第106話 辺境の聖女は重要人物 あの者たちではおさめられない(3)
オーバさまがジルさまを伴ってアルフィを訪れ、そして立ち去ってから半年。
私の中の新しい命も、はっきりとその存在が分かるくらい大きくなってきた。
カーニスが言うには、大き過ぎるから双子ではないか、とのこと。王国では双子を忌避する風潮はあるが、とうの昔に家を出た私にはもはや関係がない。
もしも本当にそうだったのなら、双子がここにいるのなら、私は嬉しい。
一度に二人も、オーバさまの御子をこの手に抱くことができるのだから。
私の周りは巫女と巫女騎士、そして、神殿の手伝いにやってくるアルフィの女性たちが、うろうろと忙しそうにしている。そして、私が何かしようとすると、すばやく動いて代わりにやってしまう。
家を出て、誰にも守られずに生きていくはずが、家にいたころ以上に多くの者に守られてここにいる。
不思議なものだと思う。
王国の戦乱は北と東の二強が覇者たらんと勢力を拡大して、血を流し続けているというのに、このアルフィの神殿はなんと平和なことか。
本当に、この戦いに私たちが巻き込まれるのだろうか、と思ってしまう。
王国の最果てである辺境都市アルフィは、あまりにもこの戦乱から離れ過ぎている。
ばたばたと慌てた足音がして、神官が神殿騎士の帰還を告げた。
特に疑問を持たずに、中へ通すように答える。
すぐに神殿騎士が部屋に入り、ひざまずく。
「聖女さま、国王が・・・」
神殿騎士が続けて発した、殺されました、という言葉に、この場にいた全員が動きを止めて神殿騎士を凝視した。
頭では理解が追いつかないが、内乱がもはや諸侯の争いというだけではないものになったのだということはぼんやりと分かった。
しんと静まった沈黙の部屋で、私は目の前の神殿騎士を見つめていた。
一度うつむいた神殿騎士は、意を決したように顔を上げると、まっすぐに私を見つめた。
私と彼の視線が重なり合う。
その彼のさらなる報告によって、巫女騎士たちや巫女たちが騒然となり、部屋は雑音に満ちた。
耳に届く、無数の言葉を聞き流しながら、私はぼんやりとだが納得していた。
ああ、こうやって私は巻き込まれていくのか、と。
どうやら国王の暗殺を命じたのは、王国の神殿勢力を束ねる、辺境の聖女と呼ばれる人物らしい。
私が命じて、国王を暗殺させた、らしい。
王都の王宮に籠る国王を暗殺できるような力を持つ者は神殿騎士か巫女騎士にしかいない。
国王の召喚に応じず、抵抗を続けた辺境の聖女は、ついに国王を害した。
王国内の乱れを放置し、他領の民を奪い、私欲を満たす辺境伯と辺境の聖女こそが、王国を乱しているのだ。
諸侯は立ち上がり、辺境の聖女を討て、と。
国王が殺されてすぐに、混乱する王都に軍勢を入れた東のシャンザ公はそう檄を飛ばした。
辺境伯や、お父さま以外の二人の男爵のところにも、シャンザ公からは檄が飛んだ。
国王暗殺に無関係であるなら辺境の聖女を討て、と。
・・・その情報がここに届いている時点で、辺境伯領内が分裂して戦う事態は防げるとは思うが、油断はできない。
「聖女さま、どうぞ、ご下命を」
私の右後ろに立った巫女騎士がそう囁く。
いけない。
少し、ぼんやりとしすぎていた。
「辺境伯と男爵二人に使者を。私はそのようなことを命じていないし、国王の暗殺になど関わっていないと伝えてください。それと、大森林にも今の状況を伝える使者を出すように。ここから先は、この内乱に無関係ではいられません。隊長格の神殿騎士、巫女騎士は部隊の再編制を急いでください」
私は大きなおなかをさすりながら、座ったままでそう命じたのだった。
あの報告から三日。
フィナスンが面会を求めてきたので応じたら、イズタが一緒にやってきた。
護衛の巫女騎士を後ろに立たせたまま、二人と向き合う。
「ごめんなさい。おなかが大きくて・・・座ったままで失礼しますね。フィナスン、それにイズタ。二人とも、久しぶりに会うわね」
「久しぶりっすね、そういや、姫さんに会うのは」
「・・・申し訳ありません」
「別に責めている訳ではありません。それで、今日はどうしたの?」
そう言うと、フィナスンが笑っていた。
本当に、どうしたのだろうか?
「何、フィナスン?」
「いやあ、姫さんも成長したっすねえ」
「どういうこと?」
「こんな状況で、心配して来てみたら、平然と「今日はどうしたの?」なんて言うんすから。まさか、報告が届いてないんすか?」
「報告? 国王暗殺の件なら、聞いています。フィナスンなら、私がそんなことをしていないのはよく分かっているのでしょう?」
「そりゃ、分かってるっすよ」
フィナスンは今度は苦笑した。「あんなものは、シャンザ公が豊かなこの辺境伯領を狙うための言いがかりでしかないっすから。それでも、国王を暗殺した者だと、そんなとんでもない罪をなすりつけられたんすよ。以前の姫さんなら・・・」
以前の私であったなら。
そうですね。
きっと、私は知りません、と叫んで、身の潔白を証明しなければ、と必死になって・・・。
ひょっとすると、王都に行っていたかもしれません。
それが、どんな結果につながるかを考えもせずに。
「・・・まあ、それはいいとして。今日は別の話っすよ」
「そうですね。まずは、フィナスン組の、癒しの力を持つ者は、どれくらい貸してもらえますか?」
「・・・本当に変わったっすね、姫さん。何を話に来たのか、よく分かってるっすよ。神殿騎士、巫女騎士の部隊の数にもよりますが、まあ、部隊が四部隊までなら、各部隊に二人ずつ、八部隊までなら一人ずつ、八人ほど、貸し出せるっす」
「助かります。神殿でも、いろいろと修行を積んでみましたが、結局、誰も神聖魔法を身につけられませんでしたから」
「そりゃきっと、命がけで真剣に修行しなかったんっすよ」
ふん、と鼻を鳴らして、フィナスンはそう言った。
私も、フィナスン組とは一緒に神聖魔法の修行をした。フィナスン組の者たちは、オーバさまのことをとても怖れていて、小さな声で「身に付けなければ殺される・・・」とよくつぶやいていたことを思い出す。
確かに、神殿騎士や巫女騎士が神聖魔法の修行をしたときには、そういう必死さはなかったのだが。
それよりも、神殿騎士や巫女騎士が女神さまとお会いしたことがない、ということが原因になっている気がする。
「それで、その話だけではないのですね?」
あとは、私にも予想ができない。
この場にイズタがいることも、よく分からないが・・・。
「・・・ひょっとして、テツ、のことですか?」
「ああ、テツはっすね、もう全部、オーバの兄貴が買い占めてるっす」
「オーバさまが?」
「男爵が、オーバの兄貴に、アルフィの兵士を預けて訓練させてたことは知ってるっすか?」
「・・・知りません。お父さまはそんなことをしていたのですか」
「まあ、姫さんは神殿にいるっすからね。それで、テツは、そいつらの武器に使ってるっすから」
「・・・それなら、オーバさまが買い占める必要はないのでは?」
「そこはおいらにもよく分かんないっすね、あと・・・」
フィナスンが、私の前にイズタを押し出した。「イズタが、大森林からはもう兵士がこっちに向かってるって言うんすよ」
私はイズタを見た。相変わらず、私からは目をそらしている。
もう慣れたのだが、なんだか居心地が悪い。
「イズタ、どういうことです? 大森林には使いを送ってまだ三日。とても、オーバさまのところに報告が届いたはずは・・・」
「信じていただけるかどうかは、分かりませんが、オーバさまは、馬に乗った大森林と大草原の軍勢をアイラさまに、アルフィの兵士を含む歩兵はジッドさまに任せて、もう出発させたそうです」
「それは・・・」
驚いたが、それが事実なら、こんなに嬉しいことはない。
私が何も頼まなくても、オーバさまは私の味方をしてくださるおつもりだったのだ。
しかし・・・。
「イズタ、どうしてあなたが、それを?」
そこが、分からない。
スレイン王国の最果てにある辺境都市アルフィ。そのさらに向こうの、大草原と大森林。オーバさまのいらっしゃるアコンはとても遠い。
どうすれば、その情報をアルフィとカスタの間のテツの村にいたイズタが?
「・・・昨日の夜に、テツの村にオーバさまが来たので」
イズタは目を合わせないどころか、顔を合わせないという感じで完全にうつむいていた。
私は目を見開き、フィナスンもばっとイズタを振り返った。フィナスンも聞いていなかったらしい。
「はあっ?」
「どういうことです?」
イズタは顔を上げない。
「オーバさまは、今、テツの村にいるのですか?」
「いえ、もういません」
「どういうことなのですか?」
「どういうことなのかは、私にもよく分かりません。昨日、私はオーバさまから伝言を頼むと言われ、オーバさまはそのままテツの村を去りました」
昨日、オーバさまはテツの村を訪ねた。
そうすると、昨日か、一昨日には、このアルフィを通過しているはず。
しかし、誰からも、どこからも、そのような報告は受けていない。
・・・いえ、オーバさまであれば、その気になったら誰にも気付かれずにアルフィを通り抜けることなど簡単なのでしょうが。
「オーバさまは、お一人で?」
「いえ、以前も一緒にいらした、赤い髪の女性と二人でした」
「クレアと?」
クレアとオーバさまが一緒に行動している?
私はフィナスンと目を合わせた。
フィナスンも、何か感じるものがあったらしい。
オーバさまとクレアの二人連れというのは、どうしてもあの戦いのことを思い出させる。
それは、前の辺境伯とこの辺境都市アルフィの間での戦のこと。
オーバさまはその戦の完全な部外者でありながら、なぜかその戦の中心だった。
まさか、今度のスレイン王国での内戦でも・・・。
しかし、この内戦は、前の戦とは比べ物にならないくらい規模が大きい。
いかにオーバさまがお強くても、たった二人では、どうすることもできないのではないだろうか。
「それで、オーバさまはどこへ? 何を?」
「北の軍勢をなんとかしてくる、あそこには知り合いがいるみたいだから、としか聞いていません」
「北の・・・カイエン候のことでしょうね。オーバさまが、カイエン候と既知だとは聞いたこともありませんが・・・」
「・・・まあ、オーバの兄貴なら、何をしでかしても納得っすよ。それで、イズタ、伝言ってのはそんだけ?」
「・・・あとは、キュウエンさまに・・・」
「私に?」
「はい。心配するな、必ず守る、と伝えてくれ、と」
それを聞いたフィナスンは、何も言わずに私から目をそらした。
面会していた部屋に、沈黙が落ちた。
私は、知らず知らずのうちに、涙を流していたのだった。
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