第109話 老いた天才剣士は重要人物 リィブン平原の会戦(2)
フィナスン組は歩兵たちに指示しながら、どんどん堀を掘っていく。深さは一メートルに届かないが、その小さな堀があるだけで陣の守りの堅さが変わる。
おれとトゥリム、スィフトゥ男爵は、フィナスン組よりもおよそ四百メートル、前進して歩兵隊を止めた。五十人一列で五列、二百五十人の軍勢だ。
じっと敵陣を見つめる。
まだ動きがない。
「まさか、空陣の策略とかじゃないだろうな?」
「そんなはずは・・・ああ、動き出しましたよ、ほら、あそこです」
トゥリムが指さす方を見る。
敵陣の正面ではなく、西側から兵士たちが出てくる。そして、そのまま走り出す。
ずいぶんと遠いが、なにやら叫びが聞こえてくる。
そのまま先頭はこっちへ向かってくる。
敵兵は、まるで競い合うかのように、まっすぐこっちへ走る。
「あんなに走ったら、ばてるだろ?」
「・・・スレイン王国では、一番乗りのほうびが大きいですから」
「あ、だから競争してるように見えるんじゃなくて、本当に競争してんのか。それで、おれたちのところに一番にたどり着いたとして、どうすんだ?」
「情けない話ですが、一度剣を振るって、そのまま後退するなんてことも平気でやりますよ」
なんだそれは。
馬鹿か?
馬鹿なのか?
「・・・そんな連中なら、勝てるかもしれんな」
「オーバ殿もそう思ったのでしょうかね。それにしても・・・カイエン候の軍勢は、優秀な軍師がいてその手強さはかなりのものだったはずですが?」
「その軍師ってのは、オーバの知り合い? なんだろ? こっちにはその軍師は来てないんじゃないか?」
「・・・それなら、この戦いは、勝てる可能性が高いかもしれませんね」
そんなことを言いながら、敵陣から湧き出すように姿を見せる敵兵の数を確認する。
まだまだ敵兵の先頭はここまで来そうもないが、そろそろ敵陣から出てくる数も減ってきた。
「んー、千、二百ってところか? いや、もう少し多いのか? まあ、これくらいになったら、おれじゃ慣れてないから目測も難しい。ふん、数えられんな」
「千五百、でしょうね。半分、出してきましたよ」
「・・・多いな。やっぱり、勝つのは苦しいか?」
「ここは三千の半分しか出さなかったと思っておきましょう」
トゥリムはそう言って、にやりと笑った。
その顔にはどこか自信があるように見えて、おれも笑った。
そして、五倍の敵兵との戦いが、始まる。
おれとトゥリムは歩兵隊の五十メートル前に立ち、敵兵の突撃を待つ。
敵兵を待つ、とはいうものの、おれたちはとてものんびりしている。
それはなぜか?
いや、そりゃ、敵陣が遠すぎるからだよ。
「一番乗りは、確実にしとめるか?」
「見逃して、そのほうびの分、敵軍が弱くなりますかね?」
「ならんだろ。よし、切り捨てよう」
「そうですね。何人くらいやりますか?」
「見た感じなら・・・」
おれは突撃してくる敵兵の姿を見つめた。「先頭から十四、五人ってところか。それより後ろは集団戦になりそうだ」
「そうですね。ではまずは五人と五人で、残りは協力しますか」
「気軽に言ってくれる」
先頭の十数人は、確かに速い。
どんどん後続の軍勢を引き離して走ってくる。
その十数人の中も、一番速い者からその中で一番遅い者まで、次第にばらついていく。もちろん、後続の軍勢も同じだ。その中で速い者が前へ、遅い者が後ろになっていく。
「あれだな、先頭の連中は・・・」
「長駆スキル持ち、ですか」
「おれが言おうとしたのに先に言うなよな・・・」
「ということは、他の連中より・・・」
「レベルが高い可能性がある」
「・・・言おうとしたことを先に言われても、どうということもないのですが?」
「え、そうか?」
おれはトゥリムを見た。
あ、こいつ、苦笑してやがる・・・。
「まあ、長駆スキルのおかげで後続が合流する前に処理できそうです」
「ここに来るまでにもっと引き離すだろうからな。それにしても、馬鹿みたいに走ってくるな、あいつら。疲れるだろうに」
「われわれが動きませんからね。そもそも相手の狙いは、陣をつくらせないことです」
「後ろは・・・盾持ちが少ないな? 弓兵は一番後ろで、数が少ないぞ?」
「攻城戦ではないからでしょう」
「ほとんどの奴らが片手剣で、盾持ちも槍持ちも少ない。なるほどな。数の問題じゃないから、オーバは勝てると思ったのか」
「各個撃破の原則、ですか。オーバ殿は本当に何というか・・・」
「敵に対して容赦がないよな」
「・・・私は言ってませんから」
「おい、わざとおれに言わせたな!」
トゥリムの奴!
言いたいことを先に言ってやるごっこで人を罠にはめるとは、この策士め!
「まあ、その程度のこと、言われたとしてもオーバ殿は笑って済ませるでしょうし」
「そりゃまあ、オーバだからな」
五倍以上の敵を前にして、こんな話をのんびりできるのも、敵陣がとても遠くにあるから。
こっちが突撃しない限り、相手ばっかり走って疲れることになるだろう。
こっちに向かう先頭集団もかなりばらけてきている。
「それにしても、同じ長駆スキル持ちだとしても、差がつくもんだな」
「スキルレベル仮説か、ステータス仮説か、ですか? レベル論の授業ではまだまだ研究しないと結論は出せないという話でしたね」
同じスキルを持つ者がそのスキルを使ったとして差が出るのはスキルレベルの差であるとするのがスキルレベル仮説、ステータス値の差であるとするのがステータス仮説。
オーバは、その両方が関係しているが、確認できる数値が少なくて立証できないとかなんとか、難しいことを言っていた。
そもそも誰かのステータスを把握できる「対人評価」などのスキルを持つ者は人口の増えたアコンでもごくわずかであり、そんな数値を記録して証明できるのはオーバくらいのものだ。そのオーバはいろいろと忙しくて、そんな証明をしているヒマがない。
「スレイン王国を離れて暮らして、そのおかげで大森林での暮らしの高度さをいやというほど思い知らされましたよ」
「おれたちが少ない人数で暮らしていた頃と今とじゃ、ずいぶん変わったんだけれどな」
「昔が懐かしいですか?」
「年寄りだからな」
「まだまだお若いですよ」
「お世辞はいらねぇ」
「お世辞ではないのですがね・・・」
トゥリムがすっと剣を抜く。
おれも同時に動いた。
おれたちの視線は走ってくる敵に向けられたままだ。
「七人目と八人目が同時になりそうだな。あと、十二人目からは四人同時か。ここは一人で二人を相手にするぞ?」
「先頭の男はこちらでいただいても?」
「分かった、任せる」
「では」
「まったく、ずいぶんと待たされたよな」
先頭の敵兵が、あと二百メートルというところまで来ていた。
二人目はそのさらに二百メートルは後ろにいる。
はっきり言っておこう。
こいつらは、数の有利を捨てて、はるばるここまで走ってきた、大馬鹿者だ。
「よくこんな連中がこの内戦を生き抜いてきたよな」
「スレイン王国では相手も同じように突進するので、最初は先頭の者が一対一で戦うことになるのですよ」
「なるほどね・・・ま、今の状況とそんなに変わらんか、それなら」
「相手が疲れていて、こっちは疲れていないので大違いですよ」
トゥリムはそう言って、すーっと一度息を吐いた。
どうやら、無駄話はここまでのようだ。
「一番、もらう、死ね!」
そう叫びながら、先頭を走ってきた敵兵が跳び上がって両手持ちの大剣を振りかぶる。
おれが冷静に見ているのは、トゥリムが敵兵に対処しているからだ。
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