第97話 森で獣を狩る男たちの話(1)



 おいらたちは、フィナスン組の構成員。つまり、フィナスン親分の舎弟だ。


 まあ、おいらなんかは、特に下っ端だけど。


 でも、アルフィの町では、なんていうか、それなりに頼りにされてる、と、思う。


 親分は、厳しいけど、おいらたちのことを思って、厳しくしてくれてるってことが分かる、あったかい人だ。それに、親分は強いし、頭もいいし、交易ではいろいろと利益を上げている。


 その親分が、あるお方の下についた。


 そもそも親分は、町の支配者である男爵にさえ、協力はするけど従わない、という人だった。


 それが、ある日、突然、変わった。


 おいらはその時、一緒にはいなかったのだけど、一緒にいた連中に言わせれば・・・。


 殺される・・・。


 その一言だったらしい。


 親分も、構成員のみんなも、「男爵は強い。だが、おれたちが束になれば負けない」と、そういう考え方だった。


 だから、親分はなんでそうなったんだ? という感じで、その時、その場にいなかった者は親分の変化に疑問を感じていた。


 それも、そう長くはなかったけど。






 そのお方は神殿に居をかまえ、いろいろと動き始めた。


 親分がそのお方に従うので、舎弟のおいらたちは否もない。


 ある日、親分から森に行くぞ、という命令が出た。


 ・・・アルフィの東門から歩いていくと、外壁がまだよく見えるくらいの距離に森がある。この森は、山脈までつながっている森で、実は、おっかない獣がたくさんいることで知られている。アルフィの人なら、近づかないし、立ち入らない。


 森は怖ろしいが、命令には逆らえない。みんなでびびりながら、森へと入っていくと、そのお方が、妻である赤髪の姉御さまと一緒に、森で狩った獣を運んでくれ、と言った。


 とても、一人の人間に狩れるとは思えない、ありえない大きさの獣だった。

 この獣、猪、というらしい。


 おいらたちは全員で顔を見合わせた。


 ・・・ちなみに、その猪が三頭いたので、おいらたちは再び顔を見合わせた。


 この時、親分がこのお方に従った理由が少しだけ分かった気がした。


 ・・・このお方は、おいらたちとは、次元の違う強さの人なのだ、と。






 おいらたちは、親分の舎弟の中でも弱い方だった。まだまだ未熟だ、ということでもある。


 そんで、親分があのお方から教わった「ピザ」を売り歩くことになった時、おいらたちがその役割の中心になった。


 舎弟の中でも、古株である先輩方は、親分と一緒に「ピザ」を食べて、それがうまいと言っていたが、おいらたちは食べさせてもらえなかったのに売り歩けと命じられた。


 仲間の一人が思いついて、「売れ残ったら、食べても怒られないんじゃないか」と言ったので、みんなで誰もいなさそうな、西の外壁の角とか、外壁の上とか、そういうところを売り歩いては、売れ残りをみんなで食べた。


 焼きたてではなく、すでに冷えていたのだが、うまかった。


 ・・・あとでバレてめちゃめちゃ怒られたけど。


 まあ、「ピザ」がうまいと分かってからは、おいらたちも熱心に売り歩いた。実感がある方が、売るのにも熱が入る。特に、男の独り身で、さみしく生きてる連中が、「ピザ」と麦粉と交換してくれた。


 「ピザ」は飛ぶように売れて、フィナスン組には大量の麦粉が集まった。


 親分があのお方との関係を大切にする意味が少し分かったような気がした。


 「ピザ」のお陰で、いつの間にか、弱くて下っ端のおいらたちが、フィナスン組の稼ぎ頭になっていたのは驚きだった。






 それから、アルフィが戦争に巻き込まれていく中で、いつしか「ピザ」売りは中止になった。


 その期間に神殿であのお方のそばにいた連中から、


「あのお方には絶対服従。あのお方への返事は、はい、か、分かりました、しかない」とか、「気を利かせて、先回りが大事だ。おいらたちが役に立つとあのお方には見せ続けなければならない」とか、言い出して、親分が従ってるからってそこまでしなくても、と言った奴は、先輩たちに胸ぐらを掴まれて、「殺されるよりも怖ろしい目に遭いたくなかったらおいらたちの言うことを聞け」と脅されていた。


 ・・・神殿で何があったのか、については誰も教えてはくれなかった。


 そして、その戦争のさなかに、男爵が兵士たちを率いて、神殿のあのお方を攻めたのだが・・・。


 親分は、はっきりとあのお方に味方して、男爵の兵士たちを攻撃したんだ。


 おいらたちも、驚きながら、その戦いには参加した。


 親分の指示に従い、攻めたり、守ったりして、いろいろあって、兵士たちをみんな倒して、神殿の中に入ったら・・・。


 ・・・おいらたちがみんなで倒したよりも多い数の兵士を一人であのお方が叩きのめしていた。


 正直なところ、あのお方一人で、この町を陥落させられる、そう思った。


 親分の判断が正しい、とおいらたちも思った瞬間のひとつだった。






 そして、男爵に逆らったおいらたちはあのお方と一緒に、たくさんのアルフィの人たちを連れて、大草原に逃げた。


 そして、大草原で、追いかけてきた辺境伯の軍勢と戦った。


 親分の指揮は完ぺきで、おいらたちは、砦を守り続けた。

 それでも、相手の数が多くて、少しずつ、砦への侵入を許してしまう。


 もうだめかもしれない、そう思った瞬間・・・。


 女神さまが空に現われて。

 おいらたちはなんだか怪我が治って、元気になって。


 辺境伯の軍勢を再び跳ね返し始めた。


 そして・・・。


 そこからのあのお方の戦いは、おいらごときでは説明できない。

 強いの上の、そのまた強いの、さらに上の上の上、ぐらいかもしれない。


 とにかく強かった。


 実際に自分の目で、初めてあのお方の戦いを見て、親分が従う理由がよく分かった。


 さらに、その戦いで捕らえた辺境伯に対するあの・・・。

 おいらは、辺境伯の近くにいて見張る役だったから・・・。

 ずっと近くで見てたけど・・・。


 神殿にいた先輩方が「殺されるよりも怖ろしい目に遭いたくなかったらおいらたちの言うことを聞け」と言っていた本当の理由がおいらにもよく分かった。


 おいらも心の奥底から、あのお方への絶対服従を誓った。

 あれを見て、あのお方に冗談でも、いいえ、と言えるはずがない。


 全身の骨を折られ、もういっそ殺してくれ、と思えば、骨折は光で包んで完治。完治したと思ったら、また骨をぶち折られる、の繰り返し。何度も殴られ、何度も癒やされ、もう何が行われているのか、理解できない。まさに、殺されるよりも怖ろしい、状態だ。


 おいらの絶対服従の誓いは破られることはないだろう。


 この日、親分だけでなく、全ての舎弟を含め、フィナスン組は、完全にあのお方と女神さまを支える組織となった。






 戦争が終わって、再び、「ピザ」売りが再開されることになった。


 その時、「ピザ」係のおいらたちの中で、「ピザ」の肉は羊よりも、猪の方がいい、そっちが絶対にウマい、という意見が出た。正直なところ、猪、という言葉だけでよだれが出そうになったのは、おいらだけじゃなかった。


 今回の戦争を通して、おいらたちも鍛えられ、強くなったという思いもあった。


 それに、あのお方の指示で、神殿のキュウエンさまとともに、フィナスン組も「神聖魔法」を身に付けるように命じられて・・・「殺されるよりも怖ろしい目に遭いたくない」おいらたちは、まさに命がけで神聖魔法を身に付けた。


「今なら、おいらたちにも、森で猪を狩れるんじゃないか?」


 おいらたちは、戦争を生き抜いたことで、少し自信をもっていた。

 自分たちで、怪我の治療もできるようになった。

 それなりに強くなったから、できるんじゃないか。そう思った者は多かった。それに、猪が美味しいこともよく分かっていた。


 だから、「ピザ」売りの五人で、森へ行った。


 ・・・フィナスン組の稼ぎ頭として、さらなる「ピザ」販売を心に。


 これは、「ピザ」のもうひと味に命をかけた、おいらたちの熱い戦いの記録・・・とはならなかった。


 おいらたちは、まったく別のものに惑ってしまったのだ・・・。






 森では、どきどきしながら、猪を探した。


 しばらく森を歩いて見つけた猪はつがいで、そのうちの一頭を五人で囲むと、もう一頭は逃げた。


 猪対おいらたちの一対五の戦いは、簡単に言えば、とても激しかった。


 ある意味で、猪は、辺境伯軍の兵士たちよりも、怖ろしく、素早く、そして、強かった。


 おいらたちは親分から一人一本の銅剣を授かっていたが、銅剣で切りつけても、なかなか猪の皮を切り裂けない。


 逆に、一人、また、一人と、猪の突進を喰らって、倒れていく。

 誰かが倒れると、もう一人が神聖魔法で治療する。


 その間は、残りの三人で逃がさないように取り囲む。


 少しずつ、猪が血を流し、傷ついていく。


 しかし、おいらたちも、そろそろ神聖魔法が使えなくなるかもしれない、という不安におそわれつつ、戦いを続けた。


 おいらが突進を受け止めてはじかれ、それを癒やそうともう一人が手を伸ばしたが、光が手から出てこなかった瞬間、ああ、終わりだな、やっぱり負けたのか、と思った。


 ところが、それと同時に、別の一人の銅剣が深々と猪の脇に突き刺さり、そこから猪は血を噴き出していた。


 猪のうなり声が痛々しい。


 次の瞬間には、また別の一人が、その反対側の脇に銅剣を突き刺した。


 猪は、おいらたちから逃げようと足を動かしたが、それまでのような動きの速さはなく、何歩か進んで、そのまま横倒しに、倒れた。


 五人目が、倒れた猪の目を深々と銅剣で貫いた。


 おいらたちは、はあ、はあ、と荒い息をもらしながら、完全に動かなくなった猪を見つめていた。


 おいらたちは確かに、この怖ろしい森の獣を倒した。


 五人がかりとはいえ、倒したのだ。アルフィ最強の男爵が兵士たちを引き連れて、やっと追い払うという獣を。


 そのことを誇りに思うよりも、疲労感がおいらたちを包んでいたけど。


 それでも、おいらたちは、猪を倒し、猪肉を手にしたのだ。


 偶然にも猪を倒したところの近くにあった二本の木に、それぞれ頑丈なロープが結ばれ、垂れ下がっていた。

 きっと、あのお方が使ったものにちがいない。これを利用しよう、と。

 そんな幸運を前に、おいらたちは疲れた体に再度力を入れ、そのロープを使って、猪を吊し、血抜きをした。

 明日には、荷車を寄せて、血抜きした猪をアルフィに持ち帰るのだ、と。


 ふらふらになりながら、おいらたちはアルフィの町に戻った。


 親分や若頭など、それに先輩たちが、おいらたち五人で猪を倒したことを信じてくれなかったのは、とても悔しかったが、明日になれば分かることだと五人でうなずいた。


 そう思って、おいらたちは死んだように眠った。





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