第102話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の根回し(5)



 クマラと二人きりで向き合って話すなんて、考えてみれば、初めてかも。

 そんなことを、ふと、思った。


「えっと、クマラは、ジルが、オーバの后になるの、反対?」

「・・・そこは、心配しなくても、反対しない。そうじゃないの、ウル」

「反対じゃないの?」


 あたしは首をかしげた。


「オーバを説得することには、反対なの」


 クマラは、そう言うと、前にね、と語り始めた。

 それは、クマラがオーバと婚約した時の話。


 アイラが正式にオーバの后になり、クマラとの婚約も決まったんだけど、同じくオーバとの婚約を望んだサーラは、オーバに拒絶された。


 女神の声が聞こえないことが理由で。

 そういえば、あたしもその場にいたはず。

 くわしくは覚えてないけど。


 確か、それからサーラは一度、アコンを出て行って、花咲池の村へ移住。それから、花咲池が滅びた時に、逃げて再びアコンへ。しばらくしてセイハと結婚した。


 あたしがよく覚えてるのは、再びアコンに戻ったサーラと、女神さまのことで言い争って、女神さまが姿を見せてくれたこと。


「・・・あんまり覚えてないけど、なんとなく? 覚えてることもある、かな?」

「サーラがオーバに拒絶されたのは・・・」

「女神さまの声が聞こえないから?」

「・・・きっと、それは、たてまえ、なの」

「え?」


「オーバは、結局、ナルカン氏族では、ライムと、辺境都市では、キュウエンと、それにクレアとも結ばれてるもの」

「ライムは、ともかく・・・キュウエンや、クレアは、普通に女神さまと話せるけど?」

「・・・そもそも、あの頃とちがって、今の女神さまは、その気になれば、誰にでも言葉を届けることができるのよ」


「そ、そう言われると、そうかも・・・」

「女神さまを信じる者が増えたから女神さまの力が増した、ということが大きいとは思うの。だからという訳ではないんだけれど、もう、誰がオーバを結ばれても、女神さまのことは問題にならないの」

「うーん。でも、あの時は、問題になった、んだよね?」


「そこなの。あたしも、あの時は一生懸命だったから、今から思うと、という話なんだけれど。オーバはサーラとの婚約について、ジッドから強く説得されていたのよ。あの頃は気づいてなかったのだけれど、オーバはサーラと婚約したくなかったみたい。そこに、しつこいくらいの説得が入って、ジッドだけでなく、まわりもそうする方がいいって考えていて、それでもオーバは拒絶したの。これ、気にならないかな?」

「・・・オーバを説得しようっていう作戦は、うまくいかないんじゃないかってこと?」


「おそらく、オーバはジルを后にしようとは考えていないと思う。それをいろいろな人たちから説得されたら、素直に受け入れるとは限らない。もちろん、受け入れることもあるだろうけれど、可能性としては、拒絶することもありうる」

「それは、困るよぅ、クマラ・・・」


「オーバはあれで、けっこう頑固なんだもの。一度、こうだと決めたら、サーラの時みたいに、自分の考えを曲げない可能性があるかも」

「うえええ・・・」


「だから、説得するなら、オーバよりも、女神さまの方よ」

「・・・女神さまを?」

「ジルとの結婚も、女神さまがそう言ったってことなら、間違いないもの」


 それは、そうかも。

 女神さまが味方についたら、確かに、間違いない。

 そこは、考えてなかった。


「・・・えっと、ね。今回、エイムにお願いして、作戦は立ててもらって・・・」

「・・・それは、その、何て言えばいいのか、な・・・」

「あ、ジルは、エイムには相談できないって、言ってたんだけど、あたしが勝手にエイムのとこに行ってきて・・・」

「ああ、ジルは、知ってるのね・・・」


 んん?

 ジルは、何を知ってるんだろ?


 でも、それよりも・・・。


「クマラは、エイムが立てた作戦が・・・」

「そうじゃないの」


 クマラは、あたしの言葉をすぐに遮った。

 言いたいことは伝わったらしい。


 エイムを疑ってるのか、と。


 オーバが好きで、その思いが叶わなかったエイム。

 そんなエイムが立てた作戦。


 それを信じるのはおかしいと思ってるんじゃないか、と。


「そうじゃないの、ウル。エイムのことを疑ったりはしてないの」

「でも・・・」

「それどころか、どこまでもオーバに忠実なエイムは、とても信頼できると思う」

「エイムが、オーバに、忠実?」

「そうよ、ウル」


「・・・あたしが知ってるエイムは、他の誰よりもオーバに反論してるけど。あ、それで仲が悪いって思ったことはないよ?」

「エイムは、誰よりも、オーバが思い描くものを実現させようとしてるの」

「ええ? それはクマラでしょ?」

「ううん。それはちがうよ、ウル。それは、エイムなの」

「んー? だって、農業とか、織物とか、アコンの産物のほとんどは・・・」

「ウルにも、いつか、分かるよ、きっと」


 クマラがあたしの肩を抱いた。

 あたしは、なんとなく、そのまま、頭をクマラに預けた。


 ほんわか、優しい、クマラ。

 あったかい、クマラ。


 そこに、付き人たちがやってくる。


「ウルさま、そろそろご自分の宮へ・・・」

「今夜は、ここでウルと休みます。あなたたちは階下の控えでみな寝なさい」

「クマラさま・・・」

「これは、命令です」


 クマラが、小さな声で、小さいけれど、強い意志で、そう言った。

 珍しいな、と思う。


 そこに、クマラの、付き人に対する、いらだちが見えた。


「ウルの付き人の二人も、階下に行きなさい」


 あたしの付き人にかけるクマラの声の方が、なんだか柔らかいんだけどさ。


 クマラの付き人、感じ取れてるのかな?


 安全になった、飽食の地、アコンに移住して暮らしてきた、付き人たち。

 安全になる前の、大牙虎との苦しい戦いの中、みんなで助け合って、生き抜いてきたあたしたちとの大きな、大きな、ちがい。


 そんな、あたしたちの仲を、何も知らない者たちが、引き裂こうとする、その意味を。


 みんなの付き人となった者たちは、本当に分かっているのだろうか?


 シイナとセンリは、ちょっとちがうと、あたしは勝手に思ってる。


 この二人は、自分の心配ではなく、あたしの行動を心配してる。クマラのとこの二人は、クマラのことも心配してるんだろうけど、それ以上に自分の立場を心配してる。


 実は、なりたくてなった訳ではないというシイナとセンリだからこそ、そういうちがいがあるのかもしれない。あの子たちは、自分の立場を守ろうとはしてない。自分の責任は果たそうとしてるけどね。


 シイナとセンリは、階段をおりながら、ちらりとこっちを見ていた。いつもの心配そうな顔なんだけど、あたしが何を仕出かすと思ってるんだろう・・・?


 おなかの大きなクマラに、あたしが何をすると?

 クマラのおなかにいるのはオーバの子なのに!


「うふふ、あの子たちは、本当にウルのことが大好きね」

「・・・えー? そーかなー?」

「そうよ。そうでないと、ウルの付き人にはなれないもの」

「んー? エイムが、あたしの付き人は、誰もなりたがらなかったって、言ってたよー?」

「ああ、それは・・・」


 クマラは微笑んだ。「確かにそうね。なりたいという人もいなかったけれど、こちらとしても、ウルの付き人になりたい人を探すつもりはなかったもの」


「え?」

「付き人って役割をつくった時にね、ウルに付く子だけは最初から決めてたの」

「なんで?」

「そこはウルが自分で考えてね」

「あうー・・・」

「・・・まあ、付き人なんて役割がつくられた時点で、アコンは大きく変わり始めているのよね」


 ふぅ、と息を吐きながら、クマラが体を仰向けにする。おなかが大きいと、動くのが大変そうだ。


 あたしは、クマラに寄り添うように、自分の体を横にした。

 クマラは上を見つめているけど、あたしはクマラを見つめている。


「オーバは、『むらからくにへ』と変わっていくのは自然なことだって言ってたわ」

「うん」


 あたしは相槌を打つ。


 でも、これは。

 きっと、クマラの独り言なんだと思う。


「みんなと一緒に、滝の小川の河原で楽しく過ごしていたあの頃とは、もう違うのね。大草原を通じて、辺境都市やスレイン王国とつながって、人や物が行き交うようになった今は」

「いろんな人が来て、いろんな物が届いたね」

「今、アコンにどれくらいの人がいるか、ウルは知ってる?」


「ん? 500人くらいかな?」

「873人の人が暮らしてる。虹池とダリの泉にいる人も合わせたら931人。行商や何かの用事で訪れている人も合わせたらおよそ1000人くらいはいるの」

「あ、そんなにいたんだ」

「そのほとんどは、スレイン王国からの移住者。つまり、アコンの豊かさを求めて、集まってきた人たち」

「うん・・・」

「言い換えると、それは・・・」


 クマラは、もう眠いのか、いつも以上に声が小さく、なっていく。「・・・スレイン王国の貧しさから、逃げ出した人たち。でも、それは大草原から来た人もそんなに変わらない」


 そっか。

 そういう風に、見ることもできる。


 アコンで暮らす人の多くは、アコンに来たくてやって来たんだけど、アコンに来るしかなかったとも言えるってこと。


「スレイン王国から来た人たちは、貧しさだけでなく、争いから逃げてきた人でも、あるの」

「うん」

「そして、本人たちに自覚はないけれど、そのまま、アコンに争いを持ち込んでるの。あの人たちは、争いを知る人たちだから」

「えっ・・・」

「いろんな形で、ね」


 獣脂がなくなり、炎が消えていく。


 一度、真っ暗な闇の中に包まれて、それからゆっくりと、横になったクマラの形がぼんやりと見えてくる。


 でも、その表情は、もう分からない。

 全て、闇の中。


「アコンを守るあなただから・・・ウル、知っておいて。アコンを守るには、外からだけでなく中からも守らなければならないことを」


 小さな、とても小さな、クマラの声。

 闇の中へと、とけていく。


「そして、それは・・・」


 最後のクマラの言葉は、ほとんど、聞こえなかった。


 でも、あたしには、こう、聞こえた。


 近くだけでなく、遠くも守らなければならないのだ、と。


 あたしがその意味を知るのは、まだ先のことだけど。





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