第102話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の根回し(3)
「それで、何しに来たの?」
エイムの口調が、どこか冷たい。
まあ、それは、あたしが怒らせたからなんだけど。
ダリの泉と、大森林の境目。
四本の木の上につくられた樹上の家の中。
竹板の床に敷いた毛皮に座って、夕食を食べながら。
あたしの右隣にシイナ、左隣にセンリ。正面にエイム。
エイムの隣にいるはずの、夫のトゥリムには、別の家に行ってもらっている。
夕食のメニューは、ピザだ。
ここ、ダリの泉は、アコンの麦栽培の中心で、牛も飼っているから、牛乳から作るチーズがある。トマトソースは、アコンならどこでも手に入るし、大草原でもトマトは栽培されてるしね。
手のひらにのせて、少しはみ出るくらいの円形のピザを食べながら、あたしは答える。
「ふぇいむにしょうなんしにゃいころがなって」
「・・・口の中のものがなくなってからしゃべりなさい、ウル」
うん、そうだよね。
まずは食べてからだよね。
あたしはもぐもぐとピザを噛み続ける。とろーりとしたチーズに包まれた、たっぷり肉汁の牛肉に、うっすら塗られたトマトソースが合う。
ちっさい頃は、あんまりトマトは好きじゃなかったけど、ピザのトマトソースはとっても美味しい。
「おいしい・・・」
「本当に・・・」
「二人とも、大変だったわね。いっぱい食べなさい。これからもウルのことはよろしくね」
エイムがシイナとセンリをねぎらって微笑んでいる。
「はい、エイムさま」
「はい。でも、エイムさま、あたしたちでは、ウルさまをお止めできないのです」
「ウルを止められるのは・・・いないわね、そういえば」
エイムがシイナとセンリから目をそらす。
なんだって?
そんな、わがまま娘みたいな扱いっっ?
「いるよっ! あたしだって、オーバの言うことなら聞くもんっ!」
「オーバしかいないんじゃ、誰もいないのと同じよ、ウル。それに、オーバは忙しくてアコンにいつもいるわけじゃないわ」
「うっ・・・」
それは、その通りかも。
「でも、この子たちは、けっこう、いろいろと、なんていうか、そう、あたしに向かって、ふつーなら言いにくいことを、はっきり言うっていうか、なんていうか・・・」
「それはそうよ。そういう二人だから、アイラとクマラはウルの付き人に選んだんだから」
「・・・えっ? そうなの?」
そんな基準で決まったの、あたしの付き人?
どういうこと?
「ジルの付き人は、希望する人が多くて、それはそれで、決めるのも困ったんだけれど・・・。ウルの場合、希望する人がいなくて困ったのよねえ」
「えっ・・・」
あたしは首を左右に振って、シイナとセンリをそれぞれ見た。
二人とも、あたしから視線をそらしたんだけど?
この子たち、あたしの付き人を希望した訳ではないってこと?
「アイラとクマラが、シイナを呼び出して、ウルのことを頼んだのよ。確か・・・」
「え、エイムさま、その話は、それくらいで・・・」
シイナがあたしとは視線を合わせないように顔をそむけながら、エイムに手を伸ばして、話を止めようとする。
「あやしい・・・シイナ、何か、隠してんの?」
「隠してませんよ・・・」
「じゃあ、なんでこっち向かないの?」
「・・・いやあ、付き人を希望してなかったとか、気まずいじゃないですか・・・」
むぅ・・・。
それは、確かに、そうかもしれないけどさ・・・。
なんか、あたしの付き人になるのに、もうちょっと、何かがあった感じがするんだけど。
「ウルさま、それよりも、ここまで来たのは、エイムさまにお話があったからですよね?」
センリがあたしの肩にそっと触れて、エイムの方を向かせる。
・・・なんか、話をそらされた気がするんだけど。
この二人、何を隠してるんだ?
「・・・そうね。それで、ウル、何しに来たの?」
「・・・あきれた。そんなことのために?」
「えー、そんなことじゃないよー。大事なことだよー」
「大事じゃないとは思わないわ。でも、それは、わざわざ、ダリの泉まで大急ぎでやってきて話すほどのこと?」
「エイムなら、なんかいい考えがあるかなって思ったから」
エイムは、ちらり、とあたしの左右の二人を見た。
つられて、あたしも二人を見た。
シイナも、センリも、何か美味しくないものでも飲み込んだような、気まずそうな顔をしている。
「・・・二人の顔を見る限り、ウルはこの二人には何も言わずにここまで突っ走ってきたのね」
「なんで分かるの?」
「二人の顔を見れば、それは、ね」
「・・・この二人は、あたしの付き人なのに、ジルの言うことの方がよくきくんだもん」
「・・・じゃあ、今回の話は、ジルは、私に話すなって言ってたんじゃないのかしらね?」
「う・・・」
確かに。
ジルは、エイムには言うな、という考えだった。
「ジルさまは、エイムさまには言えない、と」
「今回のことは、ウルさまの独断です」
シイナとセンリがエイムをまっすぐに見てそう言った。
ふぅ、とエイムは息をはいた。
「・・・ジルも、成長したのね」
「・・・あたしだって、成長してるもん」
「そういうところが、成長してないのよ」
「エイムは、いろいろと、はっきり言い過ぎ」
「そうでもしないと、ウルは聞かないでしょう?」
・・・そうなんだけどさ。
今回の場合、目的を達成するための、最適で最高の方法だと思ったんだよね。
「・・・それで、手伝ってくれるの? くれないの?」
「手伝うと言っても、難しいわね・・・」
「とにかく、なんかいい方法はないのかなあ?」
「・・・ウルは、私が手伝うってことを疑ってないのね」
「う・・・エイムは、いっつも助けてくれるし・・・」
「ウルのそういうとこ、嫌いじゃないわ」
エイムがあたしの頭をなでた。
なんか、久しぶりだ。
それなりに背も伸びたし、成人も近づいてるから、子ども扱いよりも、もうちょっと大人らしく行動しなさい、みたいなことをよく言われるけど、こんな風に、優しく頭をなでてもらうことは、なくなってたな。
「お願い、エイム。教えて! どうすれば、ジルはオーバと結婚できる?」
翌日、あたしはダリの泉での女神さまへのお祈りを取り仕切って、麦畑の雑草抜きや牛の乳しぼりを手伝い、夕方の修行にも参加した。
もちろん、シイナとセンリの二人も付き合わせた。
エイムの夫であるトゥリムは、いい修行になると言って喜んだし、ダリの泉に派遣されていた人たちも、あたしや、シイナ、センリの強さに驚きながら、こんな機会はめったにないからと立ち合いを挑んできた。
また、ダリの泉での訓練のようすもしっかりと見学した。
足をそろえて歩く、走る、ということを基本に、列を整えたり、小さな組に分かれたりなど、集団での行動を一致させていく訓練。
オーバの指示でトゥリムが指揮している。
ここにアイラが時々やってくるのは、これを見るためらしい。ちなみに、クマラがやってくるのは、麦畑と牧場を確認するためだ。
訓練内容はオーバの指示だ。
昨日のエイムの話によると、来年にはスレイン王国で戦になるらしい。
そうすると、オーバが長期間、アコンに戻らないってことも考えられるから、ジルがオーバの后になりたいのなら、成人してすぐに行動を起こすべきだとエイムは言う。
とりあえず、エイムが示してくれたことはふたつ。
近々行われる、オーバの大草原の猛獣地帯の探索に、ノイハではなく、ジルを一緒に行かせること。
これには、エイムも後押ししてくれるみたい。
オーバのいない間、アコンを預かる巫女王としていつもアコンに残されるジル。
でも、それだけじゃ、アコンを治めるには、足りない。大森林以外の、外のことも知っているべきだろう。だから、猛獣地帯の探索と、いくつかの大草原の氏族のところへ視察に行って、ジルにも大森林の外のことを学ばせる必要がある。
そういう理由で、ジルをオーバに同行させる。
その代わり、ジルのいない間に、自覚の足りない妹巫女であるあたしに、アコンのことを任せて、自覚を促す、と。もちろん、いろいろな人が補佐する前提で。
・・・エイムによると、後半の方が、本当は必要性が高いらしい。
あたしって、そんなに信頼されてないのかな?
まあ、まずは、ジルが積極的にオーバにせまれるように、二人で過ごす、そういう機会をつくる。
・・・そこで、ジルがオーバに何かできるような気はしないんだけどさ。
もうひとつは、アイラとクマラの了解をきちんと得ておくこと。
この二人は、オーバの后の中でも、アコンの軍事の長であり、アコンの内政の長でもある。
エイムの予想では、きちんとジルの気持ちを伝えれば、反対はしないみたい。
アイラも、クマラも、オーバの后が増えることには、特に抵抗がないらしい。それなら、何も言わなくてもいいんじゃない、って気がするけど、エイムはだからこそ、この二人だけは、きっちり話をしなければならないって、言う。
ケーナとシエラもオーバの后だけど、こっちの二人は、特に問題はないみたい。賛成しようが、反対しようが、オーバがそのことに左右されることはない、とエイムは断言した。もちろん、反対する可能性はとっても低いらしい。
問題は、ジルと同い年で、既に婚約しているジッドの娘のスーラ。
しかも、同い年ということで、スーラには少し、ジルに対する対抗心みたいなのがあるんじゃないか、というのがエイムの見立てだ。だから、ジルが后になろうとすると、それを邪魔するような行動をしてもおかしくないみたい。
だから、アイラとクマラの了解が重要になるという。
スーラの行動次第では、ジッドがどう発言するかも、不安があるみたい。
でも、ジッドは、アコンにみんなが集まる前にあった、大森林周辺の村の均衡をかつて訴えていたらしい。
なんか、あたしも聞いたことがある気もするんだけど、その頃はまだ小さくて、よく分かってなかったと思う。
エイムに言わせれば、スーラが反対したら、かつてジッドが言っていた大森林周辺の村の均衡を理由に、オギ沼からの后がいないことを持ち出せばいい、らしい。
とにかく、オーバと結婚したいのなら、オーバ本人よりも、その周りに認めさせるのが早い。
それがエイムの助言だった。
そこまで分かってて、どうしてエイムがオーバと結婚できなかったのか、不思議。
なんだか、ややこしいところもあるけど、ジルがオーバの后になるのは、なんとかなりそうだと、エイムと話して、あたしは安心した。
・・・エイムには、その先のことまで、ばれちゃってるみたいだけどね。
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