第110話 老いた天才剣士は重要人物 敵陣攻略(1)
リィブン平原の会戦から一夜。
朝からフィナスン組を中心とする、戦死者の死体処理が始まった。
・・・より正確に言えば、装備剥ぎなのだけれど。
銅剣、槍、弓、銅の胸当て、盾、その他いろいろ。
とにかく、使えそうなものはフィナスン組が回収していく。
歩兵たちもその作業の手伝いをさせられている。
敵兵の装備を回収するだけでなく、おれたちが使ったものも回収する。つまり、矢の回収だ。
使ったら使ったままでは、すぐになくなってしまう。折れた矢でも、矢じりや矢羽根が回収できればとても助かる。
死体はどうするのか、と聞くと、フィナスン組は、焼く、と答えた。
理由をたずねたら、骨が使える、とのこと。
・・・こいつら、どこまで使う気なのだろうか。
ま、食う、と言わなかっただけマシだったと思うことにした。
もちろん、作業中の敵襲を警戒して配置されている歩兵もいる。
だがしかし・・・。
敵陣から誰かが出てくる気配はない。
まったく感じられない。
これでは、当初の作戦である、次第に陣を近づけていくことで敵を誘い出す、ということはできそうもない。
まあ、誘い出すまでもなく、昨日の戦いで十分な戦果を出しているから、作戦として特に問題はない気もする。
トゥリムも、スィフトゥ男爵も、特に気にしてないようだ。
昼過ぎ。
積み上げられている銅の胸当てを見ながら、回収した矢の仕分けを弓兵に指示していたトゥリムが言った。
「・・・フィナスン組は、どこにいっても変わらないのでしょうね」
「どういう意味だ?」
「たくましいってことです」
「ああ、たくましいよな、確かに。この戦いの最前線に送り出されて、平然と陣づくりを行い、戦死者からは財産を回収して・・・」
「彼らは、一対一なら、うちの兵士たちよりも強いですから」
「心強い味方だな」
積み上げられた死体でできたいくつもの小山から、炎と煙が立ち上る。
せっかく生まれて、生きてきて、こんなところで灰になるのか。
この死体のほとんどが、おれよりも若い連中なのだ。
戦いたくて戦った者より、戦いたいとか戦いたくないとか言うことも、考えることもできずに、戦場に連れ出されて、命を落とした者の方が多いのではないだろうか。
昨日、右目を射抜かれた槍兵は、フィナスン組の癒やしの力で一命をとりとめたため、死ななかったが右目を失った。
目を失うということは、生きていく上で大きな問題だとおれは思う。
そんなことが当たり前のように起こるのが戦場だ。
目の前にこれだけの死が積み上げられているのだから。
何が起きてもおかしくない。
なぜ死ななければならなかったのか。
氏族で兄弟から命を狙われ、生き抜こうとあがいた過去の自分。
この敵兵たちも、生き抜こうとあがいて、今こうなったのだろうか。
昨日、もう殺してくれと叫んだ敵兵がいたとある団長が言っていた。
「トゥリム、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「この戦いは、正しいか?」
「この戦い? 昨日の、あれですか?」
「・・・いや、何というか、今回の、そしてこれからの、スレイン王国が落ち着くまでのすべての戦いのことだ」
「どうしてそれを、私に?」
「トゥリムだから、聞きたいんだ」
おれは静かにそう言って、なんでもないようなふりをしながら、黙ってトゥリムを見つめた。
死体を運ぶ中で見つかった、なんとか生きているという状態の敵兵が十七人、捕虜となった。
もちろん、装備はフィナスン組に奪われた。
ま、そいつらの治療はフィナスン組が癒やしの光でやったんだけれど。
今回、スィフトゥ男爵の判断は早くて、捕虜にはすぐに食事を与えた。
捕虜の敵兵は、意識を失っていただけで、怪我は特にひどくなかった者たちだ。なんとか自分の足で歩くことができる。
男爵は、荷車に回収した財産を積んでツァイホン方面を目指そうとしていたフィナスン組に頼み込んで一日出発を待ってもらい、明日、捕虜も一緒にツァイホンへ送ってもらうようにした。
フィナスン組が男爵の頼みにうっすらと笑いを浮かべて、何か知らないが交渉して男爵に約束させていたのが印象に残った。
フィナスン組は、男爵に協力しているが従っているわけではないのだ。
フィナスン組なしでは、この戦いはおそらく長引くことになる。
オーバが裏にいる限り、フィナスン組は協力してくれるだろうけれど、スィフトゥ男爵もそのへんをよく考えないと、フィナスン組から何を要求されるか分かったものではない。
まあ、それが分かってはいるから、男爵も、頼む、という態度だったのだろう。
出発を遅らせたフィナスン組は、陽が沈む前まで、歩兵隊を使って堀を深くする作業を進めた。
おれたちが何をしていても、敵陣からは何の反応もない。
油断させる策なのではないかというほど、何もない。
味方が半減したはずなのだが、あっちはいったいどうなっているのだろうか?
敵の動きから判断するには、今の敵陣は遠すぎた。
翌朝、フィナスン組はロープを結んで埋めていた大石を歩兵隊に手伝わせながら引っ張って移動させ、湿地帯から堀へと水を引いた。
この守備陣をつくるにあたって最初に設置した大石は、堀を空堀にしておくための水を堰き止める石だったのだ。
昨日、守備陣の堀は深さが二メートル近くまで掘り下げられた。そこに湿地から水を引いてより守りの固い陣になった。
この水がいつまで堀に残るかは分からないが、改めて敵陣から攻め寄せてきたとしても、前回より簡単に守り続けることができるだろう。
しかし、ここまで守りを固める必要があるとも思えない。
「何を狙ってる?」
「内緒です」
フィナスン組でアコンまで交易にやってきたことのある男がにやついていた。
にやつき具合からすると、内緒といっても、絶対に秘密というものでもないのだろう。
「誰にも言わないから、教えてくれ」
「誰にも、ですか?」
「ああ、誰にも言わん」
「・・・ジッドさんなら、まあ、大丈夫でしょうかね」
「ああ、大丈夫だ」
「本当に内緒ですよ?」
「分かってるさ」
すると、男はにやりと笑った。
「あのお方と親分は、リィブン平原に町や村をつくるつもりです」
・・・・・・・・・・・・は?
いったい、どういう?
こいつらの言う「あのお方」ってのはオーバのことだ。
フィナスン組の男は、そのままおれに手を振って、三台の荷車と一緒に守備陣を出ていった。はしご状だった落とし橋には板を敷いて荷車を通した。ロープで縛られた捕虜たちも一緒に歩いていく。陣に残るフィナスン組の者たちも見送っていた。
この平原に、村や町?
オーバは何を考えてる?
それからおれたちは日々、訓練と装備の修繕を重ねて、補給を待った。
敵兵は攻めてくる気配がない。
・・・それだけ打撃を与えたと言えばその通りなんだけれども。
五日後に、トゥリムの副官である神殿騎士のカリフとともに捕虜の移送で分かれていた残りの歩兵隊が合流。その時にフィナスン組による補給も荷車五台分届いた。
「聞きました。五倍の敵兵をものともせず壊滅させたそうですね!」
楽しそうにおれに向かってそう言うカリフを前に、おれとトゥリムは顔を見合わせた。
「カリフ、そんな戦いではなかったぞ?」
「おまえの指揮が素晴らしかったと噂が広まってたが?」
この二人でのやりとりは気楽な感じになる。トゥリムとカリフは、子どもの頃から親しい仲だという。オーバは幼なじみと言っていたか。
二人とも、おれにも伝わるように大森林の言葉で話してくれている。
気配りのできるいい奴らだ。
「自分の指揮がどうだったかは、自分では分からんよ」
「三千の敵を壊滅させたんなら文句なしだろ?」
「・・・三千ではない、千五百だ」
「そうなのか?」
「いったい、どんな噂になってんだ? 正確な情報が伝わらないと後方が困るぞ?」
確かに、トゥリムの指揮はなかなかのものだった。
他の者では、この歩兵隊をあれほどうまくは動かせないに決まっている。ただし、オーバやアイラは除くけれど。
・・・しかし、その噂。
なんか、オーバがやってそうな気がするな。
「まあ、それはいい。補給が届いたのなら、次の陣だ。敵陣に寄せていかないとな」
おれがそう言うと、カリフは表情を引き締めてうなずき、口を開いた。
「二つ目は、およそ四千メートル北東の、小川のそば、でしたね」
どうやらおれに対しては、親しげに話してはくれないらしい。
やっぱり年寄りだからだろうか。
二つ目の陣は、小川のそば。
今の陣よりも、ずいぶん敵陣に近づくことになるが、それでも敵陣はかなり遠い。それと、単純に今の陣よりももとからある道とは離れている。
リィブン平原には王都から南部の辺境伯領へとつながる道が叩き固められている。一本だけだが、おれたちもその道を通って進軍してきたのだ。このまま進めばいつかは王都にたどり着く。
歩兵隊はこの陣の守備に残す者と新しい陣づくりの守備にあたる者に分ける。
そうすることで、敵陣から攻め寄せてくる可能性はある。
こっちの兵数が半分になるんだからな。
だから、敵が出てきたら、ここの守備陣へと急いで逃げ帰る。できれば、わざと追いつけそうで追いつけないくらいの距離を保って。
そもそも敵を陣から誘き出すための作戦だからな、陣づくりは。
敵が出てこなかったら、ひたすら陣づくりの作業を進める。
陣づくりはフィナスン組の担当になるが、基本的には最初の陣をつくったときと同じ。まずは堀をつくるところからだ。
平行して、荷車がぎりぎり通しやすくなるように次の陣への細い道を叩き固める。ひょっとしたら、その道はいずれ本格的な太い道に拡張されるのかもしれないが、今は荷車が少しでも動きやすくなるだけで十分だ。つくろうとしている陣をいずれ町か村に、オーバはしようとしているみたいだしな。
やることが分かったなら、動き出すだけだ。
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