第96話 自慢話にあきれる青年の話(1)
ああ、うるさい。
また、始まったか。
おっさんたちの自慢話は、聞いていて、腹が立つ。
馬乳酒で顔を赤くして、がははと笑いながら話す、大げさな話は、実際のところ、どこまで本当なのか、分かりゃしないっての。
そもそも、うちの氏族が、最初から氏族同盟に加わっていて、しかも、うちの妹が盟主のドウラに嫁いだっていうのに、いまいち同盟内での立場が高くないのは、おっさんどもがナルカン氏族に乗り込んで返り討ちに遭ったからだろっての!
・・・まあ、それは即ち、族長たる親父の責任ってことでもあるんだよな。
思えば、あの晩、突然、馬や羊が暴れて逃げ出してからというもの、うちの氏族はツキに見放されてるって気がする。
「偉そうに威張ってやがったエレカン氏族の連中がよう、怯えて逃げ回る姿ったらよう」
「そうそう! いやあ、馬で追い回して、踏み潰して! はは、なんか、ありゃ、すっきりしたぜ!」
「ヤゾカン氏族も、めためたにされて、泣きながら氏族同盟に加わったんだ。おれたちゃ、一番に加わった分、いい思いができるってもんよ」
「いやあ、ナルカン氏族のドウラの奴には、感謝しねえとよ」
「あいつもおれたちの協力にゃ、感謝してんだろ?」
「そうそう」
ナルカン氏族のドウラがおれたちに感謝してるだって?
そんな訳があるかっ?
おっさんどもは、何も分かっちゃいない。
これまでに、この大草原と大森林で何が起こってきたか。
そういうことを考えようと思ってない。
ナルカン氏族は、もう口減らしをしていない。
それがどんな意味を持つ?
そんなことも分からないってのかよ?
ナルカン氏族は、口減らしをしなくても、もう十分食べていけるってことだ。
おれたちに食料を分配しているにもかかわらず、だぞ?
毎年、口減らしの子どもをナルカン氏族に預けて、大森林に行かせてるうちの氏族と、どれだけの差があると思ってんだ?
なぜ、おれたちチルカン氏族と、ドウラたちナルカン氏族に、そんな差がついた?
おれたちの方が、ナルカン氏族より大森林に近いってのによっ?
大森林の連中は、なぜおれたちチルカン氏族ではなく、ナルカン氏族を選んだのか。
噂の英傑ニイムがナルカン氏族にいたことも、もちろん関係あるっちゃ、そうだろう。
それよりも重要なのは。
天才剣士ジッドのことだ。
うちの氏族は、もうおれが生まれる前のことだけど、ジッドを討とうとしたエレカン氏族の前の族長に協力してる。
ナルカン氏族は、あの時、協力しなかったという。ジッドの味方をした訳でもなかったようだが、少なくとも中立を保った。
ジッドは、大森林の中で、重要な役割を果たしているらしい。
そして、そのジッドが大森林の覇王に働きかけて、大森林とナルカン氏族がつながった。
大森林から一番近い、おれたち、チルカン氏族ではなく、だ。
そういう過去の出来事が、全部、今のおれたちにまでつながってんだ。
おっさんたちは、結局、ジッドを追い詰め、追い出したエレカン氏族の前の族長を、氏族同盟に加わって、討ち果たした。
おっさんたちは何も考えてない。
でもさ、おっさんたちのしたことを、若いおれたちから見ると。
裏切りに裏切りを重ねて、ひたすら信用を失っているようにしか見えねえんだよな。
かつては味方したエレカン氏族の前の族長。
時が経てば、そいつを追い詰めて討ち滅ぼす。
もちろん、氏族同盟に属しているから、仕方がないってのも、分かるさ。
・・・ドウラに、誰一人、エレカン氏族の族長と話し合うべきだって、言った奴がうちの氏族にはいないってのが、残念なうちの氏族の現実だ。
テラカン氏族やマニカン氏族はそういう意見を出したって話だからな。
直接、エレカン氏族から被害を受けたセルカン氏族が強硬な意見を述べるってのは分かるし、ドウラは同盟の盟主で、圧倒的な力を示すチャンスだと考えていたはずだからな。
テラカン氏族やマニカン氏族にできることができないって時点で、ナルカン氏族のドウラとうちの氏族はもう対等じゃねえんだよ。
ナルカン氏族が大森林の覇王に選ばれることは、かつてジッドに対して中立だった時点で決まっていたことだろうし、うちの氏族が大森林の覇王に選ばれなかったのも、それと同じだ。
過去の積み重ねは、現在につながる。
それを理解して、行動できないのがうちの氏族。
これを変えないと、とんでもないことになりかねない。
もはや、氏族同盟から離脱したり、ナルカン氏族と対立したりすることは許されない。
それは、うちの氏族の滅亡を意味する。
それなのに、このおっさんどもは。
平気でナルカン氏族のドウラを呼び捨てにしやがるし、ドウラがうちの氏族に感謝してるだなんて、勘違いもどこまでいけば気が済むんだよ?
「・・・いやあ、しかしよぅ、ライムさまは、やっぱり強えよなあ・・・」
「ああ、ほんとによ、あの強さは、天才剣士ジッドと互角だぜ」
「それによう、ライムさまはかわいいしよぅ・・・」
「そうそう」
かーっっっ、腹立つなーっっ!!
なんで同盟の盟主のドウラは呼び捨てで、その姉のライムは「さま」付けなんだっての?
しかも、ライムさまはかわいいしよぅ・・・だと?
おっさんがもだえてんじゃねーよっっ!
・・・いや、確かに、ライムは大森林の覇王の妻の一人だからさ、「さま」付けは必要なんだってのも分かるんだ。わかるんだけども、だ!
おっさんどもがナルカン氏族に攻め込んだとき、ずたぼろにされたのがそのライムだったって忘れてんじゃねーよ!
うちの氏族を滅亡寸前まで追い詰めた張本人だぞ、ライムってのは!
ぼこぼこにやられたくせに、その相手がかわいいだとかぬかしてんじゃねえよ!
てめーらの何倍も強-んだよ、そのライムってのは!
「まあ、あのスレイン王国との戦のあとで、ライムさまやジッドどのを打ち負かした男がいたよな」
「いたいた。あいつ、今は大森林にいるんだろ?」
「確か、名前は、チュリム」
「あいつぁ、強かったぜ」
「ああ、確かに強かったぜ」
「本当に見ごたえのある勝負だったな」
「そうそう」
チュリムじゃねーよ、トゥリムだよっっ?
おっさんども、重要な情報が何も頭に入ってやがらねえな?
ジッドやライムより強い存在ってだけで、どれだけ重要な相手か、分かんねえのかよ?
せめて名前くらいきちんと覚えとけっての!
うちの氏族を滅ぼしたいのか?
滅ぼしたいんだな?
「あの戦いで、スレイン王国の奴ら、おれは軽く百人は踏み潰したね」
「おれは百五十はやったぜ」
「おれは二百」
「そうそう」
ないね。
ありえない。
合計で四百五十も、三頭の馬で踏み潰せる人数じゃねえよ。
大げさに言うにしても、ほどがあるっての。
「あんときゃ、アイラさまの指揮、しびれたよなあ・・・」
「ああ、すげー体験だったぜ・・・」
「まったくだ・・・」
「覚えてるか? 最初はさ、『抜剣不要!』ってさ」
「おお、覚えてらあ。『踏み潰せ!』って、あの一声には、あそこがオッ立っちまったしよ」
「おう、あんときゃ、体の奥底から興奮したぜ」
「そうそう」
アイラ・・・。
大森林の覇王の、最初の妻で、大森林の軍事の長。
噂では、さっきのトゥリムってのすら、叩きのめしたらしい。
おっさんたちも、このアイラってのには、惹きつけられてるみてーだな。
・・・しっかし、品のない話も混ぜてやがる。
これだから、おっさんってのはよ・・・。
「・・・まあ、そんなこんなを全部超えちまったバケモンが、ウルの嬢ちゃんだったな」
「ああ、あれは、思い出したくないな」
「あんとき、まだ9歳? いや、10歳?」
「どっちだって変わりゃしねえよ」
「そうそう」
・・・この情報は、本当に信じられねえな。
ヤゾカン氏族とエレカン氏族の連合との戦い、それに続く、スレイン王国との戦いで、援軍の騎馬隊の中で最強だったのは、ほんの小さな女の子、ウルだったって話。
酔っぱらいのおっさんどもも、この話になったら、まるで酔いが醒めたみてえな顔してやがるし。
まあ、あんとき、参加したおっさんどもは、みんなそう言うんだから、真実なんだろうけどよ。
やっぱり、それでも信じられねえっつーか。
あり得ねえと思うぜ?
「・・・ウルの嬢ちゃんは、小さいからよぅ、確かにすげえんだが」
「ああ、分かる、分かるぜ」
「あいつだな?」
「おお、あいつだよな」
「めちゃくちゃだったぜ、ホントによ」
「おお、一人で棒持って突っ込んできたと思ったら、あっという間に二千人のスレイン王国軍をガンガンぶん殴って倒していってよ」
「敵の総大将の、なんだ? 辺境伯だっけか?」
「おお、あれを捕まえちまったんだよな」
「大森林の覇王・・・」
「オオバ、さま、か・・・」
「そうそう」
大森林の覇王、オオバ、か。
怖ろしく強えってのは、よく聞かされる。
でもよ、でもさ・・・。
なんで、二年前は五百人だった話がよ? 去年は千人になってさ? 今年は二千人になってんだけどよ?
話ぃ、ふくらましてんじゃねえよっっ!
あと、そこのおっさん!
最初っから、そうそう、しか言ってねえ、おっさん!
あんたは、何なんだよっっ? ・・・って、親父じゃねえかっっ!?
・・・あ、いや。
そう、か。
あんとき、親父は族長として、氏族のテントに残ってたんだよな。
だから、あの戦いに参戦してねえもんだし。
そうそう、としか、言えねえよな。
しかもさ、あんとき、セルカン氏族は族長のエイドが参戦したってんで、その有能さを見せつけてくれたらしいしよ?
他の族長たちはみんな、一歩出遅れちまったんだよな。
今年から、セルカン氏族も、口減らし、しないみたいだしよ。
おれたち、チルカン氏族は、完全に置いてかれてんだよ。
気づいてくれよ、おっさんども・・・。
この秋の同盟会議は、おれも連れて行ってもらえることになった。
ナルカン氏族の川沿いの定住地が会議場所だ。
別に発言権がある訳じゃねえけど、顔を覚えてもらうってのは大事だしよ。
跡継ぎは兄貴だからよ。
おれは、自分をなんとか売り込まねえと。
嫁さんもらえないとか、可能性もあるってもんだよな。
大草原の氏族たちは、どこも、族長中心主義だ。
だから、族長とその跡継ぎに全てを注ぎ込んでいく。
おれたちみたいな、もしもの場合の予備である、二男とか三男とかには、何も回ってこないってこともある。
だからこそ、あのおっさんたちが経験した、あんな話ができるくらいの、大きな戦いが。
おれたちにも回ってきてくれねえかなって、思ってんだよ。
しかし、実際のところ、大草原の氏族たちは、ナルカン氏族のドウラを中心に氏族同盟へとまとまる方向に進んでやがる。
十二氏族中、もうすでに八氏族、同盟に加盟した。
加盟してないけど、エレカン氏族は同盟への賠償問題で、完全に支配下にあるようなもんだし。
残りの三氏族は、大草原西部の氏族で、まあ、ナルカン氏族のライムを嫁に迎えて、出戻らせたって過去があるダリカン氏族が加盟しにくいってことを除けば、トリカン氏族も、ハシカン氏族も、加盟はしなくても、同盟と敵対する気はないってことだし。
少なくとも、ドウラが生きている間、それからその跡を継ぐ予定の、大森林の覇王オオバとライムの子が同盟の盟主である間は、大草原では大きな戦いが起きるようなことは、たぶん、ねえよな。
そうすっと、前んときみてえな、スレイン王国との戦いしか、ないんだけどよ。
そっちも、辺境都市と大森林の関係は密接で、戦いになりそうもないって感じ。
あーあ。
あのおっさんたちの自慢話、これからもずっと続くってことかよ?
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