第100話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の今昔物語(5)



 農作業の手伝いで、アリはそこらじゅうにいた。

 アリなんか、別に珍しくもなんともない、と思ってた。


 畑には、小さなアリもいれば、大きなアリもいる。

 まあ、大きくても、畑のアリだと、指の第一関節くらいなんだけど・・・。


「でも、ここのオオアリって、でっかすぎ!」


『おいらに言われてもね、妹巫女さん・・・』


「だって、だって、頭の部分が、すいかくらい、ううん、村で一番大きなすいかよりも大きいくらいあるんだもん!」


 そう。

 オオアリの大きさは、頭部がすいかぐらいある。あとは、それに合わせて、合計すいか三つ分以上の大きさである。


 そこから伸びる触角が、あたしたちに向かって揺れていた。

 後ろから、一匹、二匹、三匹と、次々、新しいオオアリが姿を見せる。


「ふーえーてーるー」


『そりゃそうだろ。ここはオオアリの巣で、こいつらの縄張りなんだから。侵入者を警戒しないはずがない。それで、どうするつもりなんだい?』


「どうするかは決まってます。アリクサを根から抜いて持ち帰ること。できれば、根は土つきで。そうすれば、あとはクマラがなんとかしてくれるはず」

「そんじゃ、でっかいアリはぶっとばそう!」

「タイガ、アリクサを掘り返して!」


 ジルがタイガに指示を出した瞬間、あたしは一匹目のオオアリを蹴っ飛ばした。


『・・・いや、まあ、そうなるんだろうけど、なんというか、あの硬いオオアリを・・・』


「かったーいっ! いたーいっ!」


『・・・でも、吹っ飛んでったよ』


 あたしが蹴とばしたオオアリは、何メートルも向こうへと飛んでいった。

 しかし、それは、オオアリが弱いということではない。

 とにかく硬い。


「え、そんなに?」


 そう言いながら、ジルも一匹、遠くへ蹴とばす。「・・・たしかに」


「どうしよう?」

「・・・とにかく、がまんして蹴とばすようにして。アリクサを掘り返す作業を邪魔されたくないからできるだけ遠くへ。ホムラも、タイガを手伝って!」


 タイガは大きな牙で、ホムラは鋭い爪で、アリクサのまわりを掘り返していく。


 あたしは、二匹目、三匹目と蹴り飛ばす。

 ぽーん、ぽーん、とオオアリが宙を舞う。


 ジルも、あたしと同じように、オオアリを遠くへと蹴とばしていく。


『強いとは思ってたけど、予想以上だよなあ。おいらたちや、大角鹿でも、オオアリとはやりあわないってのにさ・・・』


「のんびりしゃべってないで、熊さんもタイガとホムラを手伝ってよ!」


『え? おいらも?』


「早くして! なんか、どんどんでっかいアリが集まってる!」


 近づいてきたら、遠くへと蹴とばして、タイガとホムラの邪魔にならないようにしているんだけど、蹴とばしても蹴とばしても、次から次へとやってくる。


 それだけじゃない。

 なんだか、集まってくるアリの大きさが、最初よりも大きくなってる。

 思いっきり蹴とばすが、さっきまでとは飛ぶ高さも距離もちがう。


「・・・なんか、さらにでっかくなってる?」

「そうみたいね・・・」


 ジルも同じように思ってるみたい。


『ああ、そいつら、兵隊アリ。最初のは働きアリだよ。働きアリよりも大きくて、まあ、巣を守る兵士たちってことさ。まあ、見た感じ、兵隊アリが相手でも、まったく問題なさそうだけど』


「こいつらっ、ずっとっ、こうやってっ、集まってっ、くるのっ? それとっ、熊さんもっ、手伝うっ!」


 兵隊アリを蹴り飛ばすたびに言葉を途切れさせながら、あたしは熊さんに問いかける。

 集まる数が増えているからか、次々に、ポーン、ポーン、と、あたしとジルの周囲から、巨大なアリが飛んでいく。


『はいはい、手伝います、手伝います。そうだねえ、おいらたちは巣への侵入者だから。しかも、働きアリじゃ排除できないし、兵隊アリでも相手にならない。おいらたちがいなくなるまで、ずっとこの調子だろうねえ』


 熊さんは、鋭い爪で、アリクサを掘り返すタイガとホムラを手伝い始めた。


 どこか、のんびりと腕? 前足? を動かしている。


「へいたっ、いありっ、のほかっ、にもっ、いるっ、のっ?」


 あたしとジルは忙しく足を動かしてるってのに。


『何言ってんだかわかりにくいなあ。いるけど、働きアリと兵隊アリ以外は、あとは女王アリだけだねえ。別に、侵入者の排除に出てきたりはしないと思うけど』


 うーん。

 女王アリか。

 アリの王さま。


 じゃあ、それを狙えば、どうなるかな?


「ジルっ、さくっ、せんっ、おもっ、いつっ、いたっ、よっ!」

「何っ?」

「じょっ、おうっ、ありっ、ねらっ、えばっ、こいっ、つらっ、っ、っ、そっ、ちにっ、あっ、つっ、まるっ、とおっ、もっ、てっ!」

「それっ、できるっ?」

「くまっ、さんっ、じょっ、おっ、ありっ、どこっ、にっ?」


『どこにいるかまでは、ちょっと、おいらにも、わかんないかな。でも、妹巫女さんの作戦は、あり、だね。とにかく、集まるアリが一番多くなるところが、女王アリがいるところだろうね。でも、女王アリを見つけたとしても、殺しちゃ、ダメ。蹴ってもダメだよ。蹴る以外にも、攻撃はダメ。妹巫女さんが攻撃したら、すぐには死ななくても、そのうち死んじゃうから』


「どうっ、してっ?」

「ウルっ、熊っ、さんっ、のっ、言うっ、通りっ、にっ!」


 どうして女王アリを殺しちゃダメなのか、熊さんに聞いたら、ジルから質問自体をつぶされた。


 うん、言われた通りにするけど。

 女王アリを殺せば、ここのアリクサ、全部あたしたちの物じゃないかなあ?

 まあいいや。


 そんじゃ、まずは、一気に。


 前回し蹴りから、後ろ回し蹴りへの回転力を使って、飛び蹴り連打で、一気に四匹を蹴り飛ばして、あたしはアリクサの群生地の奥へと踏み込んでいく。


 その瞬間に、ジルの方へと向かっていた何匹かが、慌ててあたしの方へと向きを変えた。


 やっぱり。

 巣を守るんだけど、本当に守っているのは、女王アリなんだ。

 次々と蹴り飛ばしながら、進んでいく。


 時々、ジルが蹴とばした奴が降ってくるけど、向かってくる奴より、こっちの方がこわい。


 死角から飛んでくるのもあるし、対処がむずかしい。

 狙ってやってるんじゃないから、しかたないけどさー。

 ま、とにかく、奥へ、奥へ。


 アリクサとアリクサの間を進みながら。


 オオアリを蹴とばすのはやめて、前からくるのは、足を一本、狙ってぶち折り、そのまま横をすり抜ける。


 後ろから追ってくるのは、同じペースで走ってるから、特に問題はない。


 問題はないんだけど。

 どんだけいるの、アリ?


 飛んでくるアリはいなくなった。


 ジルの方にはもうアリはいないのか、ジルが戦い方を変えたのか。


 アリクサとアリクサの間から、走り抜けようとするあたしに襲い掛かる兵隊アリを裏拳ではじいて、どんどん進む。


 ちらりと後ろを振り返ると・・・。


 かる~く20匹はいるね、うん。


 足を折った奴らも、がくんがくんしながら、必死で追ってくる。


 前からも、横からも、どんどん出てくる、出てくる。

 あたしは、ちょうど四方が開けたところで立ち止まって身構えた。

 ちょっと楽しい。


 前、右、後ろ、前、左、左、後ろ、前、右・・・。


 次々とオオアリを蹴とばし、足を折り、拳で頭を潰す。


 オーバから聞いた、ジルと大牙虎の戦いも、こんな感じだったのかな。


 楽しい。

 どんどん楽しくなる。

 一手一手が、次の次の、そのまた次まで考えて。

 足も、膝も、拳も、肘も。

 ひとつ前の攻撃の動きを活かしながら、次の攻撃の威力を増すように。

 狙う相手をひとつ間違えれば、攻撃の威力は半減するだろう。

 その、ぎりぎりの、極みが、楽しい。


「ウルっっ!!」


 ジルの大きな声が聞こえた。


 たぶんアリクサを掘り出したんだろう。

 あたしの四方に、動けないオオアリと、動けるオオアリがうごめいている。

 突然、アリクサを乗り越えて、アリクサの上から、オオアリが向かってきた。


 あたしは、反対側のアリクサを蹴って、大きく跳び、ぎりぎりでそのオオアリをかわして踏みつけ、さらに大きく跳ぶ。

 そのまま一気に、オオアリの囲みを越えた。


「ウルっっ!!」


 そして、ジルの声がする方へ、全力で走る。

 途中で、四、五匹、オオアリを倒して、後ろを振り返る。

 追ってくるオオアリはいるけど、たったの五匹。

 さっきまでの数からすると、とっても少ない。

 巣から出ようとするものには、そこまでたくさんむらがってこないみたい。


 あたしはそのまま、アリクサの群生地を出た。

 群生地を出たら、オオアリは動きを止めた。


 触角がひくひくと動いて、こっちを警戒しているのだというのはわかる。

 でも、アリクサの群生地を出ることはないみたい。


「ウルっっ!!」


 あたしは、ジルの声を追って、ジルたちに合流した。

 タイガが、あたしの無事を確認するように、体をすりよせてくる。

 ジルの大牙虎なんだけど、タイガはあたしにも優しい。


「大丈夫だった?」


 ジルがあたしをまっすぐに見つめる。


「楽しかった」


 あたしは笑って答える。

 ジルも微笑んだ。

 そのジルの横に、立ち上がったときの熊さんと同じくらいの大きさはある、一株のアリクサがあった。


 根を守るように土ごと抜いてある。それでも細い根がちらちら見える。


『これ、どうやって運ぶつもりなのさ?』


 熊さんが聞くまでもないことを聞いてきたので、あたしはにっこりと笑った。





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