第112話 老いた天才剣士は重要人物 北の軍師(2)
おれたちに与えられた天幕に戻って、トゥリムと二人になった。
それにしても、とトゥリムが切り出す。
「ジッド殿は余裕ですね」
「何が?」
「敵陣に二人、ですよ? この状況で何ひとつ心に揺らぎがないように見えますが?」
・・・別に余裕があるわけではない。
スレイン王国の言葉が部分的にしか分からないので、状況が掴めない。だから、いろいろなことをあきらめるしかない。
その結果として、やることは分かり切って単純になる。
おれの役割トゥリムの護衛で相談役だ。
「・・・今はもう敵陣じゃないだろう?」
「・・・まあ、そう言ってしまえば、そうなんですが」
「そんなことより、噂の軍師殿は、ずいぶんオーバを意識してる気がしたぞ? 名前が出るたんびに反応してて、余計なお世話だが心配になった。オーバの奴、何をやったんだか、まったく」
「以前、聞いた話ですが・・・」
トゥリムはオーバから聞いた、軍師ヤオリィンとオーバの関係について説明してくれた。
一言でいえば、辺境都市と辺境伯との戦いのときにオーバがヤオリィンを拷問して情報を引き出したことがある、ということらしい。
・・・いや、トゥリムからは一言ではない説明を受けたが、オーバの奴、ひどすぎる。神聖魔法の使い方をあきらかに間違っている。しかも、裸で縛ったまま森に放置したなどと・・・よく生き延びたものだ。最後はオーバがヤオリィンを開放したようだが・・・。
「ジッド殿、口が開いてます」
「・・・そんな話を聞いたら口も開いたままになるだろう?」
「そうですよね。まあ、オーバ殿は北の軍師にしたのと同じことを辺境伯にもやってましたが・・・」
「・・・そうだったな。それは見た覚えがある。あれをこの軍師はやられたのか。それならオーバに従ってるってのも納得できる気がするな。あんときは知らなかったが、スレイン王国では領主への手出しは禁止されてるんだろう?」
「あの戦いはスレイン王国ではなく、国外の大草原で行われましたからね。オーバ殿は平然としたものでしたよ。辺境伯に向かって、国外だから関係ない、外国で偉そうにするな、と」
「その辺境伯はもうその地位を追われたんだったな」
「その弟が辺境伯になりました。男爵たちの共謀で」
「あの三人の男爵もなかなかの連中だよな。苦労するぞ、トゥリム?」
「覚悟はしています」
「それで、作戦の方は?」
「王都に、カイエン候からの使者をすぐに送りました。ヤオリィンの行動は早いですね。オーバ殿のおかげでしょうか? 辺境伯軍がリィブン平原での補給を終えて進軍し、戦場で有利な守備陣を作り終えるころには、王都からシャンザ公も軍を率いて出ることになるでしょう」
「カイエン候も、ヤオリィンも、よくあんな内容の使者を出せと言われて受け入れたな」
あんな内容とは・・・。
おまえの檄に従っておれたちは戦ったぞ?
敵である辺境伯の軍勢はとても強くて、おまえの檄に応じた多くの者がその命を奪われ、また捕虜になって人生を奪われた。その間におまえはどこで何をしていた?
まさか王都でのんびりしてたのか?
おれたちだけに命をかけさせて自分はこのまま王都にいるつもりなのか?
ひょっとしてそのまま自分が暗殺された王の代わりになろうとしてるんじゃないだろうな?
国王を暗殺したのが辺境の聖女だというおまえの言い分が本当なら、今度は自分で戦いに出て、聖女の首をとってこい。おれたちにやらせて自分はやらないなんて、そんなふざけたことは言わないよな?
どうなんだ、おい?
・・・という内容を使者が殺されないように少し丁寧に伝える予定なんだが、要するにシャンザ公の軍勢を王都から引っ張り出して戦いたいのだ、こちらとしては。
おれたちも攻城戦はやりたくないし、野外会戦になるなら先に動いているこっちが有利な場所を陣取れる。ま、オーバは攻城戦でも勝てる新兵器をイズタに用意させてはいるらしいが。
「二人とも、シャンザ公に対して思うところがあるようです。ま、はっきり言えば、シャンザ公の檄に応じて戦って、これだけ痛い目に遭ったのですから、王都で口だけ動かして何もしてないシャンザ公を罵るくらいやらないと気が晴れないのでしょう。あいつも巻き添えにしてやりたい、というのもあるでしょうしね。そういう使者を送りつけることでかえって満足してるんじゃないでしょうか」
・・・そういうものなんだろうか。
「それくらいの連中でないと、内乱で勢力を伸ばそうなんて考えませんから」
「なるほど」
「それと、ヤオリィンの伝手で、女神さまの噂を予定していたよりも多くの町に流せそうです」
「そりゃ助かるな。神殿の伝手も幅広いみたいだが、カリフなんかの神殿の伝手を使うと、キュウエン姫が自分で言い広めてるみたいになるからな。ちがう立場から噂が広まるのはありがたい」
「カイエン候の護衛に選んだ二人がずいぶん熱っぽく女神さまの話を語ってましたから・・・」
トゥリムは苦笑いだ。
「そのつもりで選んだ二人だ。いいじゃないか。こりゃ、明日にはこの陣でももう噂になるな」
「ええ、そうでしょうね。ただし、北の軍勢には王都のシャンザ公たちの味方のフリもしてもらわなければならないので、難しいところです」
「あの軍師ならなんとかするだろう」
抜け目のない感じがする北の軍師ヤオリィン。
オーバには屈服しているみたいだが、その才能はオーバが認めるほどのもの。
主君であるカイエン候に迎合せず、別働隊を退いて温存していたことといい、スレイン王国でのこの戦いでは信用してもいいと思う。
・・・信用するしかないとも言えるんだが。
どこまで味方なのかが分からないってのは不安でもある。
警戒はしておこうか。
警戒していてよかった、と思いつつ、困惑もしている。
おれとトゥリムの天幕に、夜中の侵入者。
さては刺客か、と寝たふりで毛布の中の銅剣に触れた。
「待て・・・」
小さな声が聞こえた。
おれが剣に触れたことを感じ取ったのだろうか?
音を立てたつもりはなかったのだが・・・それに、この声・・・。
「話、ある」
どうやら戦うつもりではないらしい。
もちろん、おれだけでなく、トゥリムも起きている。
「まさか・・・」
トゥリムから驚きのつぶやきがもれた。「ヤオリィン?」
「そうだ」
北の軍師ヤオリィンが侵入者だった。
明るいうちにトゥリムとはさんざん話し合ったはずなのだが、なぜここに?
小皿の獣脂に火をつける。
すっと天幕の中に光が広がり、天幕の内側に影が映し出された。
夜中の密談だが、何かをしているということは隠せないな。
かといって、暗いまま話すには、軍師ヤオリィンはまだ信用できない。
トゥリムとヤオリィンが小声で話している。
時々、王都、所領、兵士、武器などの言葉が聞こえるが、おれにはそのつながりが完全には理解できない。
主君であるカイエン候を外して、トゥリムと話したいことなのだとすると。
・・・何がある?
おれは護衛のふりで黙って控えながら、ヤオリィンの表情から体まで、小さな動きも見逃すまいと見ていた。
こういうときは、ぼんやりと全体を見る。剣をもって向き合うときのように。そうすると、ほんの少しの違和感が相手の小さな動きを教えてくれる。
あせり、ではない。このゆったりした動きは、落ち着いているし、とても冷静だ。
冷静に、トゥリムと二人で・・・いや、おれには別に聞かせてもいい内容で、主君のカイエン候には聞かせたくない話・・・。
使者、五日、という言葉とともに、ヤオリィンの口の端が小さく歪み、すぐに戻る。
あれは嘲笑か?
トゥリムの肩が少し震えた。
・・・この軍師、何かしでかしやがったな?
獣脂の火を消すと、ヤオリィンが音も立てずに天幕を出ていく。
トゥリムやおれほどではないが、ヤオリィンも何かの武術にそこそこの心得があるようだ。知略派とはいえ、まったく戦えないのでは領主に取り立てられるのも難しいだろう。
天幕は闇をより濃いものにしている。
「・・・やられました」
トゥリムがつぶやく。
「どうした?」
「あの軍師、こうなることを予想して五日前に王都に使者を送ったと」
「五日前? 今日出た使者は?」
「王都へ進軍する途中にある町を落とすための使者だと」
「なんだそりゃ?」
「・・・全ての動きが五日分、早くなります。辺境伯軍が間に合えばいいのですが」
それは、つまり・・・。
今日の昼間にトゥリムと話し合って、カイエン候の了承を得るよりも五日も前に、先に王都への使者を出していたのだ、と?
そんな馬鹿な?
「カイエン候に処罰されちまうんじゃないか?」
「平然と、使者が王都につくのは候の了承を得たあとですから、と言ってました」
「・・・なんて奴だ」
「この北の軍勢も明日から動きます。本当に油断できませんね」
「何が狙いだ?」
「それはなんとも・・・」
トゥリムの声は、どこか不安げだ。「・・・ただ、これで辺境伯軍が先に戦場を決めて準備を整えてから戦えるかどうかは分からなくなりました。それでも辺境伯軍の方が強いとは思いますが」
「・・・ひょっとして、おれたちでも、シャンザ公でも、どっちが勝っても北はうまく動いて取り入れられるように仕組んだってことか?」
「そう、なりますか? いや、どうでしょう? 確かに、ただ気をきかせたのだというフリをして、われわれが少しだけ不利になるようにしています。どのみち北の軍勢は王都へ進軍しますから、そう言われてみると最後の最後に、どちらの味方になっても言い訳はでき・・・ますね」
「カイエン候に文句を言うのはどうだ? ヤオリィンが勝手なまねをした、とか?」
「カイエン候にも利があるので、それも難しいですね。それに、この北の軍勢を掌握して、この先の戦いを勝ち抜くには、ヤオリィンの力が必要です。排除はできません」
「・・・確かに。最初っから、自分が外されることはない、外されたら困るのはおれたちの方だってことを見せつける気だったのか」
「これは、オーバ殿をなんとかうまく彼の頭にちらつかせないと」
「・・・だな」
味方としても、敵としても、どっちになってもやっかいな相手だ。
・・・まあ、こういうことを示してくるようなところは、若いが、な。
この別行動はなかなか大変そうだ。
おれはもう一度、気合いを入れ直す。
「どちらにせよ・・・」
おれはトゥリムの肩を軽くたたいた。「おれたちが信じるのはヤオリィンじゃない。アイラとノイハだ。あいつらがシャンザ公に勝てばいいんだ。そうだろ?」
不安はもちろんある。
だが、信じるしかない。
頼むぞ、アイラ! ノイハ!
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