第111話 老いた天才剣士は重要人物 異変問答(4)



 ノイハが見たというのなら、そっちが本物なんだろうけれど・・・。


「・・・そーだな。あんとき見たんは、そりゃー確かに、そういう感じのバケモんだった。口から吐き出されて大きく広がるあの炎なんてよ、二度と見たくもねーな。女神さまが守ってくんなかったら死んでんよ、今ごろさ。そんなんが赤いのと青いので二頭、どでかい奴さ。思い出しただけで震えてきやがる。ま、あんときも、まともに動けなかったくらいだもんな。オーバはあんときゃ赤い竜を蹴り飛ばしてっけど・・・」


「クレアはジッドの言う通り、そんな姿をしてないわ。あたしから見てもとっても美人よ。オーバが妻に迎えるのも当然の」

「人間の姿をしているから人間ってのは、そういうもんじゃねぇーだろ? 女神さまだって、その姿だけなら人間とはそんなに変わらねぇーよ」

「でも、女神さまは金の髪に、瞳だって綺麗な碧で・・・あ・・・」


「・・・今、アイラが言ったままさ。髪の色や瞳の色がおれたちとちがうってのは、女神さまみたいにさ、それなりの理由があるんじゃねぇーか?」


「・・・クレアの髪や瞳が赤いから竜だというの?」

「それだけじゃねーけど、見た目については、まぁ、そーだな」


「・・・クレアが竜だなんて話は、そんなことくらいでは信じられないわ」


 アイラが目を細め、ノイハを見据えた。「それに、クレアが人間ではなく竜であったとしても、オーバにはクレアのところに行ってもらうわよ」


「・・・んだよ? 竜でもって言えんだな、アイラは?」


「竜とか人間とかじゃないわ。友達なのよ、もう。クレアは友達なの。この何年かで、何回、手合わせしてもらったと思うのよ? ・・・オーバにはダメだって言われてたから内緒だったけど、クレアは嫌な顔ひとつしないで、いっつも相手にしてくれたわ。あたしが強くなれたのは、クレアのおかげ。手合わせだけじゃないわ、いろんな話もした。あたしだけじゃない。クマラだって、ナルカン氏族のライムだってそうよ。辺境都市のキュウエンなんてクレアのことをどれだけ慕ってるか。ノイハはちがうの? クレアは仲間じゃないというの?」


「・・・おれはさ、足が震えんだ、クレアを見ると。もちろん、仲間だとは思ってんだ。でも、それでも怖いんだよ。竜と直接向き合ってねぇからな、アイラは。初めてオーバがアコンにクレアを連れてきたときから、ずっとだ。あんときからずっと、クレアを見ると、あのでっかい竜のことを思い出しちまう。アコンじゃ、おれにしか分かんねぇんだよ、そのことはさ、たぶん・・・」


 アイラとノイハが言いたいことを言い合って、それから黙り込んだ。


 おれはちらりとオーバを見た。

 オーバはどこかすっきりしたような顔をしている。


 ・・・そこだけで判断すると、ノイハの言っていることが正しい、という結論になる。


 クレアは、竜、なのだ。どこからどうみても、人間にしかみえないのだとしても。


 おそらく、アイラも、おれと同じように、オーバのようすでノイハの話が正しいと気づいている。


 それでもアイラは、クレアのことを心配している。

 クレアが竜であるかどうかは、アイラにとって関係がない。おれも、どちらかというとアイラに近い。そもそも、クレアが竜だったとしても、もう何年もアコンで一緒に暮らしてきたのだ。人間として。今さら竜だと言われても、それで何かが変わるとも思えない。


 ノイハにとっては、そこがちがう。おそらくノイハにとって竜は恐怖そのものだったのだろう。竜と対面したときに心に刻まれた恐怖が、クレアは竜だとノイハに直感させたのかもしれない。ノイハはそこからいろいろと考え、多くの話を聞いて、クレアは竜だと結論付けた。そして、そのことを自分だけで抱え込んできた。


 クレアがアコンに溶け込んでいたからこそ、ノイハは悩み続けたのだろう。


 クレアは竜だとノイハは言った。だから、オーバを行かせる必要はない、という含みをもたせて。

 クレアが竜でも関係ないとアイラは言った。大切な友達で、仲間なのだと。


 おれも、アイラに賛成だ。だから、今さら、クレアが竜かどうかを確認する必要はないのだろう。


 しかし、気になる。

 クレアが竜である、と仮定して。

 ふたつ、不思議に思うことがある。


 どうしてオーバはこれまでクレアを戦場で戦わせなかったのか?

 今回、クレアを包んでその姿を消し去った光は何か?


 ・・・このふたつが、クレアは竜だということをオーバに認めさせてしまうのかもしれない。


 それでも、気になる。


 何か重大な・・・。


「オーバ、さっきから、黙ったままだな。何も言うことはないのか?」

「ジッド」

「ひとつ、教えてほしい」


 おれは、オーバへの質問をひとつにしぼる。


「なんだ?」

「クレアが消えたとき、クレアを包み込んだという光、あれは何だ? あれは神聖魔法の癒しの光ではないんだろう?」

「あれは・・・」


 オーバは言いにくそうに、一度口を閉じた。


 おれは待つ。

 おれの問いかけに、ノイハとアイラもオーバを見つめた。


 ほんのわずかな時間なのに、沈黙が長く感じる。


 だから、次に出たオーバの言葉は重い。


「あれは、魔法の光だ、ジッド」

「魔法? しかし、神聖魔法ではないんだろう?」


「・・・神聖魔法以外にも、魔法は、ある」


 ノイハとアイラが目を見開いた。


 おれも驚いた。

 オーバがアコンのみんなにも教えていない、新しい事実。


 神聖魔法以外の、魔法がある、ということ。


 ・・・そして、それはおそらく、ノイハの言う「向こう側」とやらで使われているのだろう。


「・・・オーバは、それを、使えるのか?」


「・・・いくつかは、な」

「そう、か。それを隠していたのは、その、神聖魔法以外の魔法ってのが・・・」


 どっちだ、オーバ?

 危険なものだから?

 それともおれたちには使えないものだから?


 ・・・その魔法がオーバやクレアにしか使えないものなのだとしたら。


 オーバは何者なのかという話になってしまう。


「・・・危険なものだから、なのか?」


「・・・そうだ。それも、それが広まったら、この世の中を完全に、まったくちがったものへと変えてしまうくらいに、だ」

「どういうことだ、オーバ?」


 おまえはすでに、この世の中の戦いってものを完全に、まったくちがったものへと変えているだろうに。


 あぶみ、騎馬隊、テツの矢、長槍隊、集団戦法。


 おれは実際に、目の前で見てきた。


 間違いなく、この内戦を終えたら、スレイン王国は大きく変わっていくはずだ。おれたち、大森林に暮らすみんなが変わってきたように。


「その、神聖魔法以外の魔法というもので、オーバは何ができるんだ?」


「・・・前の戦いの時に、辺境伯の兵士たちを二十人くらい、大きな炎に巻き込んで一度に焼死させたことがある。そのときに油をまいたことも関係したのかもしれないけれど、それでも強力な炎の魔法だった。一人、生き残ったのも瀕死の重傷で、そのまま崖下に落として殺した。それからは、威力があり過ぎるから使わないようにしているけれど・・・」


 ・・・炎、だと?


 人を焼死させる魔法?

 やけどではなく、焼死なのか?


 人を焼死させるだけの威力がある炎をあやつる魔法・・・。


 ・・・二十人以上が焼死だなんて、確かに威力がありすぎる。想像以上だ。


 人を癒し、命を救う神聖魔法とはまったく異なる。

 オーバが今まで誰にも教えたくなかったものだということも理解できる。


「それは、神聖魔法のような、スキルのひとつなんだな?」

「そうだ、スキルとして身に付く」

「オーバは、これからも、誰かにその魔法を教えるつもりはないんだな?」


「・・・ない。これはおれたちには必要がないと思う」


「レベルを高めるためだとしても?」

「だとしても、だ」


 あれほど。

 アコンでおれたちが生き抜くために、スキルを身に付けてレベルを上げることを重視していたオーバが。


 これは身に付けさせないと言う。

 そんな、力、か。


「・・・クレアを包んだ光。つまり、クレアは、その魔法で、焼かれたというのか?」


「クレアを包んだ光は、おそらく、また別の魔法だろう」

「別の魔法? 神聖魔法と、炎の魔法と、それ以外にもまだ、いろいろな魔法があるのか?」

「おれにもまだはっきりとは分からないけれど、おそらく、魔法はたくさんあるはずだ」


 魔法というものは、そんなにたくさんあるのか。

 意外だ。


 いや、確かにオーバの言う通り、おれたちには神聖魔法があればそれでいい。他の魔法について知る必要は今のところ、ないはずだ。


 ・・・誰かを傷つける手段は他にもたくさんある。剣でも、槍でも、弓矢でも、だ。


 アコン以外の人たちも使えない魔法なら、おれたちも知らないままでいたっていい。おれたちが学んでそんな魔法を使うようになれば、いずれ、スレイン王国でもそれを使うようになる可能性があるだろう。そうなってからでは遅い。


 聞く限りでは誰かを癒す力とは大きくちがうものだ。


 スレイン王国でもフィナスン組やキュウエン姫など、何人か神聖魔法の癒しの光を使える者がいるけれど、それは誰かを傷つけるスキルではない。人助けに活きるものだ。たとえおれたちが今それを戦いに利用しているとしても。


 オーバの言う通り、魔法は神聖魔法があればそれで十分だ。

 だから、オーバに何かを望むのは間違っているのだろう。


 しかし・・・。


「・・・オーバは、誰にも教えるつもりがないその魔法を、いったいどうやって身に付けた?」


 今までとちがって、オーバがすぐに答えない。


 予想できる答えはひとつ。

 クレア、だ。


 クレアがノイハの言う通りに竜だとすれば口から炎を吐くという。クレアが炎をあやつると言われても納得できる。人間では危険な「向こう側」を生き抜くために必要なスキルとして、そういう魔法が存在していると考える方が納得できるからだ。


 オーバはクレアからその魔法を学び、その魔法が使えるクレアをオーバは戦場に出さない。「こちら側」だとそのスキルでは人を殺し過ぎるから。


 そして、オーバ以外の人間が知らないその魔法をクレアが教えることができるというのなら、それはクレアが人間ではないということをあらわすのではないだろうか。


「おれは、その魔法をクレアに教えてもらった」


 オーバが、おだやかな声で、そう言った。

 おれは小さくうなずき、口を開く。


「ノイハの言う通り、クレアは本当に、竜、なんだな・・・」





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