かわいい女神と異世界転生したこぼれ話。

第94話 母を助けたい少年の話



 もう三日、かあさんは寝込んだまま。


 熱は、下がる気がしない。

 ずっと、おでこは熱いまま。


 どうしよう。

 どうすればいい?


 食べる物も、もうそんなにない。


 水は、なんとか井戸から汲めば手に入るけれど。


 かあさん。

 もう、死んじゃうかもしれない。


 でも、かあさんには、ぼくしかいない。

 かあさんを助けなきゃ。


 ぼくが助けるんだ。






 とりあえず、井戸から水を汲んできた。

 とても重かった。でも、これで、かあさんのおでこを布で冷やせる。


 布を濡らして、しぼって、かあさんのおでこに。

 ぼくが、かあさんにしてもらったように。


 かあさん・・・。






 それでも、熱は下がらない。

 はあ、はあ、とかあさんの息はとても苦しそうだ。


 おでこを冷やしているだけじゃだめだ。


 ・・・いいかい、しっかり食べないと、病気になるんだからね・・・。


 かあさんは、そう言ってた。


 何か、何か、かあさんに食べさせないと・・・。


 でも、麦をひく石うすは、ぼくじゃ動かせないし。

 肉を買いたいと思っても、銅貨1枚、もっていない。


 ぼくは家中、探し回った。


 かまどの灰の中も。

 寝台の下も。


 本当に隅から隅まで探した。


 でも、うちには、もう、何もない。


 とうさんは、何年か前、ぼくがまだ小さかった頃の戦いで死んだと聞いた。


 ぼくは小さかったから、よく覚えていない。


 でも、とうさんは大きかった、と思う。


 そのとうさんは、もういない。


 これで、かあさんまでいなくなってしまったら・・・。


 ぼくは、首からひもでつるして肌身離さずもっている、お守り袋を強く握りしめた。


 かあさんが、このお守り袋は、必ずぼくを守ってくれると言っていた。


 ・・・どうか、ぼくじゃなくて!


 かあさんを守ってよっ!






 気づけば、ぼくは泣いていた。

 涙が、止まらなかった。


 ぼくは、何もできない。

 ぼくは、役に立たない。


 ぼくでは、かあさんを助けられない・・・。


 強く、強く、お守り袋を握り込む。


 あれ、と思った。

 お守り袋は、なんだかとても硬かった。


 ぼくは、お守り袋を開けた。


 中には、1枚の銅貨が入っていた。


 ぼくは家を飛び出し、肉屋のおじさんのところへ走った。


 途中、何度も転んだ。

 転ぶたびに、手の中の銅貨を確かめた。


 落としたりしては大変だ。


 かあさんに、肉を食べさせて、元気になってもらわないと!


 肉屋は中央広場の向こう。


 一人で行くのは初めてだ。

 でも、きっとたどり着ける。


 かあさんと何度も歩いた道だから。


 かあさん、待っててね。






「おじさん!!」

「おう、いらっしゃい、ボウズ。子ども一人っちゃ、珍しいな。どうした?」

「お肉をちょうだい! かあさんに食べさせなきゃ!」

「ん? ボウズ、おまえのかあさんはどうしたんだ?」

「かあさんは病気。だから、しっかり食べないと!」

「そうか、ちょっと待ってろよ。ええっと、病人でも食べやすい肉なら・・・これか」

「ありがとう、おじさん! 銅貨1枚で足りる?」

「ああ、かまわんぞ。ほれ、肉だ。ボウズ、この肉は、しっかり煮込んでだな・・・」

「じゃあ、これ」


 ぼくは肉屋のおじさんに手のひらの上の銅貨を見せて、おじさんから肉を受け取ろうとした。


 肉屋のおじさんは動きを止めた。さっきまで動いていた口も、手も、まばたきさえも。

 ぼくも止まった。


 あれ?

 買い物の仕方、間違ったかな?


 銅貨を渡せば、何かをもらえるはずなんだけど?


 おじさんが再び動き出す。


「・・・ボウズ、その銅貨、どうした?」

「えっ?」

「いや、だから、その銅貨、どこにあった?」


 ・・・まずいのかな?


 お守り袋の中の銅貨って、使うと法律に違反するのかな?


 ぼくはとっさに銅貨を握って、見えないようにした。


「えっと、おじさん、この銅貨じゃ、お肉、買えないのかな?」

「・・・ボウズの歳じゃ、知らねえか。おい、その銅貨、本当に、どこにあった? おまえのかあさんは大事なところに隠してなかったのか?」

「・・・ご、ごめんなさい」

「いや、あやまらなくていい。ボウズ、その銅貨はだな・・・」


 そこに、突然やってきた知らないおじさんが横から口をはさんだ。


「君、その手の中の銅貨を見せてはくれないか?」

「えっ?」

「もし、それが、私の探している銅貨だったのなら、別の銅貨10枚と交換してあげるよ」

「えっ? ほんとにっ?」

「待て待て! なんだ、あんたは? ボウズ、見せるなよ、絶対に、だ。あんた、どういうつもりだ? こんな小さな子に?」

「関係のない肉屋には黙っていてもらいたいな。君、どうだい、銅貨20枚と交換するよ。その手の中の銅貨を見せておくれ」


 突然現われたおじさんが、銅貨20枚とぼくの銅貨を交換したがっている。

 肉屋のおじさんはなんだか怒っている。


 ぼくには何がなんだかよく分からない。


 どうして、銅貨が突然銅貨20枚と交換できるんだろう?


 ・・・でも、それなら、たくさん肉も買えるのかな?


「えっと、おじさん?」

「うん? なら、30枚でどうだい?」


 さ、さ、30枚???

 また増えた?


「おい、いい加減にしやがれ」

「うるさいな、肉屋は肉を売っていろ」


「騒ぎを起こしてるってのは、てめえか?」


 新たなおじさんが現われた。

 今度は五、六人、いる。


 この人たちはぼくも知ってる。というか、この町で、この人たちのことを知らない人はいないと思う。

 フィナスン親分のところの人たちだ。


「シャオロンの若頭!」


 肉屋のおじさんが嬉しそうに叫んだ。


「トゥーカン。肉を売るだけなのに騒ぎを起こすな」

「いえ、こいつが・・・」

「こいつ? 見ない顔だな。よそからの旅行者か?」

「・・・私は、アルフィの神殿に参拝に来た者です。騒がせて申し訳ない。では、これで・・・」

「待て」


 フィナスン親分のところ人が、銅貨をたくさんくれるおじさんを呼び止めた。


「謝罪はしましたが、まだ何か?」


 フィナスン親分のところの人たちが、銅貨をたくさんくれるおじさんを囲んだ。


「トゥーカン、何があった?」

「いや、このボウズが、司祭さまの銅貨を持ってて・・・」

「っ! 叔父貴の銅貨だと?」

「ああ。この人が、それを銅貨30枚と交換しろって、ボウズに持ちかけてたのを止めてたのさ」

「・・・間者か。おい、捕まえて連れていけ」

「うぃっす」

「な、何をする! 私は、ランリョウ候のハバカンの町から来た・・・」

「どこから来たとか関係ねえな」

「アルフィにゃ、アルフィの掟がある」

「てめえは、触れちゃいけねえもんに触れたんだ」

「あのお方の銅貨に手を出すたあ、いい度胸だ」

「生きて帰れると思うなよ?」


 フィナスン親分のところの人たちが、なんだか怒りながら口々に何かを言って、銅貨をたくさんくれるおじさんを捕まえて、連れていった。


 ぼくの銅貨は1枚に戻った。


 肉が・・・。


「ボウズ、その銅貨、見せてくれ」


 フィナスン親分のところの人が、しゃがんで、ぼくの目を見て、そう言った。


 ちょっと、怖いってのもあったけれど、かあさんがフィナスン親分のところの人たちはいい人たちだって言ってたから。


 ぼくは銅貨を渡した。


「・・・間違いねえ・・・叔父貴の銅貨だな。ボウズ、これは、どこにあった?」

「・・・かあさんが、ぼくにくれたお守り袋の中・・・」

「そうか。それなら、使っちゃいけねえ。それはな、神様の銅貨だ。たとえ銅貨1000枚でも交換しちゃいけねえ。それで肉を買うのもダメだ」

「銅貨1000枚でも!?」

「そうだ。お小遣いなら、かあさんから別にもらうといい」

「・・・シャオロンの若頭、ボウズは、お小遣いを使おうと思ったんじゃないですよ」


 肉屋のおじさんが割り込んできた。「ボウズのかあさんは、どうやら病気のようで。ボウズが一人でここまで来たってことは、母一人、子一人じゃないかと・・・」


「病気・・・?」


 フィナスン親分のところの人は、肉屋のおじさんを見たあと、ぼくを振り返った。


「ボウズ、おまえのかあさん、病気なのか?」

「うん・・・」


 ぼくはうなずいた。


「おい、すぐにキュウエンさまに連絡しろ! それと、おまえは商会に戻って荷車の用意だ。ボウズの家まで行って、ボウズのかあさんを神殿に運ぶぞ! いいか、急げ! 叔父貴の銅貨をお守りにしてんだ! あん時の砦の仲間の誰かに決まってんだろ! すぐに助けっぞ!?」

「うぃっす!」


 そこから先は、流れるように動いた。


 ぼくが家までフィナスン親分のところの人を案内すると、そこに荷車がきて、かあさんを乗せて、神殿へ移動した。


 ぼくも一緒に神殿に連れて行かれて、おいしいパンを食べさせてもらった。


 かあさんは寝台に寝て、静かに寝息をたてていた。

 たくさんの女の人が、いろいろとしてくれて、かあさんの息はとても楽になったみたいだ。


 かあさんの言った通り、フィナスン親分のところの人たちは、みんないい人たちだった。


 ・・・ちょっと顔は怖いけど。


 神殿で、かあさんが寝ている寝台の横に座って、かあさんを見つめていたら、聖女さまがぼくのところに来てくれた。


 聖女キュウエンさまは、人を治療する魔法が使える聖女さまだ。

 びっくりするくらい、キレイな人だ。


 すんごく近くまできて、ぼくの顔をのぞきこんだ聖女さま。


 ぼくはどきどきした。

 聖女さまは、ぼくの首に、お守り袋のひもをかけてくれた。


「これは、大切にしてね。あなたがこのお守りの中の銅貨をもっている限り、神殿は必ずあなたを助けます。これは、そういうお守りなの。いいかしら?」

「は、はいっ」


 ぼくはあわてて返事をした。


 聖女さまはぼくの頭を優しくなでてくださった。


 ぼくはかあさんのとなりで女神さまに祈る。


 女神さま。

 かあさんを助けてくれてありがとう。


 そして。


 神さまの銅貨を、銅貨30枚と交換したいと思って・・・。


 ・・・本当にごめんなさい。





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