第109話 老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(3)



 剣を切るもの、と考えているのは三流。

 剣はどちらかというと叩き切るもの、または破壊するためのもの。特に大剣だとその傾向は強い。切り裂くのではなく、壊しながら切るものなのだ。


 だから跳び上がって威力を増そうとするのは間違いとは言えない。

 しかし、跳び上がると、その後は方向を変えられない。


 ・・・馬鹿か?


 トゥリムは振り下ろされる大剣を右へとかわしながら、敵兵の左の太ももを切った。


 着地した敵兵が太ももの痛みに何かをうめきながら膝をつく。あそこをあれだけ深く切られては立つことなどできない。


 トゥリムはその敵兵の胸当てで守られていない無防備な背中から胸を刺し貫いてとどめをさし、次の敵兵を見つめた。


 ・・・剣は切れない、と考えているのは二流。


 剣にも、よく切れるところがある。うまく使えば、だが。

 それは剣先。剣の中でもっとも鋭い部分だ。


 刃の向きに合わせて鋭く素早く剣先だけを振り抜くことで驚くような切れ味を発揮する。

 今、トゥリムが敵兵の太ももを大きく切り裂いたのはそういう技だ。


 トゥリムは一流の剣士。

 剣は叩き切る力押しの武器と知りながら、その繊細な扱いも身につけ、切り裂くことすら容易に行う手練れの剣士。


 力任せの大剣使いなど相手にならない。


「次は、どうします?」

「任せる」

「はぁ、分かりました。ジッド殿と私でまず五人、五人、ですよね?」

「相手が弱い。もう、おれは必要な分だけでいい」


 そういう会話をしながら、トゥリムはあっさりと二人目の敵兵もしとめた。


 アコンの朝の訓練で走る子どもたちのように、敵兵は一人ずつおれたちのところへやってくる。この程度の兵士にトゥリムが一対一で怪我を負うようなことはない。


「見たところ、六人目までは私ですか」

「その後も一人ならトゥリムで」

「では、そのようにします」


 言った通り、六人目まで、次の敵兵がたどり着く前にトゥリムはあっさり倒していく。


 後ろの味方は、ただ静かに待っている。

 次々に敵兵を倒していくトゥリムを見ても微動だにしない。


 トゥリムならそのくらいのことはできると、これまでの訓練を通して知っているから。






 そして、七人目と八人目は同時にやってきた。


「左を!」

「はいよ!」


 右の敵兵がトゥリムの相手。

 左の敵兵がおれの相手。


 これも、不思議だ。


 トゥリムの相手は片手剣。

 おれの相手は片手剣に小さい盾を持つ。


 ・・・どうしてこいつらは左右逆でかかってこないんだ?


 せっかくの盾がおれとトゥリムがいない真ん中にあるんだが・・・。


 馬鹿なのか?

 馬鹿なのだろうな。


 こいつらは協力して戦う気などなく、どっちが手柄を立てるかしか考えていない。


 そんな二人を同時に倒して、おれとトゥリムはその次の敵兵を見る。


 次は三人来るが一人だけ少し速い。


「トゥリム、一人目の足を潰してくれ。とどめはおれが刺す」

「ではそのように」


 引きつけた相手が剣を引く動きに合わせてトゥリムが前に出る。そのまま左の太ももを切り裂いて横を抜け、次の敵兵の剣を一度受ける。


 おれは少し遅れた右の敵兵の剣を受けつつ左へ押し流して体を入れ替え、突き放した隙にトゥリムに太ももを切られて膝をついた敵兵の首の右側を回転しながら切り裂く。


 そして、おれに突き放されて崩れた体勢を立て直そうとする敵兵との間を詰め、今度は腕だけで振られた軽い剣をはじき飛ばしつつ、のどを突き抜いた。


 剣をのどから抜きながらふり返ると、トゥリムの方もとどめを刺し終えている。


「あと三人で、先にたどり着きそうな敵兵は終わりでしょうね」

「こいつら、なんで味方を待たないんだ?」

「・・・さあ、どうしてでしょうかね」

「手柄か?」

「戦場に興奮して判断できなくなっているだけのように思いますが」






 最後は三人がほぼ同時にやってきた。


 そして、おれに二人、トゥリムに一人、斬りかかる。


 ・・・なんて面倒な。トゥリムの方に二人行けばいいのに。


 一人は上から、一人は横から剣を振るう。


 組んでるな、こいつら。これまでの馬鹿とはちょっと違う。


 上からの剣を右にかわしつつ、かわした体の重さを乗せた剣で横からの剣を受け止め、それを支えに上から剣を振った敵兵を蹴り飛ばす。


 蹴りの反動で横から剣を振った敵兵の右目を左腕で殴る。


 剣だけではないのだ、戦いというものは。


 蹴られて体勢を崩した相手に接近し、胸当ての下の脇腹を切り裂く。敵兵から、腹の中の何かがもれ出る。続けて、剣を離して自分の脇腹を押さえた敵兵の首の左側を切り裂く。


 さて、と。


 右目を殴った敵兵をふり返る。


 背中からトゥリムが胸を刺し貫いている。


 さすがはトゥリム。

 予想通りだ。


 トゥリムに先に斬りかかってきた一人目はすでに倒している。


 必ず連携できると信じていたよ。


 訓練したしな。

 一対二も、二対二も、二対三も、三対三も。


 神殿騎士のカリフによると、これはアコンならではの訓練になるらしい。剣術の立合いは一対一以外にしたことはないと言っていた。


 オーバが戦場で一対一の方がおかしくないか、と言ってもカリフは首をかしげていたよな。


 おれは、倒れて動かないがまだ息がありそうな敵兵にとどめを刺していく。


「・・・そこまで、やりますか?」

「その方がこいつらにとっても楽だろう?」

「・・・そうかもしれませんね」

「これで長駆スキル持ちをかなり倒したのは助かるな」


「こういう長距離を突撃させるような使い方がいかに愚かなことか、よく分かりました。スレイン王国の戦い方は、オーバから見ると無駄でしかないのでしょうね」


「本来なら、遠くと連絡をとるための伝令として活躍できる人材だからな。ああ、そうか。アコンと違ってレベルやスキルの考え方がないから、そういう使い方につながらないのか」


「そうすると、スキル持ちを減らすことについては、スレイン王国からしてみたら、こちらが思っているほどの効果はないのかもしれませんね」

「ま、いいさ。それにしても、二人で十四人が相手だと少し疲れるよな」


「・・・ジッド殿は四人で私が十人の間違いでは?」

「連携した分はとどめで数えるもんじゃないだろ?」


「それは、そうかもしれませんが・・・うん、なんでしょう? 納得がいかない気がします」

「まあまあ、次は集団戦だ。下がるぞ、トゥリム」


 おれはそう言うと、味方に向かって歩き出した。


 少しだけ隊列の隙間をあけた味方がおれとトゥリムを見つめてうなずいている。


「次、集団! 訓練、動く! 勝つ!」


 トゥリムのスレイン王国語の叫びに、歩兵たちは、おうっ、と周囲に鳴り響くくらい力強く答えた。


 その熱気に少し驚いたおれは、さっきのトゥリムの戦いを見ていた兵士たちが、静かに待っていただけでなく心の中では興奮していたのだと理解した。

 その興奮がこの後の戦いにどう影響するのか。

 そのへんも考えながら、今回の指揮をとる予定のトゥリムをしっかり支えるとしよう。





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