第108話 老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(2)



 休憩を告げたアイラが、こっちまで馬を寄せてきた。


「遅かったわね、ジッド」

「・・・馬と比べるのはおかしい」

「あはは、そうだったわね。でも、そう考えると、早いのかしらね?」

「オーバが、舟を用意してたからな。スレイン川の大草原側は、一気に移動できた」

「そう。あたしも今度、舟ってのには乗ってみたいわ」

「この戦いが終わったら、帰りに乗ってみるといい。馬より速いし、風が気持ちよかった」

「へえ」


「それで、そろそろ攻め込むのか?」

「うーん、まだみたい。でも、そっちはツァイホンっていう町に入るようにってオーバから指示があったわよ」

「町に入るってことは・・・」

「守る戦いってことよ」


「ツァイホンってのは、どのあたりなんだ?」

「この、辺境伯領の一番北にある町みたいね」

「辺境伯領はスレイン王国の一番南の領地なんだろう? つまり、最前線か」

「そういうこと。ジッドはオーバに信用されてるわ」

「そうか?」


 アイラがにこりと笑う。


「あたしたちは、出番は最後の方みたいなのよね。騎馬隊は守る戦いにはいらないって」

「・・・確かに」


 馬を走らせて相手を踏み潰していく戦い方は、町を守るためには必要がない。

 町を守り切って、相手が逃げてからなら、出番もあるってものだろう。騎馬隊は速いしな。人間が走っても、馬からは逃げ切れん。オーバならできそうだが。


「町を守る戦いでも、ぶつかり合う戦いでも、どちらでも圧倒する。そうやって、はっきりと差を見せつけたいみたいね」

「それならオーバが暴れたらいいだろうに」


「・・・それだと意味がないのよ、きっと。でも、戦う前に勝敗は決めておくもの、なんだって。だから、この先の戦いは、オーバにとってはもう勝つことが決まってるのよ」

「準備万端ってことか」

「そうね・・・」


 言葉を切ったアイラの視線がすうっと上へ移動していく。

 おれも釣られて、上を見る。


「ところで、それが、新しい武器なの?」

「そうみたいだな。使い方は一応、確認してあるんだが」

「町を守るのにはいらない気がするわ」


「・・・町を守るのには使わんが」

「あら、そうなの?」

「そっちは、別の物を預かってる」


「・・・そう。まあ、オーバの考えを最後まで見抜くのは無理よね」

「まともな考えをしてたら、こんなとこで戦おうなんて思わんだろう。ただ、オーバがそうやってスレイン王国とのつながりをつくったことが、間違いなくアコンをあそこまで発展させたんだがな」


「いっぱい人が来たもんねえ。ジッドは、人が増えたアコンが嫌いなの?」

「嫌いってことはない。ただ、知らない奴がいるってのも、慣れないってだけさ」


「・・・前は、アコンじゃ、知ってる人ばっかりだったわね」


 どこか懐かしむようにアイラがつぶやく。「人口は百人を目指すってオーバが言ってたのに、いつの間にかその十倍くらいになったもの。いろいろ変わっちゃったわ」


「アコンの木は今じゃ王宮なんて呼ばれてるからな。ほとんどの人はアコンの群生地の周りにできた家に住んでるし・・・」

「水道橋とか、水路とか、馬を乗り換える駅とか、オーバの発想には驚くわ。もう、ダリの泉の村に住んでた昔が夢のことみたいだもの」


「・・・おれが知ってた大草原も、今じゃ、だいぶ変った。ああいう変化が悪いとは思わんのだが、年寄りには慣れんもんだ」

「年寄りじゃないわ」

「アコンでは最年長なんだが・・・」

「そうは見えないってことよ」


 ぱしん、とアイラに肩を叩かれた。

 そこから感じた気遣いに、おれは小さく息を吐いた。






 カスタの町で補給した米を五分の一、アイラの騎馬隊に残して、おれたち歩兵隊は辺境伯領最北の町ツァイホンを目指す。


 このあたりの地理はトゥリムが詳しい。

 だから道に迷うようなことはない。


 オーバがどこの誰を敵として考えているのかはよく分からないが、騎馬隊の存在はまだ隠しておきたいのだということは分かった。


 前の戦いでも、そのことは効果的だった。


 騎馬隊なら兵力差を埋めることができる。スレイン王国に馬がいない今なら。


 アイラが率いる百と少しの騎馬隊が、この国を蹂躙することになるのだろうと思う。


 おれは、トゥリムが通訳したイズタの説明を思い出しながら、訓練と進軍を繰り返していくつかの町を通過し、オーバに指示されたツァイホンの町へと入った。


 戦いはもうすぐそこまで迫っていた。






 トゥリムと並んでおれはツァイホンの町の外壁を見上げた。


「・・・これまでに見てきた町の外壁とは、ずいぶん違うな?」

「以前は、この三分の一くらいの高さだったと思います。こんなに高い外壁に囲まれた町は、王国のどこにもないはずです」

「十五メートル、ってとこか?」

「それくらいはありそうですね。おそらくオーバ殿がこうなるように仕向けたのでしょうが」


「これ、ここまでにするのに何日くらいかるんだ?」

「二、三年はかかるのでは? ああ、オーバ殿はそんなに前からこの町で戦うことを予定していたんでしょうね」

「あいつはとんでもないな、本当に。でもさ、こんな外壁を見たら、戦わずに逃げるか、ここを無視して次の町を目指すんじゃないか?」


「・・・そうですね。でも、オーバ殿のことです。何か手を打っていることでしょう」

「トゥリムも、オーバを信頼してんだな」

「・・・自分が仕える主ですから」


 トゥリムの副官となっている神殿騎士のカリフが、門が開いたと伝えてきた。

 おれとトゥリムは歩兵隊を動かし、門をくぐった。


 ツァイホンの町に入ると、男が一人、出迎えてくれた。


 なんだか偉そうな奴だな、と思って見ていたら、トゥリムがこの町を支配する男爵だと小さな声で教えてくれた。


 ユゥリン男爵という人らしい。

 この町にはアコンよりも多くの人が住んでいるという。そうなら、この男が偉そうなのも仕方がないのだろう。


「オーバ殿、聞いた。よろしく、頼む」


 おれとユゥリン男爵はまっすぐに見つめ合ってあいさつを交わした。

 トゥリムが通訳してくれる方が正確に話せるのだが、一応、なんとなく、分かると言えば分かる。


「オーバ殿、武器、届く、聞いた。どこに?」

「ああ、オーバに頼まれた武器なら、すぐに運ばせる」


 おれはそう言うと、トゥリムを見た。

 トゥリムは歩兵の分隊長を見て指示を出した。


 その指示で百人以上の歩兵がネアコンイモのロープで束ねられた大量の矢をどんどん運んで積み重ねていく。


「これが・・・」

「テツの矢、だとさ」


 テツの村で作った矢だから、そう呼ぶのだろうと思う。銅の矢と比べると矢じりが黒く見える。それでいて、イズタの言葉を信じるのなら、銅の胸当てを貫く硬さと鋭さがあるらしい。


「銅、貫く、本当、か?」

「・・・トゥリム、説明を頼む」


 こういう話を言葉が通じないおれが中途半端にするのはまずい。


 トゥリムはうなずき、ユゥリン男爵に説明を始めた。そもそもイズタの説明をおれに通訳してくれたのはトゥリムだ。その内容はよーく分かっているはず。


 スレイン王国の言葉でトゥリムと男爵が次々と意見を交わす。


 ツァイホンの守備兵たちが、棒を立ててそこに銅の胸あてを吊るした。


「テツの矢、確かめる、大切」


 ユゥリン男爵がそう言って、トゥリムが連れてきた歩兵隊の中から弓兵を呼ぶ。


 実際に銅の胸あてを貫けるのか、確認したいのだろう。確認もせず、実戦で使って役に立たないということにでもなれば、そのことだけで敗北につながりかねない。

 これは別にオーバを信じているかいないかとか、そういうことではなく、この町の支配者として当然、行うべきことだろう。


 ・・・ノイハがいてくれたら、確実に射抜いてくれただろうに。まあ、ノイハの場合、銅の矢じりでも射抜いてしまいそうだから確認にならんのかもしれんのだが。


 弓兵が矢を放つ。


 カン、と高い音とともに、テツの矢は銅の胸あてを貫き、その向こうにいた兵士が慌ててその矢を避けた。胸あてを貫いてもそこそこの速さを保っていたことがユゥリン男爵を驚かせたらしい。


 そのまま、二度、三度、とテツの矢が放たれ、銅の胸あてに穴があいていく。





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