第93話 そして、女神の膝を借りた場合(2)



 イズタはスィフトゥ男爵に重用されて、少しずつ、製鉄に力を入れ始めた。


 辺境伯領は、金属革命が起こる可能性を秘めていた。


 まあ、その前に、イズタは、馬と荷車をつなぐ銅と皮のベルトを完成させて、大森林から辺境都市までの流通に革命を起こした。


 馬車輸送の実現だ。


 ただし、辺境都市から大草原までの隘路では、速度要注意ではあったのだけれど。


 フィナスン組は、馬に乗れる者が増えていたし、大森林までの道も把握している。スレイン川を渡るところだけは、苦労することになったのだが、かなりの距離で、大幅な時間短縮と労力軽減が可能になった。


 大草原から辺境都市へ馬を譲ることは認めなかったのだが、馬の存在が有用であることは、辺境伯領では広く伝わっていた。いずれ、馬が拡大していくことは止められないだろう。


 大草原で、辺境伯領以上に馬を増産するしかない。まあ、辺境伯領では、馬を食わせるコストが大草原よりもかかるはずだから、広まるまではまだまだ時間がかかるだろう。


 馬車輸送だけが流通革命ではない。


 大森林では、青銅製の工具を使い、一本の丸太から二隻のカヌーを造った。土器名人のセイハがこれは頑張った。おれが伝えたイメージを再現するように全力を尽くしたのだ。


 そうして完成したカヌーは、虹池からの小川を下り、スレイン川との合流で東に曲がって、ナルカン氏族の定住予定地までたどり着けることを証明した。


 途中、危険な動物との遭遇もあり得るが、それをうまく、時間帯をずらしてかわせば、下りの速度は馬よりも速い。荷車の目一杯よりは少ないけれど、それなりの荷物も乗せられるので、もう何隻か、増産して、水上輸送を実現させていくことに決定した。


 猛獣たちの小川への出現時間の調査では、ノイハが何人かの少年を連れて大活躍。大森林の少年たちは数年前の、おれとノイハの大冒険に憧れていたので、ノイハとの旅に大興奮だったらしい。


 さて、カヌーでの川下りは速いが、川上りはそれほどでもない。そこで上りは、川沿いを馬に引かせるという作戦が実行された。これは、イズタが開発した荷車を引っ張らせる銅と皮で造った道具が活用されている。


 馬たちからしても、荷車を引くより、カヌーの方が抵抗は小さく、軽いらしい。


 大森林とナルカン氏族との間、辺境都市とセルカン氏族との間での流通革命は、この四カ所の関係を劇的に変えていく。


 そして、ナルカン氏族とセルカン氏族の間でスレイン川を渡る時には、カヌーに積み替えるという方法が選択されたことで、この時代、この場面での、辺境都市から大森林までの輸送の高速化は、物量の増大へとつながった。


 そして、それは、辺境伯領と大森林のアコンの村が、スレイン王国の中央部や北部から、人口を奪うという成果を生んでいるのだ。


 軍事的にも、経済的にも、戦乱という大いなる無駄を顧みない、スレイン王国の完敗だろうと、おれは思う。






 現在の状況を、どう考えるべきだろうか。


 大森林とアコンの村は、完全に、おれたちの影響下にある。それは、まあ、当然だ。その一部に、虎やら熊やら鹿やら、それなりに危険な存在はいるのだけれど、今の戦力なら、特に問題は感じない。


 大草原では、ナルカン氏族と密接な関係を築き、そのナルカン氏族は、氏族同盟を拡大させつつ、その頂点に立っている。

 ドウラの双子の姉はおれの妻であり、その子のユウラは次期族長だ。

 ナルカン氏族が氏族同盟に対する影響力として握っている食糧の大半は大森林からのもの。

 氏族同盟は、大森林のアコンの村なしでは、その影響力を保てないだろう。


 そして、辺境都市と、辺境伯領については、女神への信仰での大きな影響力を発揮している。

 アルフィの神殿はキュウエンが聖女として治め、辺境都市だけでなく、辺境伯領から、さらにその先まで影響力を持ちつつある。

 神聖魔法での治療を望む多くの人がアルフィをめざし、訪れる。

 そのキュウエンは妊娠中で、いずれ産まれるその子は、男爵の跡を継ぐキュウエンのさらに跡を継ぐ。

 また、アルフィの顔役であり、貨幣発行を独占しているフィナスンとその一味が、おれとの密接な協力関係を保っている。


 しかも、カスタでは后の一人であるクマラが神格化されつつある。豊穣の女神とか、豊漁の女神とか、そんな風に言われてたりする。漁に関しては、クマラは何もしていないにもかかわらず、だ。びっくりするよな。

 ま、農業関係は、確かにクマラがそういうスキルをもっているってこともあるけれど、ね。それに、カスタの町では一番影響力の強いナフティという網元が完全におれとの関係を重んじている。






「・・・スグルは、かなり広い範囲の覇王となったと、言えるはずですが」


「正直なところ、確かにそういう影響力はあると思うんだけれど、そういう範囲全体の覇王だって言われても、王国を支配して政治を行っているって、そういう感じはほとんどないからなあ」


「実質的には王である、というのは、納得できませんか?」


「納得するとか、しないとかじゃなくて。まあ、複雑な思いがあるんだよな」


「・・・まだ、エイムとのことを割り切れていないのでしょうか?」


「・・・ん、どうだろ」


 あれは、あれで。


 おれ自身が、自分の男としての役割を果たさなければならなかったのだと、考えるしかない。


「あれも、覇王の役目かと、考えます」


「そうなんだろうね」


 うん。


 分かっている。






 トゥリムがおれに仕えるのだ、と移住してきて、トゥリムの年齢から考えて、適齢期で独身のエイムと結婚させようとしたのだけれど。


「オオバの命令には従いますが、ひとつ、条件を認めてほしいと思います」


 そう言ったエイムは、おれとの夜伽を望んだ。


 命令で結婚させるってことにも、トゥリムと結婚する前におれとの関係を持つことにも、本当は違和感を抱いていた。でも、それは、前世を基準とするものだということも分かっていた。


 しかも、エイムの政治力はおれなんかより、はるかに上だった。


 アイラはもちろん、クマラ、ケーナ、さらにはドウラやライム、ジッド、ノイハなど、おれの周囲のみんなを巻込み、さらには味方につけて、トゥリムとの結婚の条件として、おれとの十日間の夜伽を要求した。


 なんで、アイラたちがそれを後押しするのかは、分かるようで、分からないのだけれど。


 まあ、結局、おれはエイムの要求を受け入れて・・・。


 そして、エイムはトゥリムと結婚したのだけれど、エイムが妊娠した第一子は実際にはおれとの間の子だと、分かっている。

 なんか、トゥリムもそのことを別に気にしていないし、おれに命じられて結婚するのは、エイムにも、トゥリムにも当然、という感覚があるらしい。


 おれも、こっちの感覚に慣れていこうとするしかない。






 ジッドの娘のスーラとは婚約済みだし、アイラは妹のシエラの嫁入りをおれに認めさせた。


 おれの養女の扱いとなっているジルとウル、おれの后にあたるアイラ、ケーナ、クマラ、それから事実婚状態のクレア。そして婚約者のスーラとシエラ。


 アコンの木を七本使って造られた「後宮」と呼ばれる範囲で、おれはこの八人と、さらには産まれた娘たち、サクラ、アオイ、ユキネと一緒に暮らしている。


 これ、幸せだと答えないと、おかしいと思う。今さらだけれど。


 きっと、この先も、多くの妻と、多くの子に囲まれて、生きていくのだろうと思う。






 ま、アコンの村で一緒に暮らしていたジッドの子のムッドとヨルが婚約した時や、エイムの弟であるバイズとトトザとマーナの娘でケーナの妹であるラーナが婚約した時は、正直、ほっとした。


 これから先、いろいろな夫婦が村にはできていく。


 移住ではなく、生命の誕生という人口の増加が、数年後には起こる。ベビーラッシュがおそらく始まるだろう。


 アコンの村は、きっと、今以上に発展していくと思う。






「なあ、セントラエス」


「なんでしょう、スグル」


「おれの転生って、成功だったのかな?」


「さあ。そんなことは、気にしなくてもよいのでは?」


 セントラエスは、おれの頭を膝で受け止めて、おれの髪をそっとなでている。


 女神の膝枕だ。


「私が見てきた、これまでのスグルの生き方は、とても楽しそうだった、そう思います」


「そっかな?」


「そうですとも」


「そうか・・・」


 いつも優しい、おれの守護神。


 とりあえず、今夜は深く考えることをやめて、おれは女神の膝でゆっくりと目を閉じた。


 それは幸せな膝枕だった。


 こんなかわいい女神の膝枕で休めるなんて考えてもみなかった。





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