第105話 辺境の聖女は重要人物 その衣には値がつかない(4)



 神殿の執務室で、机をはさんで、私と、フィナスン、イズタが向き合って座った。フィナスンとはきっちり目が合うのに、イズタの視線は・・・もう、あきらめたのだが。

 護衛の巫女騎士が二人、私の後ろと、フィナスンたちの後ろに控えていた。


「それで、相談、ですか?」


 私はフィナスンを見てから、一度イズタに視線を移し、それからもう一度、フィナスンを見て、そう言った。


「ま、難しい話ではないっすけど、難しいことなんすよ」

「・・・相変わらず、フィナスンは好き勝手なことを言いますね。それでは意味が分かりませんよ」

「ほれ、イズタ。言い出したのは、イズタだろ」


 フィナスンが肘でイズタをつついた。

 イズタの顔が動いて、私と目を合わせ・・・るかと思うと、反対方向に目をそらした。

 まったく・・・。


「あの、キュウエンさま。実は・・・」


 目は合わさないけれど、話はするらしい。


 ・・・もちろん、そんなことに腹を立てずに、話は聞きますとも、はい。


「鉄の量産のために、アルフィとカスタをつなぐ街道沿いに、新しい村をひとつ、作りたいのです」

「新しい村、ですか?」


 なるほど。

 分かりやすい要望だ。難しい話ではない。


 でも・・・。


「アルフィとカスタをつなぐ街道には、赤犬や青目狼など、人を襲う獣がよく出ると聞きます。カスタと行き来する隊商も、多くの護衛と動くはずです。そこに村をつくるのは、難しいのでは?」


「そうです。ですが、鉄の量産を進めるには、材料が採れる川沿いに作業場があった方がいいのです。今よりも効率を高めるには、そうしないとできません」

「テツの材料は、スレイン川の川底の砂でしたね。気持ちは分かりますが、どうなのでしょう?」


 私はフィナスンを見る。

 私には思いつかないが、フィナスンには、そこに村をつくるための方策が思いついているのだろう。そうでなければ、イズタと一緒に、ここまでは来ないはず。


「フィナスン、何か、手はありますか?」

「まず、神殿騎士や巫女騎士を貸してほしいっすね」


「・・・獣退治をさせる、ということですね?」

「神殿騎士や巫女騎士は、一人でもあの辺を行き来してるっす。あの程度の獣なら、問題ないっすよ、そりゃ」

「だからといって、新しくつくる村にずっと住まわせるわけにはいきませんよ?」


「村づくりは、それなりに時間はかかるっすね。まずは、砦づくり。フィナスン組を総出で、二日か、三日あれば、できる。それから、イズタの作業場もつくる。あとは、時間をかけて、木柵を少しずつ土塀に作り変えていくっす。砦と作業場が完成するまでは十人、完成してからは、五人ずつ、交代でなんとか、神殿騎士や巫女騎士を派遣してもらえないっすか? 土塀で周囲をぐるっと囲んだら、もう大丈夫なんすけど」


「テツは、この先のアルフィを左右するもの、でしたね。お父さまには相談済みなのでしょう? 許可は得てますか?」

「それはもちろん」

「なら、私もできることは手伝います」

「さすが、姫さん。それと・・・」


「・・・まだ、あるんですか?」

「この、新しい村は、畑を耕しません。だから、麦を支援してもらいたいっす」

「畑を耕さないですって?」

「イズタをはじめ、この村に住む者には、作業に集中させて、テツづくりに打ち込むっす」

「そこまで・・・します、か」


「姫さんには、オーバの兄貴から、いろいろと食べ物が届いてるはずっすよね? しかも、各地の神殿からも、いろいろと届いてるはずっす。それを運ばせてるおいらが言うんだから間違いないっす。姫さんが、麦をイズタに分けたとしても、神殿が食べ物に困るってこたぁ、ないでしょうし?」


「イズタだけでなく、新しい村でイズタを手伝う者、すべて、でしょう?」

「もちろん、おいらも麦の支援は協力するっす。カスタのナフティにも手伝わせるし、ね」


「・・・ナフティが? オーバさまが、動いていますか?」

「この考えは、イズタが出したものっす。テツの量産は、オーバの兄貴の目標っすけどね」


「・・・少し、考えさせてください。気になることがあるので」

「なんです?」


「・・・テツがそれほど重要なら、アルフィから作業場を出さない方がよいのではないかと思って」

「それも、もちろん考えたっす。それでも、量産するための方法が優先だと、おいらたちは・・・」

「私は今、二人から話を聞かされたばかりです。神殿のみなさんともよく相談して、返事はします。フィナスン、イズタ、それでいいですか?」


 私はフィナスンの言葉を遮って、そう言った。

 フィナスンが少し、目を見開いた。


「・・・姫さん、立派になったっすね」

「お父さまやフィナスンに甘えてばかりでは、成長できませんから」


 そう、私も、今までの私ではいけない。

 よく考えて、決断していくのだ。


 この、新しい村は、テツの村。

 それはつまり、武器づくりの村、ということになる。


 フィナスンが言うような、二、三日で作り上げる砦のような規模で、本当によいのか。

 もっと検討しなければならないのではないか、と。


 私は、フィナスンとイズタを退室させて、神殿騎士と巫女騎士の部隊長を集めるように護衛の巫女騎士に頼んだ。






 その三日後、今度は、イズタが一人で神殿までやってきた。

 何か、大きな荷物を持って。


 取り次いだ神官たちが、そんなイズタを手伝って、その大きな荷物を受け取っていた。


「イズタ? この前の件なら、まだ返事は待ってください」

「・・・いえ、キュウエンさま。今日は、ちがいます」


 私の前で、イズタはひざまずいて、頭を下げる。

 どうせ、顔を上げろと言っても、目は合わせないのだろうと思う。


「何か?」

「この前、あの、隣の作業小屋で・・・」

「作業小屋?」

「はい。キュウエンさまが、話しているのが聞こえてしまって、その、あの作業小屋では、布を織っていたのではないですか?」


「ええ、あの作業小屋は、アルフィの新しい産物として大草原から仕入れた細い羊毛の糸で、布を織っているのです」

「あのとき、確か、織機、とおっしゃたのでは?」


「オリキ! イズタ、あなた、まさか、大森林にあるというオリキを知っているのですか?」

「いえ、大森林にどのような織機があるのかは知りませんが、とりあえず作ってみたので、試していただけないでしょうか?」

「ちょうど、カーニスたちが、昨日から新しい布を織り始めたばかりです。作業小屋へ行ってみましょう」


 私はひざまずいてうつむいたままのイズタの横を抜けて、作業小屋へと向かった。


 作業小屋では、カーニスとセイレアが、黙々と布を織っていた。

 私が中に入ると、カーニスが顔を上げた。


「姫さま?」

「カーニス、ちょっといいですか?」

「はあ」


 カーニスとセイレアが手を止めた。

 そこに、イズタと、イズタを手伝って荷物を運んでいる神官たちが入ってきた。


「・・・?」

「?」


 カーニスとセイレアが首をかしげた。


「なんです? 姫さま? あの、でっかい髪櫛みたいなトゲトゲなのは?」

「イズタが、この前言っていた、オリキ? をつくったのです」


「オリキ、ですか? どうやって使うんです、これ?」

「イズタ、説明を」

「はい、キュウエンさま」


 イズタは、神官たちにいろいろと頼みごとをしながら、オリキをぴんと張られたたて糸の下に置かせた。


 そうして、カーニスたちを後ろに立たせて、説明を始める。

 私も、カーニスたちと一緒に、イズタの後ろから、見守った。


「まず、たて糸ですが、一つ目の糸、これをこのトゲトゲの上にかけます」


 そう言いながら、イズタは一本目のたて糸をトゲトゲにかけて、そこから下に垂らした。


「次に、二つ目の糸、これをトゲトゲの間に落とします」

「?」


 セイレアがさらに首をかしげた。


「あとは、三つ目を次のトゲトゲの上に、四つ目を次のトゲトゲの間に、というように、交互に、上、下、上、下と、全てのたて糸をかけていきます」


 ゆっくりと、だが、着実に、イズタは二百本のたて糸をトゲトゲにかけていく。

 全てのたて糸をトゲトゲにかけたイズタは、神官から長い棒を受け取った。


「全てのたて糸をかけたら、今度は、トゲトゲの間に落とした方のたて糸をこの棒に結んで・・・」


 また、時間をかけて、今度はたて糸の半分の、百本の糸を棒に結んでいく。


「結んだら、この棒をぐるぐる回して、たて糸を巻きつけておいて・・・」


 ぐるぐると棒を回すイズタ。


「なんだか、ずいぶん時間がかかるねえ?」

「最終的には、時間がかからなくなりますから」

「はいぃ?」


 カーニスがさらに首をかしげた。


「では、今度は、よこ糸を、この板の、長いほうに、こうやって巻きつけて・・・」


 イズタは左手に持った板に、右手でよこ糸をぐるぐると巻きつけていく。短い方に巻きつける方が楽なような気もするが、意味があるのだろうか?


「それで、この板ごと、よこ糸をこの間に通して、しっかりと前に詰めるんです。あ、そっちの棒を上に持ち上げてください。そうそう、そこまででいいです。トゲトゲよりも上にはしないように。そうです。それで、今度はこっちから、板ごとよこ糸を通して、しっかりと前に詰めて・・・あ、その棒は下へ。そうそう、たて糸がトゲトゲの間に落ちるように、そうです」


 イズタがたて糸の半分を結んだ棒を持たせた神官に指示を出しながら、よこ糸を巻きつけた板を左右に動かしては、前へ糸を詰めていく。


 繰り返し、繰り返し、よこ糸を動かしては、たて糸を動かし、よこ糸を動かしては、たて糸を動かす。


 いつの間にか、カーニスが、ぽかん、と口を開いていた。


 この前、私が見たとき、半日以上かけて、カーニスが織った長さを、イズタは、それこそ、とても短い時間で織ってみせた。


「あのぅ・・・」


 セイレアが、なんだか間抜けな声を出した。「さっきから、よこ糸をまっすぐ通してるんですけどぉ、これ、布にならずに、ばらばらになっちゃいますよねぇ? あたし、カーニスさんに、一本でも間を通し忘れたら、怒られるんですけどぉ?」


「ああ、これはですね、よこ糸をまっすぐ通しているように見えるんですが、交互になった半分のたて糸を上下させることで、一本一本のたて糸の間を通していくのと同じように、たて糸とよこ糸は交わっているんですよ」


 イズタがセレイアに答える。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってもらえるかい? 糸の重なりを確認させておくれ?」


 イズタの説明を聞いて、さっきまでぽかんとしていたカーニスが動き出した。イズタが作業した部分のたて糸とよこ糸の交わりを真剣に見つめて、確認している。

 遅れて、セイレアも、カーニスの反対側に立って、確認を始めた。


 しばらくして、セイレアがぽつりと言った。


「ほんとだぁ、ちゃんと、このよこ糸ぉ、たて糸の間に通ってるよぅ・・・」


 これが、アルフィの布づくりを大きく変えた、オリキが誕生した瞬間だった。





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