第109話 老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(4)



 おれとトゥリムで先頭を走る敵兵をしとめてからしばらく待っているが、まだ相手が来ない。


 先に倒した長駆スキル持ちとスキルなしの走力に差がありすぎる。

 それと、敵陣が遠すぎる。


「失敗したなあ」

「何がですか?」

「いや、これならあと五十、いや百は陣づくりの作業に割り振れたはずだろ?」

「そうかもしれませんが・・・」


「見た感じでは、陣の外堀の最初の作業は終わったってところか。あとは堀を広げるか深くするか、その両方か」

「広げようとしているみたいですね。簡単に飛び越えられないようにする方がいいという考えのようです」


「本当は深くして陣を少しでも高く盛りたいんだろうけれど、今回は陣ごと前進する計画だからな。ひとつひとつの陣の堀を深く掘り下げるのは労力が大きすぎる」

「広げてもその分の土は盛れますからね。まあ、そのあたりはフィナスン組を信頼して任せておくだけでしょう」


「まあな。陣の木柵は先に組み終えたものを持ちこんでいるから、あとは打ち立てるだけだし、堀と落とし橋ができるまで時間を稼げばいいか」

「落とし橋?」


「ロープを引っ張ったり、ゆるめたりすることで、上下させられる橋だな。オーバは跳ね橋って言ってたかもしれん」

「跳ね橋・・・あ、そう言っている間に敵兵がはっきりと分かる距離まできましたよ」


「・・・こうなってから呼び戻しても間に合ったと思うんだよな」

「今さら言っても仕方がないことです」

「分かったよ。頼むぞ、いろいろと」

「分かっています。なんとかしますから」


 おれはトゥリムから少し離れて、歩兵隊の右側の後ろに立つ。

 中央にはトゥリムとスィフトゥ男爵がいる。


 五十人一列の五列での陣形。


 どう考えても、ここで待機していた時間分の作業が後列の百人に割り当てることができたと思う。


 今回は時間を稼ぐ戦いだ。

 だからこそ、作業時間を短くするという考えも必要だった。

 オーバだったら、こういうところも見落とさないのだろうと思う。


「敵、距離二百!」


 副官の神殿騎士が叫ぶ。


「一列二列、槍準備!」


 トゥリムが大声で全体に指示する。


 これまで敵兵に見せないように、穂先をもってひきずってきていた槍を一列目と二列目の歩兵たちが用意する。


 盾を一度おろして、ずるずると前へ槍を移動させ、左肩から右脇腹にひっかけてある革の留め具に槍の石突きを固定して、右腕で大地と平行になるように槍を抱えるともう一度盾を持つ。


「敵、距離、百!」


「構え!」


 副官の距離読みに、トゥリムの指示。

 歩兵隊が少し低く沈む。腰を落としたのだ。


 さて、この槍。

 ただの槍なら、革の留め具なんて必要ないだろう。


 構えた槍を立てないのは、今も敵兵にそれをはっきりと見せないようにするため。

 その槍の長さを。


 長さはおよそ七メートル。

 ごく普通の槍が二メートルあるかどうかというものなのだが、その三倍以上の長さ。


 オーバがイズタと話し合って特別につくらせた新型兵器。


「敵、距離、五十!」


 この槍は、中は空洞になっている細長い三本のテツの筒をつなぎ合わせている。

 つなぎ目は差し込んでから固定する金具をかちりと留めるようになっている。

 ちなみに、穂先のついている部分はそれだけで普通の槍よりも少しだけ長目の槍になる。


 このテツの槍、空洞にしないと重くて持ち上げられないという。仮に持ち上げられたとしても、まともに使えない。

 空洞にしていても、片腕で持つのは苦労するので革の留め具が必要になる。まあ、空洞にしてもテツだから強度については問題がないらしい。


 もちろん、普通の槍と同じように、振り回したり、連続突きを放ったりすることはできない。


「敵、距離、二十!」

「用意! 前進十歩! 突進!」


 イズタの説明では・・・おれはその説明をトゥリムから受けたんだが・・・とにかく、突進して刺すものとして使う。全身の体重を乗せて。

 歩兵の右腕と右肩に負担がかかるが、敵兵の剣は絶対に歩兵まで届かない。


 剣を構えて突入してくる敵兵。

 それに対して、壁のように並んで突進する長槍兵。


 ここにきてようやく槍の長さに気づいた敵兵たちの目が大きく見開かれる。


 何か叫びながら止まろうとする敵兵をその後ろから突進してくる敵兵が押し出し、長槍兵がそこにまっすぐ長槍を・・・。


 リィブン平原に悲痛な叫びが響いた。


「一列、開け!」


 敵兵の前列を屠った一列目が一人分、間をあける。


「二列! 一列引け!」


 そこに二列目の長槍兵が突入する。


 おもしろいのは、敵兵がいない両端の長槍兵たちも、同じ動きで同じ位置にとどまり、前にはみ出さないところだ。


 二列目が一列目に刺された敵兵をもう一度突くと、一列目が槍を抜きつつ引いて二列目と位置を変え、二列目は互いの幅を埋める。


 二列目の五十本の長槍とその長槍に刺された兵に阻まれて、敵兵はおれたちのところへ進めない。


「三列一射!」


 トゥリムが指示する前から弓を引き絞っていた三列目の弓兵が五十本の銅の矢を放つ。


 その距離、およそ十メートル。

 長槍の壁に阻まれた敵兵は、狙わずとも当たる、的とも呼べない何かだ。


 三列目が下がり、四列目が出る。

 後ろから押されるように迫る敵兵は進みたくても進めない。


「四列一射! 早足後退三十歩! 槍入れ替え!」


 四列目がさらに五十本の矢を放つと、四列目と五列目は入れ替わりながら、部隊全体が後退する。


 受け止める壁が下がったことで、敵兵が前へと進み出す。


 前列になっていた二列目が一列目を追い越すように後退する時に、一列目が足や盾で長槍に刺さっていた敵兵を落とす。


 三十歩下がった位置に、再び最初の陣形ができあがった。


 指揮するトゥリムの顔が、おかしい。

 戦いに興奮して赤くなっているかと思っていたら、はっきりいって青ざめている。


 スィフトゥ男爵は興奮して赤くなっているようだ。


 長槍があることが見えて理解している前方の敵兵は前進をためらい、それを後方の敵兵が何も知らずに押し出す。


 そのせいで、おれたちとの間に突進可能な距離が開く。


「前進五歩! 突進!」


 青ざめた顔のまま、トゥリムは再び突進の指示を出した。


「一列、開け!」


「二列! 一列引け!」


「五列一射!」


「三列一射!」


「四列一射! 早足後退三十歩! 槍入れ替え!」


 二度目は、百五十本の矢の雨。


 相手の剣は届かない。

 怒りの声とともに剣を投げた敵兵がいたが、盾にあたって落ちただけだ。


 数が多いから、ぶつかりあっている状況が掴めない後方の敵兵は、新たな餌食となる。






 三度目。

 四度目と。

 後退しては前進し、長槍で刺し貫き、矢の雨を降らせる。


 五度目。

 フィナスン組を手伝っていた六列目の弓兵が合流し、三列目の弓兵が矢を放った後、後退する。


 三列目の弓兵の矢筒にはもともと五本しか矢を準備していない。

 予定通りの交代で後退だ。


 おれたちと陣づくりをしているフィナスン組の間はあと三百メートル。

 おれは後退する三列目の弓兵にフィナスン組への伝言を頼んだ。






 おれたちの五度目の後退のあと、敵兵の動きに変化が出た。


 まあ、同じことを五回もやられたら気づく。


 まっすぐでは刺されるだけなのだ。横へと開いて進み、おれたちの側面をつくつもりだ。


 ・・・敵の指揮官が前線に追いついたか? 死にたくないからそう動いたか?


「一列、開け! 二列、並べ! 前進十歩!」


 あっという間に長槍の列が広がる。

 おれたちの側面をつこうと動いた敵兵が、移動距離が伸びたことに戸惑う。


 突進の指示は出ていないので槍兵たちは長槍で刺すつもりはない。

 敵兵は眼前に長槍を突きつけられ、おれたちは敵軍との距離を簡単に把握する。


 この長槍は、おれたちの主武装ではないのだ。


「四列前、五列右、六列左、順に二射!」


 五十本の矢を二回ずつ、各列百本ずつ、総計三百本の銅の矢が、前方向、右方向、左方向へと、広がろうとした敵兵の側面に突き刺さる。

 盾持ちならまだしも、いや、盾持ちでも左方向へ進んでいるのなら、横っ面に矢を射かけられるのはたまったもんじゃない。


 敵兵の武装がばらばらだということ自体が、オーバとの考え方の大きな差なのだろう。


 槍兵を守城戦の壁替わりにして、弓兵で接近せずに適度な距離から攻撃する。


 それが、オーバが考え、イズタが準備し、おれたちが訓練してきた、今回の戦い方。


 模擬戦はともかく、実戦でやってみるのは初めてだったが・・・。


 五倍以上の相手に対して、その圧力をはね返して、敵兵の数を削り続けている。

 百本の長槍と、ここまでで千本の銅の矢。


 もう三百以上、四百近く、敵軍は死傷者を出したはず。怪我でその場に倒れて、味方に踏まれたような連中もいるはずだ。

 数だけならおれたちより圧倒的に多いとはいえ、戦力が四分の三くらいにはなったんじゃないのか?


 おれはごくりとつばを飲み込む。


 これをテツの矢でやったとしたら。

 これに加えて騎馬隊を後ろへ回り込ませたとしたら。


 ・・・いや、このままでも、十分に脅威だ。


 おれが敵の指揮官なら、とっくに後退の指示を出して自陣に逃げ帰っている。


「トゥリムっ!」


 おれが叫びながらトゥリムを見て、後ろを指すと、トゥリムも後方のフィナスン組を確認した。


 フィナスン組がところどころ、陣の木柵を立てて打ち込み始めていた。


 戦いは次の場面へと移り変わろうとしていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る