第100話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(6)
タイガの背中にジル。
ホムラの背中にあたし。
熊さんの腕の中に、アリクサ。
行きはタイガの全速で出発したけど、帰りはアリクサを抱えた熊さんに合わせて、ゆっくりと。
あたしたちは滝の小川まで戻ってきた。
途中、熊さんは『おいら、なんでこんな目に・・・』とか、『大樹には近づかないって、決めてんだよ・・・』とか、『嫌な予感しかしない・・・』とか、とにかくぶつぶつと言ってたけど、ひとりごとみたいだったから、特に何も言わないで進んできた。
そして、滝の小川にたどり着いたとき、『やっぱり。嫌な予感が当たったよ・・・』と、熊さんはアリクサを抱えたまま、ため息のようなものをついた。
・・・びっくりした。
ここにはいないはずだったのに。
森を出て大草原まで行ってたはずなのに。
滝の小川では、オーバがあたしたちを待っていた。
あたしはホムラを飛び降りて。
ジルはタイガを飛び降りて。
二人でオーバに駆け寄って、飛びついたのだった。
「おかえりなさい、オーバ!」
「早かったね!」
あたしとジルはオーバに抱きついたまま、そう言った。
オーバが笑う。
あ・・・。
これ、苦笑ってやつだ。
「おかえりなさいはこっちのセリフだ、この、おてんば姉妹め。心配するだろ、二人だけで灰色火熊の縄張りに行くなんて」
オーバの腕は、あたしとジルを優しく抱きとめてくれてるけど、今回のあたしたちの冒険を心から歓迎してる訳じゃないみたい。
・・・これは、おそらく、灰色火熊の縄張りに行ったことも、その他のことも、全部、ばれてる。
どうしてだか、オーバには、隠し事がなかなかできない。
どこにいても、何をしても、たいていばれてしまう。
オーバは何も言わないけれど、たぶん、そういうスキルがあるからだと思う。
でも、怒ってはいないみたい。怒ってはないんだけど、なんだろう?
表情が・・・かたい、かな?
「・・・金太郎じゃないんだから、熊に乗るとか、まったく」
オーバが小さくぽつりと言った。
金太郎?
今は昔の、お話のひとつ?
あたしとジルは、オーバに一人ずつ、下ろされて立つ。
「それで、この二頭の灰色火熊は?」
「熊さんと、ホムラだよ。熊さんは、しゃべれるよ!」
「ホムラ・・・? しゃべる・・・?」
オーバはあたしたちの間を通って、アリクサを抱えた熊さんの前に出た。
熊さんも、アリクサをおろして、オーバと向き合う。
「アコンの村の長をつとめる、オーバだ。話ができると聞いたけれど?」
『・・・おいらは確かに話せるよ、大森林の覇王さん』
「以前、大角鹿から、話せる熊が一頭いると聞いていたけれど、それはあなたのことだな?」
『そうだろうね。おいらと、あの大角鹿しか、今はもう、話せないと思うし?』
「今は?」
『昔は、もうちょっと、いたけどね。大牙虎にも、昔は人の言葉を話せるやつがいたよ。猪にも、森小猪にも、土兎にもね。みんなもう死んじゃったけど。ところで、大森林の覇王さん。そちらの村に近づいてしまったこと、お詫びするよ。悪気はないんだ、あの二人にこれを運んでくれと頼まれたからさ』
「これ・・・サトウキビだな。いったい、どこから?」
『サトウキビ・・・? おいらたちは、アリクサって呼んでる。大きなオオアリたちの巣に生えてるからだけどね。これ、サトウキビっていうのか』
「ああ。しぼって、煮詰めて、砂糖という甘い調味料ができる。おれたちにとっては、とんでもない宝物になるな、これは。わざわざ運んでもらってすまなかった」
『へえ。ハチミツみたいなもんかな?』
「ああ、まあ、そういうもんだけれど・・・ハチミツ、あるのか?」
『ハチミツなら、おいらたちはよく食べるよ』
「そうか。分けてもらえるかな?」
『ハチミツを? おいらたちはハチの巣からとってるけどね。人間には難しいんじゃないかな? おいらたちとは皮の厚みがちがうし? もちろん、おいらたちも、森の盟約に従って、相手を滅ぼすことなく、だけどさ。知ってるよね?』
「知っている。大角鹿から、しっかりと釘を刺されたよ。ハチミツか。アコンの花が咲くころに、このへんでも確かにハチはよく見るな。ハチの巣を狙えば、ハチミツは手に入るけれど、灰色火熊の縄張りにハチの巣があるのか。まあ、無理はしなくても、いずれ」
『そう、助かるよ。おいらたちは、大牙虎とちがって、大森林の覇王に逆らうつもりはないからさ。この前、ここで殺されたつがいも、たまたまだと思ってほしいんだ。すまなかったね。ところで、妹巫女さんと、いくつか約束したんだけど、そっちは守ってもらえるのかい?』
「妹巫女・・・ウルが、何か?」
『バウブ・・・そっちじゃ、クリと呼んでるらしいけど、10年間でとげとげを50個、毎年5個ずつ、おいらたちに分けてくれる。しかも、木そのものを、おいらたちの縄張りに植えてくれるって約束さ。ただし、植えた木からバウブ・・・クリがとれるようになったら、毎年5個ってのは、なし。これって、ほんとにできるの?』
「何でまたそんな話に・・・」
『ひとつはアリクサだよ。覇王さんが、サトウキビってよんでた、あのアリクサ。その場所まで案内する代わりにってこと』
「なるほど。それで、ひとつは、ってことは、もうひとつ、あるのか?」
『もうひとつは、それ』
熊さんは、さっきまであたしが乗っていたホムラを指し示した。
オーバが指し示されたホムラを見た。
「それ?」
『そう』
「どういう?」
『妹巫女さんが、自分が乗る熊がほしいってさ。まあ、最終的に、おいらたちの縄張りまできてから乗るってことで、めったにないことみたいだけど』
オーバが、熱でもあるのか、自分の額に手をあててうつむいていた。
大丈夫かな?
大草原から戻ってくるのに無理したんじゃないかな?
・・・って、ちがうよね。
「・・・オーバ、怒ってるかも」
ジルが小さな声であたしの耳元にささやく。
「え、どうして?」
あたしも小さな声でジルの耳元に返す。
「アリクサは、村のためだけれど、熊に乗りたいってのは、ウルのことだから」
「あ・・・」
言われてみれば。
確かに、そうかも。
ジルがアリクサを見つけたいっていうのは、オーバのためだけど、それは村のためでもある。
でも、あたしがホムラに乗りたいってのは、村のためとは言えない・・・かも?
どうだろ?
ダメ、かな・・・?
軽く頭を振って、オーバが顔を上げた。
「・・・灰色火熊の長よ。今の話だと、ここまで長が、サト・・・アリクサを運んでくるというところは、条件になかったような気がするんだけれども?」
『うん。おいらは嫌だったんだけどね、大樹に・・・つまり覇王さんに近づくのは、さ。本人に言うのはなんだけど、覇王さんはちょっと・・・ね。でも、まあ、はっきり言っちゃうと、巫女王さんと妹巫女さんに、運んでくれって頼まれたら、嫌って言えないよね・・・二人とも強すぎて、さ』
「・・・た、い、へ、ん、申し訳、ない」
『・・・いやいや、覇王さんも苦労してんだね、いろいろ。でも、アリクサは覇王さんの喜ぶ顔がみたいから探してたみたいだけど? それに、こっちとしても、会わずにびびってた覇王さんが、会ってみたら意外といい人っぽくて安心できたし? 結果としては助かったかな?』
「まあ、そう言ってくれると嬉しいし、こっちも助かるよ。これからも、互いの範囲を守りつつ、交渉できることを願うよ。それと、クリの移植のことは、全力でなんとかしよう。うちの村には、そういうことが得意な者がいるんだ。きっとなんとかなると思うし、それができたら、灰色火熊たちも、こっちに来ることもないだろう?」
『いいのかい? 覇王さんの好物だって聞いたけど?』
「好物だよ。焼いた石の中で一晩置くと、これが甘くて」
『そうなんだ。おいらたちは、そういうの、やらないからさ』
「料理は人間の特徴かもな。だから数が増えるんだろうし。ああ、それと、必要なら、ジルやウルはそっちに出入り禁止にしてもいいけれど?」
オーバがそう言うと、ジルがぴくっと肩をふるわせた。
あたしもうつむいた。
『巫女王さんと妹巫女さんを?』
「だいぶ迷惑をかけたようだし、それくらいは」
『いやいや、別にかまわないよ? 二人が来てくれて・・・大変なこともあったけど・・・まあ、やっぱり楽しかったからね。それに、仲間たちも、追い払うだけで、特に手出しは受けてないから。ああ、でも、うちの群れは完全に妹巫女さんに屈服したけどね?』
「はあっ? なんでまた?」
『妹巫女さんを乗せるってのを納得させるために一戦交えたんだ』
「殺したのか?」
『いや、戦ったのはそこの一頭だけで、大怪我はしたけど、それも、巫女王さんが癒やしてくれた。だから、気にすることはないよ』
「いや・・・気にするよ、それは」
『まあまあ。じゃ、ここまでアリクサを運んだことと、妹巫女さんを乗せることについては、貸しってことで』
「分かった。何がいい?」
『うん。こういうのは、そっちで決めてもらうよ。おいらたちが何かを言うより、そっちの方が覇王さんからいいものがもらえそうだし、さ』
「・・・分かった。よく考えよう」
『ん、じゃ、そろそろ帰るよ。巫女王さんも、妹巫女さんも、今日は楽しかったね。またね』
熊さんが、ホムラと一緒に帰っていく。
あたしとジルは、オーバをはさむように立って、それを見送った。
熊さんたちの姿が見えなくなると、滝の小川の、村側の森の中から、隠れていたみんながどんどん出てきた。
灰色火熊だから、警戒していたみたい。
熊さんはいい人・・・人? いい熊なんだけどな。
でも、これって、村からしてみると、危険な灰色火熊を案内したってことになるのかな?
よく分かんないけど。
あたしやジルなら、灰色火熊は相手にならないくらい、弱い。
けど、村の全員がそうだということでもない。
「ジル、『神楽舞』のスキルを使ったんだな?」
「使いました」
オーバの問いに、ジルが神妙に答える。
「・・・そうか。ありがとう。これ、クマラに頼んで、なんとか栽培できるようにしていこう。うちの村の最大の武器になるかもしれない。大切に使うよ」
「うんっ!」
さっきとちがって、ジルが明るく返事をした。
オーバがジルの頭をなでた。
「でも、ウルをとめるのもジルの仕事だからな?」
「う・・・」
「灰色火熊に乗りたいってのは、さすがに止めないと。ウルも、もっとよく考えて。灰色火熊は灰色火熊で、自分たちの縄張りを守って生活しているんだ。おれたちの都合で、便利な乗り物にしちゃいけない。タイガみたいに一緒に暮らすのとはちがうんだから」
「はい・・・」
「ごめんなさい・・・」
うなだれて返事をするジルと一緒に、あたしはオーバに謝った。
「それとね、灰色火熊や大牙虎と戦うのも避けること。みんなを守るために戦う場合は、必ず殺すこと。いいかい?」
「えっ・・・?」
「どうして・・・?」
「さっきの、ホムラだっけ? あの灰色火熊、たぶん、ウルとの戦いでひとつレベルを上げてると思う。ジルやウルは強い。だから、ジルやウルと戦った相手がレベルを上げてしまうことがある。不用意に戦って、殺さずにいると、強くなって、かえって村のみんなが困ることになりかねない。いいね?」
「・・・はい」
「・・・はい」
戦うのなら、殺せ、と。
オーバはそこまで言った。
あたしもジルも、ごくりとつばを飲み込んだ。
後日、オーバは灰色火熊の縄張りに行き、クリの木について、話をまとめてきた。
何頭かの灰色火熊が村までやってきて、二本のクリの木を丁寧に抜いていく。
それをかかえて、灰色火熊の縄張りへ戻る。
オーバとクマラの指示で掘った穴に埋めて植え直し、保存していたアコンの木の実を割って、実の中の液体をクマラが根元にまいた。
あたしはたま~に、熊さんとホムラのところへ遊びに行く。こっそりと道をつくって。そして、こっそりホムラに乗ってる。
やっぱりオーバにはばれてるみたいだけど。
熊さんはクリの木のことをとても喜んでた。まだ実がなるかどうかは分からないのに。
そう言うと・・・
『大樹の実まで使って植えたんだ。実がなるに決まってる』
・・・だそうだ。
実際、次の年から、とげとげの実がたくさんなって、落ちてきた。
そのおかげで熊さんとは、とても仲良くしてる。
ジルが持ち帰ったサトウキビは、後にクマラが栽培に取組み、成功させる。大森林の気候だから栽培できる、本当に貴重で特殊な作物らしい。
これはオーバが言った通り、大草原やスレイン王国との取り引きで、アコンの村の最大の武器となったのだった。
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