第112話 老いた天才剣士は重要人物 北の軍師(3)
カイエン候が率いると言いつつ、実質的に軍師ヤオリィンが率いる北の軍勢千人が、王都方面への南下を始めて三日。
進軍速度や野営準備を見ていると、この前、リィブン平原で戦ったカイエン候の軍勢とは、まったく別の軍だと分かる。
はっきりいって動きがちがう。兵士たちの顔にも自信と余裕が見てとれる。
そういえば、カイエン候の別働隊として南下し、いくつかの町を落としたはずだ。ええと、四つだったか? いや、そういえば逆に、ヤオリィンの率いた別働隊が負けたという話は聞いていない。
そして、おれとトゥリムもこの北の軍勢とともに、王都への街道にある一つ目の町にたどりつくと、その一つ目の町があっさりと開門した。
戦うことなく、である。
これには驚いた。
別に、この町はカイエン候の支配地ではない。
それなのに門を開いて、一つ目の町の領主がカイエン候を出迎える。
外壁の高さは五メートルくらいか。この町には堀がない。辺境伯領以外は外壁の外に堀がないというのは本当のようだ。それでも戦えばそれなりに時間を稼げるはずなのだが・・・。
「カイエン候の人気が、このあたりの諸侯の間で上がっているようですね」
トゥリムがつぶやく。
・・・なんでまた?
惨敗した間抜け指揮官だろう?
おれの納得できない顔を見たからか、トゥリムが話を続ける。
「敗れたとはいえ、シャンザ公の檄に応じて戦った唯一の諸侯です。それに、敗れてもまた王都へ援軍として駆けつける忠心の厚い者だ、とか・・・」
「・・・あいつが、そう見えるのか」
「ヤオリィンがそういう話をばらまいている可能性もあるでしょうし、そのカイエン候の評判をうまくヤオリィンが利用しているとも言えますかね。あとは、この町に対してヤオリィンの出した条件が町にとっては妥協できるものだったのでしょう」
「条件?」
「あれです」
トゥリムが指す方を見ると、町の人から兵士たちが小さな袋を一人ずつ渡されていた。
あれは確か、腰に結ぶ小さな食糧入れの袋か?
二、三日分しか入らないはずの?
「兵士一人に対して二日分の食糧だそうです。千人を二日分ならたいていどこの町でもなんとかできる。たったそれだけで戦って命を落とすことも、略奪を受けて多くを奪われることもなく、やりすごすことができる。戦って負けた場合は1ヶ月分とか半年分とかの食糧を奪われる可能性があります。ヤオリィンが率いたこの北の別働隊は四つの町を落としたと知られていますし、それを相手に二日分で済むなら食糧を渡して通過させた方がいい。王都のシャンザ公の檄に応じた軍勢なので、それに協力したのなら領主としての面子も保てる」
「だから、千人に軍勢を絞ったのか。交渉で奪う食糧が相手の許せる範囲におさまるように?」
「でしょうね。数の多さではなく、援軍であるということ自体で、王都のシャンザ公に対しては意味がありますし。われわれとは戦わないつもりですから、兵士の数はそもそも必要ありません」
「シャンザ公の味方でもあり、おれたちの味方でもあるというおかしな軍勢なんだが」
「われわれの味方であるとは、今のようすでは他の者からは分かりませんから」
トゥリムの言う通りだ。
おれたちはそこにうまく隠れて王都に侵入するつもりなのだ。
そして、こいつらが本当におれたちの味方になるかどうかは、実はまだ分からない、という風に思っておかないと。
油断大敵、だ。
「しかし、二日分で足りるのか? 自分たちで用意した食糧がどんどん減るだろう?」
「食糧が減れば輜重の荷車が軽くなって軍の速度が増すからいいそうです。そう言ってましたよ。この先の町でも同じようにやって、王都につく頃には残り三日分の食糧になるらしいです。目的地の王都では遠慮なく分けてもらうつもりでしたよ、ヤオリィンは。シャンザ公は敵でもあるから手に入れる食糧を手控える必要がないようです」
・・・やっぱりこの軍師、とんでもない奴だ。
「実に有能です。見せつけてきますね」
トゥリムは感心したようにそう言った。
北の軍師ヤオリィンか。
こいつがリィブン平原にいたら、はたしておれたちはあの戦いのように勝てたのだろうか?
負けないにしても、かなり苦しめられたんじゃないかと思う。
さらに三日後の二つ目の町も、その三日後の三つ目の町も、同じように二日分の食糧をかすめ取って通過した。
ヤオリィンの指揮下にあるこの北の軍勢の兵士はよく自制できていて、通過した町では何も問題は起こしていない。
そういうところも、それぞれの町の領主から信頼されているのだろう。
進軍が速いのもこの北の軍勢のしくみがいいからだ。
ヤオリィンは軍を大きく三つに分けて、一日交代で先陣と炊飯、中陣と休息、後陣と輜重という三つの役割を全て行わせていた。
先陣は全速で野営予定地点に進み、野営地点で警戒しつつ炊飯し、野営準備を整えて全軍の到着を待つ。
中陣は進軍と休息を繰り返し、体力をほどよく保ちながら、野営地点を目指す。
後陣は重い輜重を移動させるのでどうしても遅くなるが、その分、力が必要で、とにかくその日のうちになんとしても野営地点に入る。
先陣を務めたら翌日は後陣、後陣を務めたら翌日は中陣、中陣を務めたら翌日は先陣。全てを交代していくことで、うまく疲労を回復させている。神聖魔法がなくても、こういうことができるのか。
しかも、それぞれの軍がどのくらい速かったか、どのくらい休めたかなどを言い伝えて広め、競わせて兵士の意欲をかき立てている。
こんな工夫もあるのか、と気づかされた。
トゥリムの言う通り、ヤオリィンは有能さを見せつけてくる。
北の軍勢を甘く見るな、なめるなよ、とでもおれたちに言いたいのかもしれない。
そして、そろそろアイラたちの方では戦いが行われているはずなのだが・・・。そういう情報はヤオリィンがうまく伏せて、おれやトゥリムには入らないように仕組んでいるようだ。
元捕虜の女神信者になった兵士はカイエン候の護衛を外れて、彼らを通じて今の状況を掴もうとしてみても、この二人にはそもそもそういう話がもれてこなくなっているようだ。
この軍師は実に手強い。
もしも、アイラやノイハがシャンザ公に負けていたら。
おれとトゥリムはヤオリィンによってどこかで始末されてしまうか、運がよければヤオリィンが感じているオーバへの怖れでこっそり逃がしてもらえるか、というところだろう。
アイラやノイハが勝っていたら、北の軍勢よりも先に辺境伯軍は王都へ進軍しているはず。
もちろん、おれはアイラとノイハを信じている。
それにしても、とトゥリムは夜の天幕の中でつぶやく。
「・・・カイエン候はヤオリィンの価値がまったく分かっていないようですね」
「どの町でも、何か不平不満を言ってたな、あの領主さまは」
「そうですね。もっと食糧を奪えとか、女を寄こせとか、まあ、それもヤオリィンがなだめてうまくやり過ごしていましたけれど。どうしていくつもの町があっさりと降伏するのか、理解ができないのでしょう」
「・・・うーん、まあ、リィブン平原での戦いを考えると、カイエン候ってのはその程度の男なんだろうしな」
多数をもって少数にあたるべきときに軍を半分しか出さずに敗れたカイエン候。
陣の一面を崩されただけで逃走して背中に追撃を受け捕縛されたカイエン候。
愚将としか言えないよな、カイエン候は。
おそらく、どこかで戦闘になっても、この軍でヤオリィンの指揮なら難なく勝つのだろう。
確かにトゥリムの言う通り、せっかくの人材を活かせていない。
ヤオリィンの価値を認めているのは、ここの兵士たちと、俺とトゥリムと、オーバだろうか。本人に伝えたことはないが。
ヤオリィンは、カイエン候をどう思っているのだろう?
心の底から、仕えたいと思う相手なのか。
それとも、領主は全てに優先するというスレイン王国的な考えから抜け出せないのか。
外から来たおれだから、そんなことを思うのかもしれない。
次の町までの距離は今までと変わらないのに、今度は二日で進んだ。
確かに進軍速度が上がっている。トゥリムが言った通りだ。
だが、この四つ目の町は抵抗した。門を閉ざして、外壁の上に弓矢を携えた兵士を並べて、北の軍勢を撃退しようと待ち構えていた。外壁の高さは五メートル。やはりこの町も堀はない。
トゥリムの話では大森林のように水が豊富に手に入るようなことがないので、堀をつくって水をはることができる場所が少ないから、堀というものが広まっていないのではないか、ということらしい。
オーバの指示で空堀でも意味があると言われた辺境伯領の辺境伯と男爵たちは、それぞれの町に堀を掘った。水が少ない町でも、一年も経てば雨水が貯まって、空堀ではなくなったという。
ま、その話は置いておこう。
それにしてもここまで順調にやってきたのだが、どうしてこの町は敵対するのだろうか?
「・・・ここはもともとカイエン候とは仲のよくない領主ですから」
「領主には、そういうのもいるのか」
「もちろんいますよ。どちらかと言えば、カイエン候やシャンザ公は高圧的で多くの領主たちから疎ましく思われていましたから」
「ここの領主には、王都への援軍という話も通じないのか?」
「そもそもカイエン候が何を言っても信じない、というところでしょう。それくらい仲が悪い」
「じゃあ、ここでヤオリィンの戦いぶりが見られるな」
「そうなりますかね」
おれたちは、北の軍勢の中では説明の難しい存在だが、こういうときに戦う必要はなく、じっくり戦いを見ていられる位置にいた。すぐ近くにカイエン候もいる。
カイエン候は、トゥリムに、我が軍の強さを見せよう、みたいなことを言っているようだ。言葉はよく分からんがそんな顔をしている。
あの情けない軍勢とはちがう姿が見られるものなら見てみたい。これまでの行軍のようすで、ヤオリィンの率いるこの北の軍勢には実はとても期待しているのだ。
おれとトゥリムは目を合わせると、互いにうなずきあったのだった。
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