第99話 世界の果てに辿り着いた男の話(1)



 王都最強。

 そして、王国最強。


 それが、われら、神殿騎士であり、巫女騎士である。


 神殿騎士と巫女騎士の違いは、単純に、性別の違い。男が神殿騎士で、女が巫女騎士。呼び名が違うだけで、その本質は同じ。


 王宮に近衛兵がたくさんいるが、近衛兵に打ち負かされるような者は神殿騎士や巫女騎士にはなれない。


 私たちは、王宮も含めて、全てのものから神殿を守るために、存在している。


 近衛兵に打ち負かされるようでは神殿を守れない。だから、その程度では、神殿騎士や巫女騎士とは認められない。


 それは、神殿が、王家でさえ、敵になる可能性を考慮している、ということだ。


 実際のところ、今は、王宮や王家が神殿を攻めるというようなことは起こらないと考えている。


 それに、神殿騎士や巫女騎士は、その中から何人もが、国王や王妃、王子や王女に望まれて、王族の護衛を務めている。


 ・・・だからといって、私たちは王家に忠誠を誓っている訳ではない。


 われら神殿騎士、巫女騎士の忠誠は、たった一人。巫女長ハナさまにだけ、捧げられている。

 それは、われら神殿騎士と巫女騎士がどのように育つのか、ということと密接に関係している。


 われら神殿騎士や巫女騎士は全員、孤児である。


 私たちは神殿の孤児院で育ち、神殿の孤児院で学び、神殿の孤児院で鍛えられた。


 全ては、巫女長ハナさまの御心によって。


 私たちを教え、導き、このような強さまで身に付けさせたのは、巫女長ハナさまである。


 ハナさまは、われら神殿騎士、巫女騎士の母たるお方。


 さまざまな理由で親と別れ、そのまま死ぬ運命だった私たちを庇護し、ハナさまは私たちに教育を与えてくださった。


 私たちはハナさまから神殿の歴史を学び、王国の歴史を学び、体を鍛え、剣技を磨き、この国の支配者たる貴族に負けないだけの力を得た。


 私たちの中に、ハナさまへの恩義を感じていない者はいない。


 だから、われら神殿騎士、巫女騎士の忠誠は王家ではなく、巫女長ハナさまに捧げられている。


 孤児院育ちであっても、神殿騎士や巫女騎士となれなかった者も多い。

 その者たちは、神官や巫女として、神殿に仕えた。


 そのような孤児院育ちの神官や巫女たちからの忠誠も、全てハナさまに捧げられている。たとえ、戦う力は弱くとも、ハナさまのために命をかける者は多い。


 ハナさまは、それだけ広く、深い愛を、孤児院の子どもたちに与えてくださったのだ。






 前の王は、神殿と、いや、神殿というよりも、ハナさまと、良好とはいえない関係だったそうだ。


 それは、前の王が、預言の力をもつハナさまを利用したからだという。ハナさまは何も預言などくだされていないのに、前の王はハナさまの預言がくだったと言っては、好き勝手なことをしたらしい。


 ハナさまの預言で裏切ると決まっているから、という理由で処刑された者や、王都から追放された者も多いという。ハナさまは預言などくだされてはいないのに、というのだから、預言詐欺である。


 結果として、ハナさまは多くの者から恨まれ、命を狙われることが多くなった。


 しかし、それすらハナさまは予見していたのだろう。


 ハナさまがいろいろな方面から命を狙われるようになった頃には、既に神殿騎士や巫女騎士の原型ができあがっていたそうだ。


 そして、ハナさまの命を狙った者はみな返り討ちに遭ったという。


 その頃から、少数ではあったが、神殿騎士や巫女騎士はとても強かったのだ。先輩方のこととはいえ、とても誇らしいことである。


 私は、一度しか見たことがないが、ハナさまご自身が、実は剣技も体術も、相当な実力なのである。本当は神殿騎士の護衛などなくとも、ハナさまはご自身で、ご自分の身を守ることができる強さをもっていた。


 つまり、ハナさまは、ハナさまご自身を守るために、神殿騎士や巫女騎士を育てたのではないのだ。


 そのことを私たちはよく知っている。


 ハナさまは、われら神殿騎士、巫女騎士に生きていく力としての、戦う力を与えてくださったのだ。


 ハナさまは、私たちに生きていく道を示してくださったのだ。






 それでも、単純な暴力による暗殺ではない、さまざまな策略や謀略によって、ハナさまを害そうとする者は多くいたらしい。


 その中には前の王も含まれていたのであろう。とんでもない国王だと思う。


 数多の危険から身を挺してハナさまを守る、ハナさまの身代わりとなる、そういう意味も含めて、われら神殿騎士、巫女騎士は、ハナさまを守り続けた。


 私たちがハナさまから受けた恩義は、命をかけるに値するものだったのだから。


 実際のところ、さまざまな危険は、まるでハナさまを避けていくかのように、過ぎ去っていった。


 ハナさまは多くを語らなかったが、それこそが、預言の力、そのものであった。

 ハナさまを害するには、預言を超える力を持たねばならない。


 どんなに憎くても、ハナさまを殺すことができないと悟った者たちは、その矛先を神殿から王宮へと変えた。


 ハナさまは、ある日、まだ幼い王子を神殿に招いた。神殿と王国の歴史について、大切なことを伝える、という名目で。そして、ハナさまはそのままその幼い王子を神殿に留め置いた。


 その日、反乱を起こした貴族の兵士たちによって王宮には火がかけられ、近衛兵は応戦したが撃退することができず、王宮は燃えつき、王と王妃と王子たちは殺された。


 反乱を起こした貴族は、そのまま王女を擁立し、自分の息子と婚約させた上で、王都と王国全土に対して、愚王の苛政を破り、これより女王のもとに善政を広める、と喧伝した。


 諸侯はすぐに王都に参集し、女王に忠誠を誓うべし。


 その命令を伝えるために、何人もの使者が王国各地の諸侯のもとに走った。


 命令を受けた諸侯が使者を迎え、領地を動き出した頃。


 ハナさまは焼けて無防備な王宮に神殿騎士と巫女騎士を派兵し、反乱を起こした貴族をあっという間に討ち取り、神殿で保護していた幼い王子をすぐに即位させた。


 常識では考えられない、一瞬での逆転劇である。


 ハナさまは、その貴族が反乱を起こすことも、その時に王と王妃と王子たちが殺されることも、全て分かった上で、「私には預言によって全て分かっていた」と、何も言わずとも全ての諸侯にそのことが伝わるように、まさに王家の血が流れるその日に、わざわざ幼い王子を招いて神殿に匿い、王家の血筋を謀反人の手から守ったのだ。


 さらに、反乱を起こした貴族にとって信頼できる部下たちが、使者として諸侯のもとに派遣されて遠く離れ、もっとも警備が手薄になるときを狙って、あっさりと王宮を攻め落とし、謀反人である貴族の首をとり、いとも簡単に幼い王子を即位させて見せたのである。


 全ては神の名のもとに。

 ハナさまと対立した前の王は死に、ハナさまが匿った幼い王子が王となった。


 女王に忠誠を誓うために参集した諸侯が王都にたどり着いた時には、女王ではなく、幼い新王が出迎えた。その後ろには巫女長であるハナさまが控えていた。


 この時。

 預言の力を都合良く使って権勢を振う王に怯えていた諸侯は。


 真に預言の力を活かす、ということの本当の怖ろしさを、知ったのだ。


 本当に怖れるべきは、王ではなく、正しい預言を知る巫女長である、と。


 預言とは、未来を知る、力。

 その力をもつ巫女長ハナと戦うことに意味はない。未来を知る者に勝てるはずがない。巫女長ハナと対立することはすなわち破滅を意味する。


 こうして、ハナさまは王国の礎となり、諸侯に対する重石となった。


 やがて、前王によって王都を追放されていた有能な宮廷貴族が呼び戻され、宰相や大臣などの高い位についた。そして、彼らはハナさまの正しい預言にもとづいて、本当に善政と呼べる、よりよい政治を行い始めた。


 新たに進められていく、公平で納得ができる、まっとうな政治を目の当たりにして、諸侯は、そこでようやく、前王が預言を都合よく偽って政治を進めていたのだと気づく。


 諸侯や宮廷貴族たちからの、ハナさまへの殺意は雲散霧消した。それと同時に、ハナさまは、新たな幼き王の、目の上のたんこぶにもなったのだが・・・。


 ハナさまによって即位した幼き王が、まだ子どもだった頃は良かった。当然、いつかは幼児も成長する。そして、王として国政を動かしたいと思うようになる。


 しかし、ハナさまが預言によって忠言する場合、青年となった王自身が「こうしたい」と思ったこともできない、という状況が生まれた。


 先の王のように、これは預言である、と偽るのではなく、ハナさまは正しく預言によって忠言していたので、若き王としては、従わざるを得ない。


 特に、災害に関する預言については、ハナさまは強硬に主張して、被害が小さくなるように行動していた。


 一方で、預言だからといって強制することが難しいものについては、ハナさまはやんわりと「望ましくございません」としか、言わなかったという。


 たとえば、立后、つまり王妃の決定について、である。ハナさまから若き王には「その娘では望ましくない」と伝えられたものの、それでも、このことに関して、若き王は自分の思いや願いを優先した。


 結果として、最初の王妃は、後に不義密通により死罪となる。


 ハナさまの言葉に従わなかった場合、いつか、若き王は苦悩することになるのだ。

 結局、若き王は、ハナさまの言葉に従わざるを得ない。


 王として、こうしたい、ああしたい、と考えても、ハナさまの一言でそれは実現しない。


 若き王は次第にハナさまを疎んじるようになる。ハナさまも、できるだけ王宮には近づかず、神殿から外にはあまり出ないようになっていった。


 未来が分かるということは、必ずしも、幸福につながるという訳ではないのだ。


 王国には、どうしようもない、見えない歪みが生じていた。


 そうして、時は流れる。






 人は、だいたい、三十年から四十年くらい生きて、死ぬ。この年、五十五歳となったハナさまは、神に愛されているとしか考えられないくらい、長寿だった。


 神殿の孤児院で育ち、巫女となり、そのまま巫女として、またある時期からは巫女長として、四代の王たちに仕えたハナさま。王国を見守り、支え続けたハナさまは、王都と王国の歴史そのものだと、われら神殿騎士、巫女騎士は考えていた。


 最近は、起き上がることも、歩くこともなかなか難しく、われらの母たるハナさまが、近いうちに神に召されるであろうことを私たちは、みな、分かっていたが、誰一人として、そのことを口に出さなかった。


 いつかくる、その日まで。


 われら神殿騎士、巫女騎士は巫女長ハナさまに仕え、守るのだ、と。


 ハナさまのお体が明らかに衰え、ハナさまがご自分で、ご自身を守ることができなくなったからこそ、私たちは全力でハナさまを守らなければならない。


 ハナさまを守ることは、王国を守ることなのだ。


 それが、われら神殿騎士、巫女騎士の思いだった。






 あの日。

 合わせて二十五人の神殿騎士と巫女騎士が神殿を守っていた。

 王国最強の私たちが固めた神殿に、たとえ近衛兵が何人攻めてこようとも、一人も通さずに防ぎ切ってみせると。


 私だけでなく、われら神殿騎士、巫女騎士はみな、そう考えていた。

 そんな考えが粉々に壊されてしまうとも知らずに。


 私は礼拝堂の奥の、神域に通じる扉を守っていた。

 この扉の奥には、神殿の宝を集めた宝物庫と、巫女長であるハナさまの寝室だけがある。


 宝物庫の前に神殿騎士が一人と、ハナさまの寝室の前に巫女が一人いるだけで、あとの二十三人は全て、この礼拝堂の外を守っていた。


 守っている、はず、だった。


 誰にも案内されずに、突然、一組の夫婦がすうっと礼拝堂に入ってきた。


 なんだ、礼拝にやってきた人か、と。

 そう思わせるあまりにも自然な姿。

 何も警戒させるような雰囲気をもたず。

 足音すらさせずに。


 ・・・王都の最高神殿の礼拝堂は大きな儀式でしか一般には開放されない場所であり、参拝者は隣接する小神殿の礼拝堂において礼拝するのだという当たり前のことさえ、忘れてしまうほどに。


 その夫婦が、礼拝堂の正面ではなく。

 奥の扉の前に立つ私のところにまっすぐ歩いてきて、初めて。


 この場にいるはずがない、一般の参拝者がいるという事実に、私は思い至った。


「あ、あんたたち、ここは、立入禁止だぞ。どこからはいっ・・・」


 私は最後まで言葉を発することなく、その場で意識を失った。





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