第101話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の初陣(1)



 後宮と呼ばれる、何本ものアコンの木をつないだ、アコンの村で一番大きな樹上の家を、ばたばたと人が動いている。あっちへ、こっちへと、忙しそうに。


 アイラとケーナは子育てで、クマラはおなかがおっきくて、それをサポートするのに、ジルとシエラとスーラがあれやこれやと頑張っている。


 他にも、女の子たちが何人も、お手伝いをしている。大草原から口減らしで移住してきた子たち。

 口減らしって、よーく考えると、こわい。あたしたちは、オーバに守ってもらって、本当によかったと、心の奥底から思う。


 みんな、そんな感じで忙しそうにしてるけど。


 あたしはのんびりと、樹上の枝と枝の間に隠れてお昼寝してる。


 今、この後宮の主であるオーバは不在。

 オーバがスレイン王国に旅立って、もう何日が過ぎただろうか。


 目的は、定期的な交易ってことらしい。そのための関係づくりが大事だとか。

 もちろん、スレイン王国の実態を見極めて、どれだけ有利に交易できるか、ということをオーバは考えている、らしい。らしいってのは、クマラからそんな感じの話を聞かされただけってことだけど。


 あとは移住者の確保。アコンの村の人口をオーバは増やしたいみたい。

 今のままでも、アコンの村で最初に集まった人たちより何倍も増えたんだけどな。

 昔、あたしとジルが住んでたオギ沼の村なんかじゃ、比べることすら、意味がないくらいに。


 オーバの同行者はクレア。


 そのせいで、村での修業の相手がジルしかいなくて、最近、ちょっとつまんない。

 クマラはおなかに赤ちゃんがいるから、手合わせは禁止。

 アイラとはたま~に手合わせするけど・・・アイラもまだまだだよね。あたしがスキルを獲得する前は、アイラに勝てることなんてなかったんだけど。

 ノイハは、手合わせを嫌がる。あんなに強いのに。性格かなあ?


 手元にあった茶色の板をパキンと割って、小さなかけらを口に入れる。

 ほんのり甘くて、幸せな感じ。


 はあ、ひまだなあ。


「やっぱり、ここにいましたか!」


 あたしがもたれかかっている枝の下から、女の子が顔を出した。


「ウルさま、みなさん、探してらっしゃいます」


 この子はシイナ。

 うちの村へは、大草原から口減らしで連れてこられた子の一人。


 なんでか、隠れてるあたしを見つけ出すのがうまい。

 あたしが隠れると、ジルの命令で探しにくる。

 迷惑な特技だ。まだ6歳でスキルはないはずなのに。


 よいしょ、っと言いながら、シイナが枝をのぼってくる。


「行きますよ、ウルさま」


 ・・・気になるけど、もうあきらめてる。


 以前、オーバも、エイムやリイムに、さまをつけるな、と言っていたけど、今、その気持ちがすっごく分かる。


 でも、最近、オーバもあきらめたみたい。


 あまりにも、大草原からやってきた口減らしの子どもたちが、もともとアコンの村で暮らしていたあたしたちを尊敬の目で見るから。


 特に、ジルとあたし。それから、オーバの后にあたるアイラ、ケーナ、クマラの三人。もちろん、オーバは別格で。

 ノイハも、ノイハさまって呼ばれてるけど、ノイハはどっちかというと、そう呼ばれて嬉しそうにしてるから。


 オーバは、「・・・農耕文明によって、むら、から、くに、へ。その中で階級差が生まれるのは歴史の必然か」とかなんとか、難しそうなことを言ってたけどね。


 あたしはシイナの顔をじっと見つめながら、茶色の板をパキンと割る。


「ウ・・・」


 何かを言おうとシイナが口を開いた瞬間、茶色の板のかけらをその口の中に放り込んだ。


「・・・んぐ。う、ウル、しゃま・・・ん、あみゃい? こりぇ、にゃんれすか?」

「オーバは黒糖って言ってた」

「コクトーですか?」


「まだ、クマラがうまくいかないって言ってたから、たくさんは作れないみたいだけどね。美味しい?」

「はい! びっくりしました! あまかったです!」


 ジルがアリクサ・・・サトウキビを見つけてから2年。


 クマラがケーナと協力して頑張っているが、なかなか、栽培はうまくいかないらしい。


 まあ、着実に量は増えているとオーバも言ってたんだけど、どこをサトウキビの畑にするのか、どれくらい育てるのか、いろいろと考えているらしい。


「本当に、ここにはいろんなものがありますね・・・」

「もともとあったわけじゃないけど」

「そうなんでしょうけれど・・・あ、ちがいます。ごまかされそうになってました。ウルさま、ジルさまたち、みなさまがお呼びです」

「えー、お手伝いは嫌なんだけど」

「どうやら、そういう話ではないようですけれど?」

「えっ? そうなの?」

「いえ、わたしも、何かを知っているわけではないので」


 そりゃそうだ。

 重要な内容なら、シイナには、そこまで説明されないだろう。


 機織りとかのお手伝いじゃないなら、いいか。

 竹取りとか、猪狩りとかなら喜んで行くんだけど。


 あたしが体を起こすと、シイナは笑顔で先に枝をおりていった。






 シイナに連れて行かれたのは後宮のすぐ外、広場と呼ばれる、みんなが朝の祈りで集まるスペースだった。


 なんで、広場に?

 疑問がわく。


 もしかして、スレイン王国に向かったオーバに何かあったのかな?

 オーバのことだから、もしも、なんてことはないはずだけど。


 ちょっと前に、スレイン王国の兵士って人が何日か村で過ごしたけど、すっごく弱かったし。


 ちらりと周囲を確認する。

 ノイハやセイハ、ヨルたちまで、村の主要人物がみんな集められている。


 ・・・まさか、本当に、オーバに何かあったとか?


 腕を後ろから引っ張られて、振り返ると、ジルがいた。


「ウル、着替えてきて」


 見ると、ジルは巫女服を着ていた。

 朝の祈りの時間ならともかく、こんなタイミングでは珍しい。

 あたしも巫女服に着替えてこいってことみたい。


 本当に何があったの?


 あたしの怪訝な顔に気づいたジルが言葉を加える。


「女神さまがご降臨なさる予定なの。急いで」


 なんで?

 女神さまが?


 分からないことは増えたが、とりあえず、あたしは急いで着替えに戻った。






 あたしが着替えて戻ると、ジルがみんなの前に立っていた。

 その近くで、クマラがシイナに支えられて座っていた。


 アイラは明るく、はきはきしていて、みんなを引っ張ってくれるのだけど、どうすべきかを考えるのはいっつもクマラの方で、そのクマラが、なんだっけ? つわり? っていうので、今はすっごくしんどそうなんだけど、どうするかを決めていくってのは、こればっかりは、あたしはもちろん、ジルでも、アイラでも、ケーナでも、クマラの代わりはできない。


 エイムなら、たぶんクマラの代わりができるんだけど、エイムは、自分は大草原から来た身だから、とあまり前には出てこない。

 もちろん、オーバも、クマラも、エイムのことは信頼してるし、頼りにしてる。


 本当は、あたしたちだって、オーバのところに転がり込んだだけで、元々、アコンの村に住んでいたわけじゃないんだけどね・・・。


 あたしがジルのとなりに並ぶと、アイラが、静かに、と叫んだ。

 一瞬で、場に沈黙がおとずれる。


 さすがはアイラ。

 オーバの一のお妃さま。

 威厳がある。


「今から、女神さまがお姿をあらわし、私たちにお言葉をくださいます。みんな、最後まで、静かに聞いてください」


 ジルがゆっくりとそう言うと、あたしたちの上に光が集まり始めた。

 あ、これ、実体がない方のやつだ。


 じゃ、女神さまは大人の姿で出てくる。


 光がどんどん大きくなり、その中に、女神さまが少しずつ、姿を現す。


 視界の端で、誰かがぐらりと揺れた。


 クマラだ。


 シイナが、クマラを支える手を離したらしい。シイナの手は、シイナの顔の前で組み合わされ、そんなシイナの目は、大きく見開かれていた。


 クマラ、大丈夫かな?


 あたしは音を立てないようにクマラに近づいて、そっと支える。

 クマラがちらりとあたしを見て、微笑んだ。

 ありがとう、という口の動き。

 相変わらず、クマラの声は小さい。


 しっかし、シイナったら・・・。


 そういえば、女神さまが姿を見せるのは、久しぶりかもしれない。だとすると、シイナは、女神さまを初めて見た可能性がある。


 ま、クマラを支えてたのだって、誰かに言われたわけじゃなく、自分からシイナがしてたんだろうし、女神さまの姿に感激してその手を離したからって、怒るのも変か。

 たぶん、クマラは怒ってないし。

 そこはもう気にしないでおこう。


 眩しいくらいに輝いていた光が落ち着き、やわらかく女神さまを包むように照らしている。


 女神さまはやっぱりとってもきれいだ。

 シイナが見とれてしまうのも分かる。


『アコンの村のみなさん。

 スグルからの言葉を伝えます』


 女神さまはオーバのことを「スグル」って言う。

 まだそのことを知らない人は、少し首をかしげていた。


 近くで、知ってる人がこそこそっと教えてる。


『大草原の氏族同盟に属するセルカン氏族が、他の氏族から攻撃を受けました。

 撃退したものの、セルカン氏族は被害も大きく、氏族同盟はその報復を行います。

 同盟の盟主であるナルカン氏族のドウラは、アコンの村に援軍を要請し、スグルはこれに応じました。

 ですから、出陣です。

 大森林を出て、ナルカン氏族に合流し、敵対する氏族を討ちます』


 ざわっと、みんながさわぐ。

 出陣、つまり、戦いがあるってこと。


 それに、うちの村にはセルカン氏族から来た者もいる。

 気になるのも当然だろう。


 再び、静かに、とアイラが一喝。

 音が、すぐに引いていく。


『指揮はアイラがとるように。

 ナルカン氏族のところにいるジッドも、そのまま合流して出陣です。

 ノイハは遊撃。

 エイムはアイラの相談役として同行すること。

 ウルも出陣しなさい。ただし、アイラの指示に従うようにと、スグルは厳命しています』


 あたしへの言葉だけ、なんか長くないかな?


『村はジルが守ること。

 クマラやケーナと相談して、アコンの村は任せる、ということです』


 ジルがぎゅっと拳を握ったのが見えた。


『虹池で、馬の群れは全部出陣させるように。

 大草原の人たちにあぶみの使い方を教えて、馬で戦うこと。

 ドウラの頼みを聞いて、敵対する氏族を倒した後も、森には戻らず、大草原で待機すること。

 よろしいですか?』


 女神さまが、あたしたちをゆっくりと見回す。

 あたしには、唇をきゅっと噛んでいるジルだけが見えた。





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