第102話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の根回し(4)
あたしは今。
手合わせをしている。
得物は木の棒。
相手はアイラ。
場所は・・・ダリの泉、だったりする。
実は、エイムに相談した後、アコンには戻らずに、ダリの泉にそのまま滞在している。
トゥリムたちと猛獣地帯に出かけて、バッファローを捕獲して戻ったり、麦の水撒きを手伝ったりしながら、エイムのところに居候したままである。
アコンに戻る用事があるというシイナに頼んで、アイラを呼び出してもらったのだ。
シイナは、あたしの付き人のくせに、アコンに戻ってジルへの報告をしてるみたい。
アイラを連れて一緒に戻ってきたシイナは、あたしがダリの泉に遊びに行ったことをジルがすっごく怒っていると言っていた。
・・・あたしとしては、遊びに来たつもりはないんだけどさ。
まあ、確かに、ここに来てもう十日目。
ジルが怒るのも分かる。
でも、これ。
エイムの作戦なんだけどさ。
オーバとジルを二人で旅立たせるためには、あたしがいかに無責任なのかってことが、どうやら必要になるらしい。逆じゃないのかな?
なんか、損な役回りのような気もしないでもない。
いや、損な役回りでしかないよね?
・・・べつにいいけど。
アイラが体ごと回転しながら棒で連打してくる。
それらを全て、左右に体をひねりながら下がって受ける。
ダリの泉の人たちは、しーんと黙ってひたすらあたしたちを見てる。
カン、カン、という、棒がぶつかる音だけが響く。
たぶん、棒の動きが速過ぎて、実は見えてないんじゃないかな?
あとで、シイナとセンリには、アイラに修行をつけてもらおうと考えながら、あたしは頭を狙ったひと振りを受けずにかわして、前へ出る。
そのままアイラの右手の甲を強く一突き。
「っ・・・」
小さなアイラのうめきとともに、からんと棒が落ちる。
あたしは棒を構えたまま、アイラを見据えた。
「・・・負けたわ」
そうアイラが言ったので、あたしは構えを解く。
そのまま、女神さまへの祈りを心に浮かべて、アイラの右手を光で包む。
神聖魔法での癒しだ。
骨折させたから、早めに治療しないと。
アイラなら、自分でもできるけど、神聖魔法が使える者同士での立ち合いでは、終わったら互いに互いを治療することが慣例となっている。
「ありがと、ウル」
「どういたしまして。久しぶりに楽しかったね」
「あたしは悔しいわ。一番得意な戦闘棒術なのよ?」
「オーバは、戦は個人の武だけじゃないって言うよ? だから、あたしにはできない全体の指揮ができるアイラはすごいと思うけど」
「・・・個人の武で、戦況をあっさりひっくり返してしまうオーバにそう言われてもね」
「はは、そーだねー」
「それで、こんなとこまで呼び出して、何かあったの? 手合わせするため?」
「・・・来たとたんに、手合わせするわよって言ったのはアイラでしょーに」
「・・・あとで、あの子たちとも、いいかしら?」
アイラがちらりと、シイナとセンリを見た。
「あ、それはこっちからお願い。最近、あたし以外に負けてないから慢心してるかも」
「うふふ、じゃあ、たっぷりと、ね」
アイラの視線を受けて、シイナとセンリが互いに見つめ合って、小さく息をはいた。
アイラとの立ち合いは、一回ではすまない。
五、六回は行われる。
シイナとセンリだと、まだ体格と体力で、ちょっと辛いのだろう。
「あの子たち、ウルが実戦で鍛えてるって聞いたから、楽しみだわ」
「そんな風に言われてるんだ・・・」
「知らなかったの? ま、それで、何の用なの?」
「呼び出してごめんなさい」
「いいわ。どうせ、ここの訓練はオーバに頼まれてるんだし。それで?」
「あー、実は、ね・・・」
あたしは声を落す。
「アイラは、ジルがオーバの后になりたいって言ったら、どう思う?」
「ジルが? ん? 別に、いいんじゃないかしら」
「あ、いいの?」
「別に、オーバが決めることでしょうに」
「そこなんだけどさ・・・」
あたしは、ふうっと息をはく。「オーバはね、あたしたちのことは、娘扱いだから。ジルをそういう相手としてまったく見てないし、オーバに決めろってのが、難しいと思うんだけど。だから、アイラにも後押しをお願いしたいんだ」
「・・・ああ、分かるような気がするわね。オーバが、仮に、ジルに結婚を迫られたとしても、決断せずにうだうだとしてるところが目に浮かびそう」
「それで、オーバを説得してほしいっていうか、味方になってほしいっていうか・・・」
「分かったから。大丈夫。味方するわ。まあ、気に食わないとしたら・・・」
「したら?」
「ジルが自分で言わないってとこ」
「あー、これ、あたしが勝手にやってることだもん」
「あ、そうなの?」
「ジルって、あんまり、積極的じゃないところがあるし」
「・・・それは、ウルの勘違いよね」
「え、そうかな?」
「アコンの発展のために、自分からたくさん行動してきたわよ、ジルは」
「・・・言われてみれば、そうかも」
「でしょ」
「でも、まあ、オーバのことに関しては、うまくいかないって言うか」
「最終的には、うまく行くわよ、きっと」
「ほんとに?」
「だから、早くあの二人をこっちに来させなさい、ウル。二対一でいいかしら?」
「うんうん、すぐに行かせる、行かせる」
あたしは、シイナとセンリを呼び、アイラの前に差し出す。
アイラは二人の武器を指定して、二対一での一回目の立ち合いを始めた。
あたしは、少し離れたところにいるエイムに視線を送る。
エイムがうなずく。
・・・さすがはエイム。
アイラとは、手合わせをしてから話せばだいたい大丈夫だと、エイムの言った通りになった。ちなみに、シイナとセンリを対戦相手に差し出すところも、エイムの予想通り。
くわしい作戦は、エイムからアイラに話してもらえることになっている。
とりあえず、アイラは問題なく、こっちの味方になった。
アイラはシイナとセンリを二人同時に相手にして、五勝一敗。
さすがだ、と思いつつ、二人がかりとはいえ、アイラから一本取れる二人にも少し驚く。
次の日は、猛獣地帯でアイラの指揮を見せてもらって学ぶ。
馬で速度をそろえて、並んで走る。ひたすら走る。
馬の並びを横並びの一列にしたり、三角にしたり、縦の一列にしたり。
馬をおりても、やることは同じ。
歩幅を合わせて、進む、戻る、曲がる。
もちろん、列を変えたり、並びを変えたり。
そんなことをしながら、バッファローを二頭、捕獲。
すごいな、と心から思った。
そのまま、あと何日か、アイラはダリの泉に残るというので、翌朝、あたしはアコンへと馬を走らせたのだった。
もちろん、シイナとセンリも、あたしを追って、アコンへと戻った。
あたしは、後宮のアコンの木の中にある部屋で、クマラのおなかに耳をあてていた。
シイナとセンリが、クマラの付き人になんかぺこぺこしてるけど、ま、それはいいとして。
どっくん、どっくん、と音が聞こえる。
クマラとオーバの、三人目の子が、クマラのおなかにいるのだ。
「心臓の音、なのかな?」
「そうよ、ウル。おなかの中の赤ちゃんも、生きてるの」
耳を離して、クマラを見上げたあたしに、クマラはにっこりほほ笑んだ。
相変わらず、クマラの声は小さいけどね。
アコンに戻ってすぐ、あたしはジルのところには行かずに、すぐクマラの部屋をめざした。
妊娠中で、かなりおなかが大きくなっているクマラは、基本、部屋にいる。
アコンの木の中の、部屋だ。
もう陽は落ちたので、明かり取りからは、光が入らない。
小皿の獣脂を燃やす炎が、部屋の中を照らす。
にぶい、にぶい、と言われるあたしにも、クマラの付き人たちが、出て行ってほしい、という顔をしていることは、分かる。
分かっているけど。
今、出て行ってほしいのは、付き人たちの方。
シイナとセンリを含めて。
・・・はっきり言うと、アイラの付き人、クマラの付き人、ケーナの付き人、シエラの付き人、そして、ジルの付き人は、仲が悪い。
アイラとクマラ、ケーナ、シエラ、ジルの仲は、とってもいい。
それなのに、付き人同士の仲は悪いのだから、不思議だ。
うちの二人、シイナとセンリは、どこの付き人にも、よくぺこぺこしてるから、仲がいいとも悪いとも言えない気はする。でも、その分、苦労してる・・・のかもしれないけど。
「それで、どうしたの、ウル?」
「あ、うーんとね・・・」
「話しにくいことね?」
「あー、そうなんだけど・・・」
「・・・あなたたち、ちょっと、外していて、ね?」
・・・さすがはクマラ。
すぐに分かってくれて、嬉しい。
シイナとセンリはさっさと、クマラの付き人の二人はしぶしぶと、アコンの木から出ていく。
「・・・わざわざここまできて、二人で話したいってことは、アイラを呼び出したのと同じ内容?」
「あー、知ってたんだ」
「そういうの、いちいち教えてくれるのよ。アイラがどこに行ったとか、ケーナが何をしてたとか、いろいろとね。そんなこと、別に本人に聞くだけなのに」
「あー」
「それが仕事だと勘違いしてるみたいね。近いうちに、別の人に代わってもらうつもり」
「え、そうなの?」
「後宮を乱す原因だもの。アイラも、そのつもりみたいだから、シエラのところもそうなるだろうし、ケーナもそうするかもね。ジルは、どうかな?」
「・・・分かんない。うちのシイナたちも、そうした方がいいかな、クマラ?」
「ふふふ、ウルは相変わらずね。あの子たちは、大丈夫。付き人の中で、一番、後宮のために働いているもの」
「あ、そうなんだ」
「ウルの行動について謝って回るのが仕事みたいになってるから、叱られ役として後宮をひとつにまとめてくれてるのよね」
・・・クマラの笑顔があたしの心に突き刺さるんだけど。
そんなことになっていたとは。
どうりでぺこぺこしてるはずだ。
「アコンに人が増えて、いろいろなことが変わっていくけど、なかなか難しい」
「そーだね」
「それで、話は、ジルのこと?」
「それも分かるの?」
「分かり切っている気がするけど・・・」
クマラがこてり、と首をかしげた。
あたしは、クマラに預けていた体を起こした。
「オーバを説得してほしいって、こと、よね?」
あたしはごくり、と唾を飲んだ。
クマラの小さな声の響きは、賛意ではない気がしたのだ。
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