第97話 森で獣を狩る男たちの話(2)



 翌日、おいらたちの言葉を疑いながらも、親分はもう二人、舎弟をつけて、荷車を貸してくれた。


 カスタへ向かう街道を外れて行くので、荷車を押すのは大変なのだが、それでも荷車なしで運ぶには、あの猪は大物過ぎる。あのお方が狩った時に、一頭を四人で棒を使って運んだが、本当に重かった。


 昨日はいなかった二人が半信半疑で森に入り、おいらたちが吊り下げた獲物を目にして、ぽかんと口を開いて見上げた。


「だから言ったろ、五人で倒したって」

「・・・ほ、本当だったんだな」

「やっぱり信じてなかったか。ま、これでおいらたちのことも見直してもらえるな」

「おう。ここで解体して運ぶと少しは楽なんだが、他の獣が出たら大変だ。それに、このままの姿で持ち帰った方が、なあ・・・?」

「ああ、その方が、大きさとかも、よく見てもらえるし、おいらたちの頑張りも伝わるよな」

「よし、じゃあ下ろそうか」


 おいらがそう言った時だった。


 昨日はいなかった奴が、両手を前に出して、おいらたちに待て、と示しながら言う。


「ま、待て。待ってくれ」

「なんだよ、まだ何か言いたいのか? 本当においらたちが倒したんだぞ?」

「いや、それはよく分かった。分かったから、言わせてくれ。昨日はこの五人でこいつを倒したんだよな?」

「ああ。一人じゃ無理、二人でも、三人でも、おそらく四人でも無理だった。五人で、力を合わせてやっと、ってところか」

「・・・おまえら、今日は、七人いるんだぞ?」


 そいつが言おうとしていることが、一瞬で全員に伝わった。


 昨日は五人でやっと、倒した。

 今日は、七人でここにいる。


 つまり・・・。


「昨日よりも、もう少し簡単にやれるって、ことか・・・」


 おいらたちは身体を動かさずに、目だけをちらちらと互いに合わせ、意思を確認し合った。

 言葉を交さなくても、通じ合っていた。


 今日も、狩る、と。


 そして、おいらたちはそこに荷車と吊るした猪を残して、七人で森を捜索し始めたのだった。






 この日も、つがいの猪を見つけた。


 そして、昨日と同じようにそのうち一頭を囲んだ。


 しかし、もう一頭は逃げ出さずに突進してきた。


 仲間が一人、吹っ飛ばされた。


 誰かが駆け寄って、神聖魔法を使う。フィナスン組は全員が女神の信徒となり、神聖魔法を身に付けている。昨日よりも二人分、回復の機会は多い。


 おいらたちは慌てて、仲間を吹っ飛ばした方の猪を囲み、最初に囲んだ猪の包囲を解く。


 今度は、さっきまで囲んでいた猪が逃げ出した。


 どうやら、昨日はオスを囲んでそのままメスが逃げたのだが、今日はメスを囲んだため、もう一頭のオスが闘志を燃やしたらしい。オスを改めて囲んだら、メスの方は逃げたみたいだ。


 予定は少し狂ったが、明日以降の狩りで重要な情報が得られたとも考えられる。


 そこからは、時間はかかったが、無事に猪を一頭、倒すことができた。

 昨日でコツを掴んだ、というところも大きい。


 まず、銅剣で切ろうとするのではなく、刺そうとすること。それを猪の突進に合わせて、相手の勢いを利用する。

 吹っ飛ばされても神聖魔法で治療できるから、そういう挑戦をするのも難しくなかった。


「こりゃ、本当に、これからも猪は狩れるよな」

「ああ、次は五人でも、かなり楽にいける」

「そうだな、いける」

「七人だと、昨日よりもかなり楽だったな」

「いや、昨日で慣れたし、コツも掴んだんじゃないか」


 そうだな、と昨日の仲間たちがうなずいた。


 おいらたちは、一度、元の場所に戻って荷車を動かし、新たに倒した猪をさっきの場所に運んで、昨日から血抜きで吊るしていた猪と入れ替えた。


「しまったな、おろすときに、そのまま荷車の上におろせばよかった」

「まあ、そういうな。明日以降は、そうすればいいだろ」


 そもそも、向こうから運んできた今日の獲物が乗っていたのだ。入れ替えるには、どちらかを一度、荷車ではないところに置かないと無理だろうと思う。


 そんなことを思っていたら、がさがさっ、という音が響いた。


 全員が、はっとして、身構えた。


 ・・・逃げるべきだったのだと、後から思ったが、それは経験したから分かるだけなのだろう。


 がさがさと音がした方向を見ると、六頭の獣が群れていた。


 全員で視線を交わす。


 逃げる、という選択が最初に思い浮かんだ。


 しかし・・・。


「あれ、確か・・・」


 そいつが、その獣のことを覚えていたことが、全て、だった。


 それは大きな山羊だった。そして、その角はとても大きく、ぐるぐると巻かれていて・・・。


「・・・男爵が、角をくれるなら、キュウエン姫をやろうって、言ってた、よ、な・・・」


 残り全員がそいつをふり返った。


「い、ま、なんて言った?」

「角と、姫さん?」

「それ、本当か?」

「・・・いや、その話、おれも聞いたぞ?」

「ああ、おれも聞いたことがある」

「角を渡せば、姫さんが・・・」

「う、嘘だろ・・・」

「い、いや、確かにそういう話だった」


 おいらたち、全員の頭の中には、おそらく、同じものが思い浮かんでいたのだろう。


 姫さんが・・・。

 あの姫さんが・・・。

 あの! キュウエン姫がっ!


 互いに目を合わせてやりとりするが、今回は口元が少し、にやけている。

 もちろん、おいらたちの心はひとつ。


 あの角を男爵に!

 そして姫さんと○×△・・・。


 後からよく考えたら、おいらたちに男爵がキュウエン姫をくださるはずなんて、ないってすぐに分かるんだけど。


 その時のおいらたちは、目を血走らせて銅剣を構えた。


「六頭いるが、そのうち一頭だ。一頭でいいぞ」

「おう、やるぜ」

「でかさは猪と変わらん。いける」

「あの角、猪とは違うから、警戒しろよ」

「おう」


 おいらたちの戦闘態勢は整っていた。


 大きな山羊たちと、おいらたちの目が合った。


 六頭のうち、三頭が反転して逃げた。

 残り三頭がおいらたちに突進してきた。


 おそらく、逃げた三頭がメスで、向かってきた三頭がオス。

 オスの三頭はおいらたちを牽制して、最後は逃げる気だ。


 だが・・・。


 必ず、一頭はしとめる!


 あの角を!

 手にいれるんだっ!


 おいらたちの気合いは、目からも、下半身からもほとばしっていた。


 しかし。

 知らないということは、敗北を意味する。

 おいらたちは、その場で、そのことを学んだ。


 それだけでも、その日に価値があったと信じたい。


 突進してきた大きな山羊は、おいらたちに近づくと・・・跳んだ。

 そして、さらに、前足を木にかけたと思うと、高くとなりの木に跳び・・・。

 それを繰り返して、高く昇り・・・。


 最後は後ろ足で木を蹴って、そのまま、おいらたちのところへ、急降下してきたのだ!


 呆然とその大きな山羊の動きを見ていたおいらたちの中で、一番冷静だった奴が叫んだ。


「よけろ! 後ろに飛べ!」


 その言葉がなかったら、いったいどうなっていただろうか。

 がりっ、どばっ、ぐばっ、という大きな音が響く。


 一頭の大きな山羊は地面をぐっさりと掘り下げて立ち上がり、残りの二頭の山羊は、荷車を完全に破壊して立ち上がった。


 あの破壊力・・・。


 まともに喰らえば、神聖魔法でも治療できないことは一目で理解できた。


 そして、とっさに後ろへと飛んだおいらたちの中には、立っていられた者はいなかった。


 やられるっ・・・。


 そう思った、次の瞬間。


 大きな三頭の山羊は反転して、先に逃げた三頭のメス山羊を追いかけていった。


 結果として、おいらたちは助かった。

 まさに命拾いをした。


 ここは危険な森である。

 ちょっと強くなって、猪を狩れたからって、森をなめてはいけない。


 アルフィの町に戻って、荷車を潰されたことでフィナスン親分からものすごく叱られながら、おいらたちは森の怖ろしさをもう一度考え直していた。


 そして・・・。


 あの大きな山羊を狩って、平然としていたあのお方のことを。


 おいらたちは改めて、絶対に逆らってはいけないお方だと、心に刻んだのだった。





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