第110話 老いた天才剣士は重要人物 敵陣攻略(3)



 それから七日。

 ツァイホンからフェイタン男爵がその軍勢を連れてリィブン平原にやってきた。ユゥリン男爵は軍勢は連れず、護衛だけを伴ってやってきた。


 スィフトゥ男爵が護衛とともに受け入れて、一つ目の湿地帯の陣へフェイタン男爵の軍勢が入った。


 二つに分けていたおれたちの歩兵隊、つまりスィフトゥ男爵の軍勢は、二つ目の小川の陣におさまった。


 小川の陣で、三人の男爵とトゥリム、それぞれの副官たちでの協議が始まり、これまでに捕らえた捕虜の分配、捕らえた領主たちへの要求などを確認した。

 いろいろな欲望がぶつかり合ったものの、辺境伯も含めた捕虜の四等分という方針は決定した。

 これは、今後、捕らえた者たちにもそのままあてはまるため、この先の戦いで男爵たちはできるだけたくさんの捕虜を捕らえようとするだろう、とトゥリムは教えてくれた。


 とりあえず、敵の増援となる王都周辺の人たちは無駄に殺されずに済みそうな流れにはなった。


 翌日にはユゥリン男爵はツァイホンへと戻り、スィフトゥ男爵とフェイタン男爵は軍勢を動かして、陣寄せを再開した。


 三つ目の陣は、敵陣からおよそ三千五百メートルの、こんもりとした小さな林のある草地をオーバは指定していた。


 今回は、フィナスン組が堀を掘らずに、兵士たちが二つ目の陣と新たな陣との間の道づくりを優先して活動した。


 三つ目の陣はあまりにも敵陣に近い。

 あそこで妨害されたら、激しい戦闘になることが予想できる。


 敵陣自体に堀がないという情報もオーバから入ったので、こっちも堀をつくらない陣にすることに決めて、移動が簡単になるように二つ目の陣の方から大地を固めて道にしていくという作業を進めた。道がつながれば、木柵と台を運んで、一気に陣を完成させるのだ。


 こちらが道づくりを進めていると、敵陣にはどんどん増援の兵士が送り込まれてきた。


 その兵士たちの動きは緩慢で、援軍を迎えているのに敵陣の意気が上がらないようすは、カイエン候とシャンザ公が実質的には敵対勢力であることや、シャンザ公によって強引に集められ援軍自体の士気が極めて低いことなどもはっきりと感じることができた。


 おれたちは新たな援軍と戦って倒すというよりも、大草原でバッファローを狩るように新たな援軍を捕虜として狩るつもりで行動すればいいのだと単純に考えることにした。

 大草原のバッファローの方がこの援軍よりもよっぽど激しく抵抗することだろう。そういや、うちの歩兵隊はバッファローを捕まえる訓練もしてたよな、確か。


 道がつながって、荷車とともに移動したフィナスン組と兵士たちが、三つ目の陣をつくりはじめても、敵陣に動きはなく、おれたちはあっさりと三つ目の陣を完成させた。


 とりあえず、おれたちの半数とフェイタン男爵の軍勢の半数が最前線となる三つ目の陣に移動して、敵陣を警戒する。


 戦いそのものよりも、戦うための準備が本当に大変なのだと今回の進軍でおれは感じていた。






 そして、三つ目の陣が完成した五日後。

 アイラの率いる騎馬隊がゆっくりとリィブン平原に入った。


 辺境都市アルフィのフィナスン組と海沿いの町カスタのナフティ組、合わせて二十台を超える荷車を馬にひかせて。


 おれたちにこうやって大量の食糧などが届くのに対して、援軍が来たはずの敵陣にはそのような荷車が入ったようすはなかった。こんなところからも、この戦いの結末は見えていたのかもしれない。


 馬は敵陣から遠すぎてよく分からなかったはずだが、アイラが来たからには、すぐにでも敵陣を攻め落とし、カイエン候ってのをとっ捕まえなければならない。


 そのために、おれはアイラ、ノイハ、クレアと顔を合わせ、作戦を確認した。


 その夜、三つ目の陣から、こっそりとフィナスン組が敵陣へ足を運んだのだった。






 翌朝、一つ目の陣に五十、二つ目の陣にも五十の兵士を残して、三つ目の陣に歩兵とフィナスン組、ナフティ組が集まった。荷車をひいてきた二十を超える馬と一緒に。


 騎馬隊はアイラの指揮とノイハの指揮に分かれて、二つ目の陣から東と西へ、敵陣を大きく回り込むように移動している。馬には乗らず、できるだけ背の高い草の間を抜けて。


「騎馬隊、行ったわね」

「ああ、そうだな」

「ジッドもがんばって」

「クレアは治療を頼むぞ」

「任せておいて。フィナスン組とは長い付き合いなのよ」


 クレアとおれはこつんと拳を合わせて分かれた。クレアはこの三つ目の陣の中に残り、後退した負傷兵に薬師として治療を行う。フィナスン組と協力して、だ。フィナスン組からは「姉御」なんて呼ばれている。


 おれたちが敵陣を包囲して攻めようとしているように、あっちからは見えていることだろう。


 馬に気づいたとしても、それが何かを知る者もいない。スレイン王国にはもともと馬がいないのだ。

 荷車を馬にひかせるのも、オーバは大森林から辺境都市までに制限させていた。

 今回、このリィブン平原まで荷車を馬にひかせてきたのは、スレイン王国内で初めてのことだった。


 こうして考えると、はなっから辺境伯軍の方が優位なのだ。


 軍の内容という意味では、だ。数では圧倒的に不利。


 そもそも影響下にある町の数がちがう。辺境伯領は十の町をその支配下に置いている。

 シャンザ公の檄によって、その他のスレイン王国の町は全て敵だと考えると、支配下にある町の数では絶対に勝てない差がある。当然、集められる兵士の数も段違いだ。


 ただ、敵兵の方が圧倒的に多いとしても、それをこういう感じで、ツァイホンの町の攻城戦、リィブン平原の会戦、リィブン平原の陣攻め、というように相手が小出しにしてくれているうちはその差は小さくて済む。


 まあ、敵は、内部分裂しているのがその実態だ。こっちが内部分裂しないようにオーバがうまく調整してきたこともあって、戦う前からその差が大きく見える。


 しかも、これまでの戦いで、勝てる、ということを辺境伯軍はずっと感じてきた。


 兵士一人ひとりの士気の差はあまりにも大きい。


 援軍の王都周辺の人々はもちろん、士気が低い。


 それだけでなく、カイエン候の兵士たちも、士気が高いとはいえない。


 カイエン候の南下はシャンザ公の檄に応じて行われたカイエン候の侵略だ。自領である北方地帯から辺境伯領までの間にあるいくつもの町を手中におさめて、さらには辺境伯領も、と企んでいた。

 それが辺境伯領に手を伸ばした途端、ツァイホンで敗れ、この平原でも負けた。


 カイエン候の軍師はシャンザ公の檄に否定的で、カイエン候には辺境伯領に手を出さないよう何度も助言したらしい。

 それでもカイエン候を止められず、カイエン候の指示で別働隊を指揮していくつかの町を攻略し、その途中で軍師はオーバに会って、攻略した町からある程度の物を分捕ると別働隊を北方へと引上げた。


 今、カイエン候とともにいる兵士たちは、軍師と反対の立場、つまり南下して辺境伯領を攻め取ろうという意見を持った者たちの兵士が中心で、大敗したこの前の会戦によって、戦う意欲が激減しているらしい。

 もういくつかの町を攻め落とし、奪える物は奪ったのだ。これ以上、辺境伯軍という手強い相手と戦って苦労しなくても、という感じになっているようだ。


 カイエン候とすれば、どいつもこいつも勝手なことを言いおって、という感じで、現状に苛立ちを隠せない。

 奪い取って本当にうまい汁が吸えるのは、スレイン王国の内乱に巻き込まれた北部や中央部の町ではない。

 これまで内戦から一歩引いて、平和の中でうまくやってきた辺境伯領の町に、食糧から何から、豊かな物がそろっているのだ。

 ここから先が、一番、落としたい町、手に入れたい町なのだ。そうでなければ、シャンザ公のように王都を支配して権力を握った方がいい。


 その豊かさの差が、今の戦況の差になっていることはカイエン候には読めていない。

 まあ、相手から奪うことが考え方の中心にある限り、オーバには到底かなわない。カイエン候の軍師というのは、そのあたりがカイエン候とは少しだけちがうようだ。


 はたしてこんな状態でまともな戦いになるのか。


 陣を次々と出て行く歩兵たちに合わせて、三つ目の陣が忙しく動き始める。





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