
仲の悪い領主が青ざめたのを見て、カイエン候は嬉しそうににやついていたらしい。
領主を赤くしたり、青くしたりとヤオリィンも忙しい奴だ。
「あいつの狙いは、何だ?」
「おそらく、ヤオリィンは食糧と通行の安全があれば他はどうでもよかったのでしょう。勝てるとはいえ、戦えば自軍にも被害は出ますから。それと、この町の領主よりも主君であるカイエン候の方が面倒なようでしたしね。それよりも・・・」
もともと小さな声で話していたが、トゥリムはさらに声を落とした。「・・・辺境伯軍とシャンザ公の軍勢の戦いがあったようです」
うむ。
そっちの方がおれたちには重要だ。
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