第96話 自慢話にあきれる青年の話(2)
初めての同盟会議には、とにかく驚いた。
同盟に加盟している八氏族だけでなく、残りの四氏族からも、代表者が送り込まれている。
ただし、会議での発言権は、なし。
まあ、エレカン氏族については、賠償支払いの厳しさを訴える機会が与えられてはいたけどさ。
全てはドウラの掌の上って、感じがするぜ。
もう、大草原は統一されてるようなもんだ。
ナルカン氏族のドウラを筆頭として、セルカン氏族、テラカン氏族、マニカン氏族、そしておれたちチルカン氏族が結成当初からの氏族だ。
食料となるイモの配分や、おれたち大草原の最大の武器となる馬の配分で、他の氏族よりも優遇されている。
ゴルカン氏族とアベカン氏族は、後に加盟した氏族で、おれたちと比べると、少しだけ、分配される食料が少なかったり、差し出す口減らしの子どもが多かったりする。取り決めではあと三年で、最初から加盟しているおれたちと対等になるってことだ。
おっさんたちが自慢する戦で、屈服させられて加盟したのがヤゾカン氏族。
賠償として納める羊の数とか、口減らしの子どもの数とか、本当だったら、敗北した氏族はこうなるっていう、悲惨な状況だ。
まあ、おれたちだって、ナルカン氏族に戦いを挑んで、その時に負けた上で借りた羊はまだ返し切れてないんだから、そんなに違いはないのかもしれねえけど。
セルカン氏族、テラカン氏族、マニカン氏族も、ナルカン氏族から羊を借りてる。おれたちチルカン氏族もそうだったんだが、どの氏族も、羊や馬が逃げ出したことがある。
・・・これ、偶然なのかよ?
まあ、ゴルカン氏族やアベカン氏族は、そういうことはなかったみたいだしな。
ナルカン氏族のドウラってのがすげえって思うのは、貸している羊は、実際には返させていないってところだと思うな。
最初は、何頭かの羊をおれたちに貸してくれた。
でもよ、そこから先、返そうとしたら、そのまま貸してやる、まだ羊が減ったら苦しいだろう? って持ちかけて、その通りだったもんだから、そのまま羊を借りたんだ。それで、ドウラは実際に羊は動かさずに、おれたちが借りてる羊の数だけが増えてった。
いつの間にか、元々借りた羊を返そうとしても、その数は増えてるもんだから、そんな数の羊は返せねえし、毎年、貸し手の取り分となる羊一匹分ずつ、ナルカン氏族の持ち物である羊が数だけ増えていき、おれたちの氏族の羊は、実はナルカン氏族の羊って、関係が成立してやがる。
ドウラの奴は何もしてねえ。何もしねえ。でも、毎年、うちの氏族がナルカン氏族から借りてる羊は一匹ずつ増えてく。
おっさんたちは、返さなくていいんなら、助かるぜ、なんて言ってるが・・・。
十年後に、今すぐ返せ、と言われたら、もう返せない、大きな借りだ。
ナルカン氏族に逆らえないしくみが出来上がっていく気がする。
不思議と、他の氏族の族長同士、跡継ぎ同士が、顔を合わせて話をしている。そのせいか、おれの周りにいるのは、二男坊、三男坊が多い。自然とそうなるってーのが不思議だと言いてぇ。
互いに、それが分かるのかもしれねえ。
そんで、いろいろと話してみっと、やっぱり、氏族同盟んとこじゃ、おっさんどもがあの戦いの自慢話を繰り返してるらしい。
けっ。
おれたちはただ、その戦いがあったときに、まだ戦えない世代だっただけだろ。
あいつらはたまたま、戦える世代だったって、それだけじゃねえか。
そうだそうだ、と。
・・・さすがはおれたち、将来に不安を抱えた残りもの軍団。
一度不平不満があふれ出だしたら止まんねえな。
一度、テントに引っ込んだドウラが、すっげぇ綺麗な女の人を連れて、再び現れた。
うちの妹とはちがう、別の妻かなんか、そんな感じの女か?
おれたち独身残りものに見せつけてぇのか?
そんなことを考えていたら、各氏族から、うおおっ、という雄叫びとともに、何人かのおっさんたちが駆け寄っていった。
そして、そのおっさんたちは、その、すっげぇ綺麗な女の人を囲むようにひざまずいた。
不平不満を漏らしまくってたおれたちも、そっちに注目して静かになった。
「アイラさまっっ! お久しゅうございますっっ!!」
一人のおっさんがそう叫んだことで、注目していた連中が、おれたちも含めて、一瞬でざわっと騒ぎ出した。
あれが・・・。
あれが、アイラ・・・さま・・・。
なんと、お美しい方なのか・・・。
実際にあのとき参戦したおっさんどもが、涙を流さんばかりにめろめろになってやがる。
あんな美女が、あの戦いで、騎馬軍団の総指揮を・・・?
確か・・・。
『抜剣不要! そのままの速さで、敵軍を斜めに横切るわよ! それっ! 踏みつぶせっ!』
・・・だったか?
おっさんたちから何度も聞かされた、突撃の指令・・・。
ぐむぅ。
おのれ、おっさんども・・・。
あんな・・・。
あんな美人の一声で・・・。
こんなに美しい方の命令だったら・・・。
言われてみたいっっ!
おれも、命令されてみたいっっ!
敵兵に突撃したいっっ!!
このお方の総指揮なら、おれだって戦ってみたいにきまってんだろっっっ!!
おれの周りには、おれと同じようなことを考えていそうな顔で、アイラさまの周りに集まり、ひざまずいているおっさんたちを睨む、二男坊、三男坊たちがいた。
大草原の男たちのほとんどは、女に飢えている。特に、二男坊や三男坊なら、なおさらだ。
おれたちの思いはひとつ。
いつかは、おれたちも戦に出てやる。
それも、おっさんたちみたいに、アイラさまの指揮のもとで。
ドウラが何か言って、アイラさまのことを紹介しているみてぇだけど、そんなのは誰の耳にも入っちゃいねえ。
おれたちは、いつか、アイラさまのもとで戦う日を夢見ていた。
羊の番をしている子どもたちの見守り当番だったおれは。
氏族のテントにやってきた早馬を最初に見つけた。
これは、何かあったな。
間違いなく、大事にちげぇねえ。
そういうカンが、びびっときた。
子どもたちに一声かけて、テントへ走る。
男も、女も、族長、ええっと、つまり、この前亡くなった親父の跡を継いだ兄貴が族長になったんだけど、その兄貴が早馬の急使と話しているテントの外に集まってきた。
急使が出てきて、おれたちが集まっているのに少しだけ目を見開いてから、また、急いで馬に乗ってどっかへ行った。
続いて、兄貴が出てくる。
氏族が集まっていることには、兄貴はあんまり驚かない。
全員を見渡して、兄貴は口を開いた。
「ナルカン氏族からの急報だ。スレイン王国との戦になる」
おおおっ、と一族からどよめきが起こる。
おれも思わず叫んじまった。
「各氏族、五頭、馬を出せ、という命令だ」
なにいっ?
馬を五頭、だと?
そんな、そんなことが、許されるってのか?
ざわざわと、氏族の男たちがうるさくなってくる。
氏族同盟は今、十氏族が加盟している。
今回、五十頭の騎馬軍団が構成されるってことだ。
前回の騎馬軍団よりも、規模が大きい。
今度の戦は・・・死ぬまで自慢できるにちげぇねえ。
それを、馬を五頭、だとぅ?
そんなんじゃ、たった五人しか行けねえじゃねぇかっっ!!
・・・いや待て。
慌てるな、おれ。
確認だ。
重要なことを確認するんだ。
「・・・兄貴、騎馬隊の指揮は、誰がとる?」
おれがそう声を上げると、一瞬で氏族の男たちが黙り、兄貴に注目した。
全員の心はひとつ。
全員が待つ、その人の名は・・・。
「・・・大森林のアイラさまだ」
うおおおおおおっっっ!!!
氏族の男たちは爆発した。
「おれだ、おれが行く!」
「馬鹿野郎、行くのはおれだって」
「おまえは馬に乗んのが下手じゃねえか!」
「うるせぇ、さんざんおっさんどもの話を聞かされてきたんだ! 今回は絶対に行くっっ!」
「黙れひよっこどもが! アイラさまの指揮で動くのは前の戦いも共に駆けたわしらのもんじゃ!」
「じじいは引っ込め!」
「そうだ! アイラさまの足を引っ張んじゃねえ!」
掴み合い、殴り合い、五人というせまい枠を求める男たち。
「今回は、族長のおれが出る」
「「「「「「「族長は留守番に決まってんだろうがっっ!!」」」」」」」
兄貴の出陣は一瞬で否決された。
いや、兄貴はどうでもいい。
族長がいかねえってんなら、二男のおれの出番だろ?
おれの枠はあるよな?
えっ?
そんなの関係ねぇ、だと?
おいこら、待て。
どういうこった?
前回も、族長の血筋が行ったって訳じゃない?
はっ!
前例なんか、関係あんのかよ?
セルカン氏族は族長が戦って、氏族の地位を高めたんだぞ?
「ここは、やはりおれが・・・」
「「「「「「「族長は留守番だっつったろうがっっ!!」」」」」」」
・・・やはり兄貴の出陣は即座に否決。
全員一致で即反対。これが相手を抑える秘訣。
もう既に、目の周りに青いあざができている者、鼻血を流している者、それどころか、鼻が少し曲がった者までいる。
これじゃ、戦の前に、氏族が滅んじまうかもしれねえ。
何か、解決策はないものか?
・・・そうだ。
「兄貴、馬を全部出そう」
「・・・? どういうことだ?」
兄貴がおれを見た。
殴りあっていた男たちも、掴んだ相手は離さないまま、殴る腕を止めて、おれを見た。
「だから、五頭じゃなくて、今うちの氏族にいる馬、全部出すんだよ」
「五頭じゃなくて、全部、だと?」
「それなら、ここにいる全員が、行ける」
おれは、男たちを見回した。
ごくり、と男たちが唾を飲む。
おれの言った言葉が、その意味が、男たちに伝わっていく。
「し、しかし、それでは氏族のテントの守りが・・・」
「いいか、兄貴。おれたちチルカン氏族の周りは氏族同盟の連中しかいねぇんだよ。しかも、反対側は大森林だけだ。そんな中で、おれたちの氏族のテントを襲うのは誰なんだよ?」
兄貴は黙った。そして、考え込む表情になる。
「確かにその通りだ」
「ああ、そうだ。おれたちのテントを攻める奴なんていねぇよな」
「氏族同盟ができてから、チルカン氏族のテントが攻められたことなんかねぇよ」
男たちがおれの言葉に賛同し、兄貴を見つめる。
兄貴はまだうなずかない。
「ナルカン氏族のドウラから、五頭と言われたのだ。それを・・・」
「だから、五頭は出す。それ以上に出すことで、チルカン氏族は氏族同盟での存在感を高める。兄貴は『我らは同盟への最大の助力を惜しまぬ』とでも叫べばいいんじゃねぇのか?」
「おおお、いい、それ、いいぜ」
「うおお、言ってみてぇ、それ、言ってみてぇな!」
「しびれるぜ・・・」
「こうなったら仕方ねぇ、みんな、族長の出陣も認めてやるか?」
「「「「「「おうっっ!」」」」」」
兄貴の出陣も可決された。
自分も戦に出られるとなって、ようやく兄貴もうなずいた。
チルカン氏族は全戦力をもって、大森林のアイラさまに仕える。
そう決定した。
よし。
これで。
おれもいつか。
たっぷり自慢話ができる。
ふふふ、今に見てろよ、子どもたち。
おまえらが一人前になったら、さんざんイラつかせてやるからなっ?
ちなみに、うちの兄貴は、ちょっと考えてから言葉を出す性格してんだけどよ。
さっきのセリフ、先にテラカン氏族の族長に言われちまって、ドウラの前で口をパクパクさせることになっちまったんだけど、なんか、悪ぃな、ごめん、兄貴。
おれと似たようなことを考えてた、チルカン氏族以外のいくつもの氏族が、ありったけの馬で参戦したもんだから。
騎馬軍団が予定の倍になったっていう。
・・・今から戦うスレイン王国の連中が気の毒だぜ、まったく。
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