第108話 老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(3)



 いつの間にか、何人ものツァイホンの守備兵たちが注目していた。


「相手、よろい、弱い。この矢、最初、使う」

「オーバ殿、三日目、使う、指示。最初、別」


 ・・・いまいち分からんのだが、オーバがイズタに伝えていたのは、三日目以降のテツの矢の使用だったはず。ユゥリン男爵はそれを初日から使いたいと言っているようだ。トゥリムが粘り強く説明を続けている。


 オーバの指示に従った方がうまくいくってのは、おれたちなら迷わない。

 さすがのオーバも、スレイン王国では思い通りとはいかないのかもしれん。

 けっこう激しく男爵と言い合ったトゥリムが、ふぅ、と息を吐いた。


「・・・どうなった、トゥリム?」

「なんとか、納得してもらえましたが、これなら勝てる、という風に思ったようで・・・。オーバ殿の指示に従った方が楽に勝てるのに」

「オーバの指示は、怖ろしい内容だったよな」


「ああ、そうかもしれません。投石や落石に、丸太落とし。古い方の矢を放ち、糞尿をまいたり、油をまいて火をつけたりと、やれることをやり切って、三日目にテツの矢で攻め手を崩壊させて後退させるという指示を聞いてます。以前のアルフィでの戦いの時も思ったのですが、オーバ殿の守城戦に関する考えは怖ろしい。それも、三日目に敗走させて、テツの矢の存在に気づかせずにそのまま回収する気なのだから」


「・・・初日にテツの矢で崩壊させられんものかね」

「初日だと、まだ相手もあきらめないかもしれません。ですが三日目なら、その可能性は高いとオーバ殿は考えたんだろうと思いますね。おそらく相手は、食糧が足りてないはずだから」


「食糧が?」

「さっきの外での話で考えたのですが、この町を素通りさせない策として、オーバ殿は敵の食糧を奪ったり、隠したりしているのではないかと」

「なるほど。やりそうだな。まあ、そういう意味では楽勝なんだろう・・・」


 食糧不足で攻めてくるなんて、スレイン王国では戦いの基本がなっていないと思うんだが。


 ・・・そういや、大草原でも戦いを起こす時はたいてい食糧不足がきっかけだったか。足りないから奪おうという考えだ。アコンでオーバとともに暮らして、おれもいろいろ学んだから、今はそういう考えになってるんだろうな。


「・・・ユゥリン男爵によると、ツァイホンには食糧を大量に運び込んだという噂をオーバ殿は敵に流してるらしいです。相変わらず、オーバ殿のやり方はすごい。実際に食糧があるかないかに関係なく、その噂ひとつで相手にツァイホンを無視させないつもりなのだから。どこまでも先に手を打ってる。敵でなく味方で本当に助かります」

「この町の外壁が、ここまでの町よりもずいぶん高いのも?」


「・・・それも男爵はオーバ殿の指示だったと言ってましたね。この高さにするのに二、三年前から動いたはず。いったい、どこまで見通してるのやら」

「オーバがいる限り、勝ち戦は動かんな」


 おれがそう言うと、トゥリムは黙ってうなずいた。


 そう。

 オーバがいれば、負けるはずがない。


 大森林や大草原でずっと戦ってきたおれたちにとって、そこに揺らぎはなかった。






 ツァイホンの町に入ってから、外壁の外側をさらに掘り進めたり、門を埋めたり、石や丸太を集めたりと、守城戦の準備を手伝った。


 歩兵たちに指示を出しながら、少し休憩していると、そこに赤い髪の美女がやってきた。


「ジッド!」

「クレア! 久しぶりだな」

「元気そうね。そろそろアコンに帰りたがってるんじゃないかと思ったけれど」

「帰りたいとは思ってるが、ここでやるべきことも分かってる」


「そう」

「オーバはどこに? 一緒なんだろ?」

「ううん。ジッドとトゥリムに伝言を頼まれてここに来たの」

「オーバからか? オーバは何を?」

「カイエン候の別働隊を北へ追いやってる」


「・・・オーバは、兵士を一人も連れてないと思うんだが?」

「オーバ一人で北へ追いやってるのよ」

「どうやって?」

「相手の、カイエン候の別働隊を指揮してる人、前の戦いで知り合った人みたいね」

「知り合い?」

「そう。オーバを見て、目を見開いて固まってたわね」


「それ、怯えてたってことだろ? 相変わらずとんでもない奴だな、オーバは。それで、オーバからの伝言ってのは?」

「このツァイホンまで敵軍が寄せてくるのはあと三日か四日で、ここに集まるのは諸侯の寄せ集め。数はけっこう多いみたい。でも、それを撃退したらリィブン平原へ陣取れって言ってたわ」


「諸侯の寄せ集め、か。それと、リィブン平原?」

「そういう場所は詳しいトゥリムに確認して。私は今からアイラのとこに行くから」

「平原ってことは、歩兵の戦い方は・・・」


「イズタからの説明通りだって。まあ、まずはこのツァイホンをしっかり守ってよね」

「ああ、分かった。アイラのとこにも行くってことはその平原に騎馬隊も出てくるんだな?」

「んー・・・そこまで詳しくは分からない。でも、歩兵隊が訓練通り動けば何の問題もないみたいだけれど?」


「・・・ああ、テツの矢の威力は見せてもらったし、心配はしてない」

「矢だけじゃないでしょう?」

「そうだった」

「じゃ、あとはよろしくね」


 そう言うと、背を向けたクレアはさっさと歩き出した。

 赤い髪が左右に揺れながら遠ざかる。


 アコンではオーバの次に強いクレア。

 敵地にいるオーバからの伝言をたった一人で伝えて回るとんでもない猛者。


 オーバはオーバで、敵地で一人、相手を北へと追いやってるらしい。いったいどうやったら、そんなマネができるのやら。


 オーバやクレアが敵に回ったスレイン王国の連中が気の毒になってくる。


 しかし、あと三日か四日、か。

 相手は寄せ集めみたいだし、これもオーバの狙い通りなんだろうな。


 勝つべくして勝つ。

 この場にいないオーバが、これからの戦いのすべてを握っているかのようで。

 ふと、その怖ろしさを感じておれは身震いしたのだった。






 クレアが来た次の日、ツァイホンの町には本当に大量の食糧が運び込まれた。


 運んできたのは辺境都市のフィナスン組だ。辺境都市アルフィのスィフトゥ男爵も一緒にやってきた。

 フィナスン組はアコンまで交易にやってくる連中もいるので、中には知った顔もいる。そのままフィナスン組もツァイホンの守備隊に加わる。


 オーバが敵に流しているという食糧の噂がこれで真実になった。ツァイホンは軽く半年、兵士と町の人々が飢えることのないだけの食糧が届けられた。


 辺境伯領以外の地域は、もう何年も戦乱の中にあり、まともに麦を収穫できていないという。飢えをしのぐために多くの民が辺境伯領へと逃げて移住している。もちろん、純粋な移住者だけでなく、敵の間者も入り込んでいるだろう。


 だから、今回届いた大量の食糧は、目に見える形で運び込まれたのだと思う。


 この食糧の受け入れを最後に、ツァイホンの町の四つの門はすべて埋められ、ツァイホンからの出入りは不可能となった。


 そして、オーバからの伝言通り、クレアが来てから三日目に敵軍が姿を見せた。


 装備の種類がいくつかに分かれた敵軍はツァイホンの町を素通りせず、その外壁をすべて囲むように包囲した。


 ツァイホンの守備兵はおよそ二千。


 ツァイホンを囲んだ敵兵はおよそ六千。


 その日はまだ昼になる前から、ツァイホンでは三倍の敵兵との戦いが始まろうとしていた。





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