かわいい女神を信仰したら重要人物になっていた。~スレイン王国内乱鎮圧編~

第108話 老いた天才剣士は重要人物 ツァイホンの戦い(1)



 まだまだ若い者には負けない、とは言わなくなった自分に思うところがない訳ではなくて。

 かといって、息子に一本取られるようになった事実からも目をそらすことはできなくて。


 ・・・まあ、三本中、二本はおれが取るから、息子のムッドに負け続ける訳でもないんだが。オーバによると、ムッドの奴はおれよりレベルは上らしいのが嬉しいような悲しいような気持ちになる。


 老いた、という現状を認められないほど、愚かなつもりもない。


 大草原の天才剣士などと言われていた恥ずかしい昔のことをいつまでも心の拠り所のようにしているつもりはないのだが、そのことを知る者たちからはそんな過去があるからこそ、自分に向ける尊敬の眼差しが得られるのだということにも、気付いてはいる。


 正直なところ、今、自分が強者だとはあまり感じない。

 オーバをはじめとして、ジル、ウル、クマラ、アイラなど、アコンにおいては訓練の手合わせで勝てない相手が多過ぎる。


 これまでずっと剣に生きてきて、これだけ勝てない相手がいて。

 おれはオーバたちの役に立てているのか、という不安は感じている。


 そんな不安を感じながら、オーバに頼まれた歩兵隊の総指揮。


 思わず、ノイハでいいんじゃないか、とおれは言ってしまったのだが。


「・・・ノイハに指揮なんか無理だろう? こういうのはジッドに任せる」


 そんなことをあっさり言うオーバの期待には応えたい。


「それと・・・」


 そう言って続けたオーバからの密命。

 驚くしかないその内容にオーバからの信頼の厚さを感じる。


 それが単純に嬉しかった。


 そういう思いで、おれは歩兵隊を引き連れて、歩いたり、舟に乗ったりしながら、はるばるスレイン王国までやってきた。






 大草原の果て、天険の隘路を抜けた、噂の辺境都市アルフィからさらにその先。

 テツの村という、小さな村。


 大草原や大森林では見ない、外壁のある村。

 そこに歩兵隊とともにやってきた。


 そもそも、歩兵隊のほとんどは、辺境都市アルフィの者たち。つまりスレイン王国の兵士たち。


 それをおれが率いるのは、その兵士たちが大森林で訓練を積んだからだ。


 辺境都市の支配者である男爵から依頼されたオーバが、兵士たちの訓練を引き受けた。オーバが進めたのはかなり変わった訓練だったようだが、そのオーバの意図は何度も説明を受けた。


 ・・・オーバは、天才なんだろうな、と思う。


 天才でなければ、何だろうか。

 少なくとも、おれたちとはかけ離れた、とんでもない考えをもって行動している。


 女神さまのご加護を一身に受けているのも当然だろう。


「ジッド殿」


 呼ばれておれは顔を上げた。

 トゥリムだ。


 何年か前の戦いの後、オーバに仕えるといって大森林に移住したスレイン王国の優秀な剣士。


 このトゥリムも、おれにとっては勝てない相手の一人。

 ただし、その中でも、かなりいい勝負ができる相手なのだが。

 今回、このトゥリムを守ることをオーバから密命として頼まれている。自分より強い奴を守るってのも不思議なもんだ。


 オーバが言うには、おれはトゥリムに剣技では負けていないのだと。おれの剣術のスキルレベルの高さでトゥリムとはいい勝負ができているらしい。

 長年磨いてきたものがいかされていると。

 ただ、レベル差で最後は勝てていないという。スキルやレベルというのは、オーバがおれたちに教えてくれた、人の強さの秘密。


 トゥリムもおれと一緒にこの歩兵隊を率いてくれている。


「こちらがイズタ殿だ」


 トゥリムが一人の男を紹介してくれた。


 この村の代表者で、オーバともつながりがあるという、鍛冶師イズタ。この村でオーバの指示に従って新しい武器をつくっている。


 ここで武器をもらってから進軍してくるように、オーバからは命じられている。


「あー、イズタ、おれはジッド。オーバに頼まれて、ここで武器を受け取るように言われてる。よろしく頼む」

「はい、武器、ある。予備も、ある。すべて、預ける」


 イズタはスレイン王国の言葉で話す。


 トゥリムはスレイン王国の言葉も、おれたちの言葉もどちらも分かるから、通訳をしてほしいところだ。

 おれはスレイン王国の言葉だと、なんとなくしか、分からん。

 戦闘の指示は、短く、分かりやすくが基本だからそれほど問題にはならんのだが。


 イズタの向こうから、何人もの男が武器を運んでくる。その武器は、どうも、おれが知っている武器とは、似ているようでまったくの別物のようにも思える・・・。


「・・・トゥリム?」

「ああ、ジッド殿、言いたいことは分かるのだが・・・」

「そうか?」

「私も、同じ気持ちだ」


 運ばれてきた武器、を見て。

 おれとトゥリムはそろって首を傾げた。


「これが、武器だと・・・?」


 それは、想像もしていなかった物だった。


 それから、トゥリムの通訳で一生懸命使い方の説明をするイズタの言葉を理解しようとおれは努めた。






 テツの村を離れ、さらには海沿いのカスタという町も通り、スレイン王国を進軍していく。

 いくつかの町を経由して、アイラの騎馬隊と合流。


 先にスレイン王国に入っていたアイラの騎馬隊は、ひたすら訓練に打ち込んでいた。


 速度調節と、隊列の維持、そして、速駆けでの隊形移動など、オーバが歩兵たちで徹底して行ってきた訓練を騎馬隊にも厳しく行っている。


 何年か前の戦いの時よりも、馬の数が三倍以上になっている。足並みをそろえるのは簡単ではないのだが、アイラの指揮は見事なものだと思う。


 半数くらいは大草原からの徴兵なので、まともな訓練はナルカン氏族のところで集結してから始めたはずなのだが、かなり練度が高い。


 ちらりと馬上からこっちを見たアイラに、おれは手を振る。





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