第102話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の根回し(2)
大森林には、二本、大きな道がある。
ひとつは、女神の森都アコンと虹池を結ぶ道。こっちが先にできた道。
辺境都市アルフィのフィナスン組の馬に引かせた荷車が安全にすれ違えるくらい、しっかりと幅がある道。
オーバが左側通行と定めて、馬や荷車が行き来している。
・・・まあ、そんなにたくさんは行き来してないけど。
馬だと、途中の、駅、と呼ばれる宿舎付きの休憩所で一度乗り換えて、虹池からアコンまで一日。
馬に引かせた荷車だと、駅の宿舎で一泊して二日。ただし、馬に引かせた荷車は、アコンを出発するのも、虹池を出発するのも、早朝になる。
虹池は、馬と羊の牧場が中心となった宿場町で、今は大森林の女神の森都アコンへの入口となっている。アコンにとっては最重要の拠点であり、関所。まあ、今のところ、アコンを攻めてくるような敵対的な勢力はないんだけど。
虹池と駅の宿舎には、十日交代で、係の者が配置されている。虹池に20人、駅に6人、係がいる。
虹池の統括は、一月交代で、ムッドとヨル、バイズとラーナが勤めている。
ムッドとヨルは夫婦で、バイズとラーナはもうすぐ結婚する婚約者同士。
ムッドはもともと虹池の出身だ。ヨルはあたしやジルと同じ、オギ沼の出身。ラーナは花咲池の出身で、ここまでが大森林の周辺にあった村の生まれ。バイズはナルカン氏族の出身で、エイムの弟だ。
虹池での馬の世話、っていうのは、実はほとんどいらなくて、馬はオーバとつながりがあるあたしたちの頼みをよくきいてくれる。羊の群れを連れて、草原に食事に行ったり、馬乳を分けてくれたり、あたしたちを乗せて走ったり、荷車や舟を引いたりと、大活躍。とっても賢い動物だ。
そんな馬が100頭以上、それに羊が500頭以上、虹池にはとにかくたくさんいて、なんだか数えられないくらい。
大草原の氏族で一番たくさん馬や羊を飼っているナルカン氏族でさえ、馬が20頭、羊が50頭くらいだというのだから、規模が違う。ちなみに、ナルカン氏族の馬たちは、羊の世話はしないらしい。
羊毛、羊肉、馬乳、馬糞、ときどき馬肉。馬は肉にするために殺したりしないから、死ぬまで肉としては食べないのだ。
そして、夏の大雨の後の、虹池から流れ出る小川にころがる色川石。これらのものが、虹池の主要な産物だ。
米や小麦、野菜も育ててはいるが、今はほんの少しだけ。実験みたいな感じらしい。米とかはアコンでたくさんとれるんだから、アコンから運べば十分だ。
オーバはそのうち、虹池でも田畑を少しずつ拡大するつもりらしいけど、今はまだその時期ではないとのこと。
そして、もうひとつの道が、今、あたしが馬に乗って走っている、アコンとダリの泉を結ぶ道。
ダリの泉は、大草原の氏族たちや、その向こうの辺境都市、スレイン王国とはつなげないように隠している隠れ里だ。
・・・まあ、虹池からアコンへと向かわずに、大森林に沿って西へと進めば、実は簡単にたどりつくんだけど。
そもそも、スレイン王国からはるばるやってくる行商人たちは、フィナスン組やナフティ組も含めて、虹池やアコンで手に入る産物が目当てだ。ダリの泉に隠れ里があるなんて、知る必要もないし、興味もないのだろうと思う。
ダリの泉にも、ダリの泉までの道も、虹池のようすとそう変わるところはない。
ダリの泉の統括は、ノイハとリイム、セイハとサーラ、トゥリムとエイムが一月交代で勤めている。この三組はいずれも夫婦だ。まあ、ダリの泉には、オーバの后であるアイラやクマラ、ケーナが臨時で統括することもあるけど。
ダリの泉ではバッファロー、つまり牛の放牧と小麦の生産を組み合わせて行っている。それと、大草原の猛獣地帯への狩りの拠点にもなっている。
実際のところ、猛獣地帯での狩りは、食糧確保ではなく、軍事訓練らしい。
肉類は、牛・豚・羊・兎など、畜産で十分に確保できているのだから、狩る必要がない。
馬を駆って、獲物を追いつめ、弓矢や槍で仕留めたり、馬で踏み潰したりする訓練だ。だいたい10人から20人での騎馬隊での連携を磨く。たまに、馬に乗らずに、歩兵訓練もするらしい。
バッファローは今年になって、50頭を超えたらしい。それでも、まだ、猪から家畜化してオーバが豚と呼ぶ肉や、羊肉ほどは、食べる機会がない。
バッファローの牛肉の美味しさは、アコンの食いしん坊であるジッドとノイハが保証している。あたしはどの肉も好きだけど。
牛肉は、大草原や辺境都市へはまだ流していない。アコンでだけ食べられる、特別な食材だ。
バッファロー・・・つまり牛は、ノイハが積極的に家畜化を進めた。
最初は、毒を使って弱らせて捕まえ、ネアコンイモのロープで縛ってから解毒して、5、6人で無理矢理、引きずってきた。そうやって一月で雌を五頭、雄を二頭、ダリの泉まで捕まえてきて、飼い始めた。
そこから何頭か捕まえ、逃げられ、ということを繰り返して、およそ一年。最後は、オーバの威圧で口から泡を吹き出すくらいにびびらせて、大人しくさせ、家畜化に成功した。
オーバって・・・。
あたしは今、そんなダリの泉へと馬を走らせている。
馬、である。
残念ながら、ダリの泉や虹池へとホムラに乗っていくことはオーバに禁止されている。
だから、馬。
「ウルさまーっっ」
「速いですーっっ」
あたしの後ろから、一生懸命、追いかけてくるのはシイナとセンリ。別に二人とも乗馬が下手ってわけじゃないけど、あたしぐらいの速さはまだ出せないみたい。
これはスキルレベルの差、らしい。
あたしたちは、ひとつ、スキルを身に付けると、ひとつ、レベルが上がる。
それとは別に、身に付けたスキルを活用し続けると、スキルそのもののレベルも上がる。これがスキルレベル。
要するに、付き人の二人よりも、あたしの方が、乗馬スキルが高いレベルにあるってこと。
「駅で待ってるからねーっ!」
あたしはそう叫んで、二人をどんどん引き離していく。
後ろの方でシイナが何か言ってるけど、よく聞こえないから、まあいいか。
馬を乗りかえるために、どうしたって駅には立ち寄るんだし。
あたしは、小さくて見えなくなるくらい、シイナとセンリの乗る馬を引き離して、駅にたどりついた。
馬を下りると、びっくりした顔で、駅の守り役が走ってくる。
「ウルさま? どうしてこちらに?」
「・・・ん、ダリの泉まで、エイムに会いに」
「お一人で?」
「あー、付き人の二人は、もうしばらくしたら、着く、かな」
あたしとしゃべっていないもう一人の守り役が、あたしが下りた馬を馬小屋に連れていって、水を与えている。
「ということは、もう二人、こちらにいらっしゃる?」
「そうなるね」
「緊急の用件でも?」
「緊急って・・・いうほどでもないけど・・・」
守り役が、すっと目を細めた。
「・・・ウルさま、こちらの駅は、乗りかえる馬の数が向こうの道とはちがって、少ないのです。いらっしゃるのなら、突然ではなく、前もって予定をお知らせください」
「・・・う、ごめんなさい。馬、足りないかな?」
「いえ、今回は、特に問題ありません。ですが、緊急の連絡が必要な時に、ここに疲れた馬だけになるというようなことは、避けなければならないと、オーバさまからお言葉です。ここの守り役には、そうならないように水や飼葉を用意する役割があるのです。ウルさまにも、そのあたりのことをお考えいただきたいと思います」
丁寧な口調で、あたしのダメだったところをきっちり指摘する守り役。
言われる通りだと思う。
今回、あたしはエイムに会いに行こうと思いついたから飛び出してきた。
当然、前もって連絡したりは、してない。
ここの駅はもちろん、ダリの泉にも。
アコンの後宮の方は・・・あたしが二、三日、いなくなったとしても、そんなに心配してない・・・はず、だ、と思うけど。
「うん。本当にごめんなさい」
「分かってくださればよいのです・・・が、ウルさまは、またやりそうですよね」
「・・・気をつけるよ」
「本当に、緊急ではないので?」
「ごめんってば」
「いえ、ウルさまが急いでいるとなると、何か大きな戦いでもあるのかと・・・」
あたしって、アコンの人たちから、どう思われてんだろね?
いや、なんとなく、どう思われてるかは、分かってはいるんだけど。
そんな話をしていると、追いついてきたシイナとセンリが馬を下りて、二人の馬を守り役たちが連れていく。
「えっと、あなた、名前は?」
「・・・カイフォンといいます」
「どこかで会った?」
「ウルさまを知らない者はいないと思いますが・・・」
「んー、そういう意味じゃなくて、どこかで? あたしと一緒に戦ったの?」
「・・・セルカン氏族の砦の戦いで・・・辺境伯の、軍勢の中におりました」
「あ、敵側に?」
「・・・はい。今は、ほんの少しも、オーバさまに、大草原に、アコンに敵対するつもりはございません。あの戦いの後、足の骨を折って辺境都市アルフィに残され、治ってからはアルフィで労役を課されました。なんとか無事に労役を終えて、こちらへの移住を。そうですね、移住してから、もう、二年半、アコンで暮らしております」
「そう。カイフォン、ね。覚えておくから」
「・・・先ほどのご無礼は、どうかお許しを」
「ううん、そうじゃなくて・・・」
あたしはカイフォンに向かって笑う。「オーバが、正しく叱ってくれる人は大切にしなさいって、いつも言ってるんだ。カイフォンが言ったことは正しい。あたしの方が悪い。緊急の場合に必要になる替え馬のことまで、考えてなかったし? だから、ごめんなさい。でも、馬は交換できるかな?」
「はい。三頭ならば、元気な馬をまだ一頭、ここに残せますから」
「じゃあ、乗り換えさせてもらうねー」
あたしはすぐに、別の守り役が連れてきた元気な馬に飛び乗る。
馬をおりた後、呼吸が荒いまま、あたしの後ろに控えていたシイナとセンリが目を大きく見開いた。
「ウルさまっ?」
「もう行くんですかっ?」
二人の言葉には何も答えず、あたしはすぐに馬を走らせる。
慌ててシイナとセンリも新しい馬に飛び乗って、追いかけてくる。
「馬は交代しても、あたしたちは交代できませんっっ!」
「ウルさまっ! 水っ! せめて水くらい飲ませてくださいっっ!」
なんか、二人が叫んでいるけど、まあ、いっか。
あたしは、そのまま二人に何も答えず、馬を走らせる速度を上げた。
まあ、結論から言えば。
ダリの泉で、エイムにすっごく怒られた。
それはもう、大きな声で、思わず二、三歩、エイムから下がってしまうくらいの勢いで。
もちろん内容はカイフォンに言われたことと同じ。あとは、いろいろ。上に立つ者としてなんとかかんとか・・・。
後ろに控えたシイナとセンリが、エイムの言葉にうなずきながら、あたしが怒られてるのを満足そうに見てた。
むっとして後ろの二人をにらむと、エイムがさらに声を大きくした。
・・・反省してます、はい。
ちなみに、ダリの泉までは、駅までの時ほどシイナとセンリを引き離せなかった。
二人は、乗馬スキルのスキルレベルが上がったらしい。
・・・あたしの付き人は、こうやって強くなっていくのだ!
そんなことを言ったら、エイムにもっと怒られた。
なんでっ?
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