第92話 なぜか女神に否定された場合(3)
さて、乗馬番付では、クレア以下がトゥリムだという、驚きの結果になった。フィナスンの手下たちは、いずれもクレアよりも上手に乗りこなしている。
どうやらトゥリムは、馬を怖ろしい動物だと認識しているらしい。辺境伯軍を追い詰めた騎馬隊のことを怖れていたことと関係があるのは間違いない。
だから、馬をなんとか、従わせよう、従わせようと力んでいるみたいだ。
同じ場面を見ているはずなのに、フィナスンの手下たちは、トゥリムとは違った。きっと、苦しい戦いを救ってくれた強い味方だ、という感じて受け止めているのだろう。
トゥリムは、フィナスンの手下の一人に、「強い相手には従うものだ。それを、従わせようとするから、うまく乗れないのではないか」などと言われていた。
それを聞いていたフィナスンの手下たちが、全員力強くうなずいていたので、こいつらから見たらフィナスンってよっぽど怖いんだろうな、と。
手下に怖れられてるなんて、親分としては必要だろうけれど、フィナスンの奴も可哀想にな、などと思い、おれはフィナスンに同情したのだった。
そんな話を夜にセントラエスやクレアとしたのだが・・・。
「おそらく、ちがうと思います・・・」
「たぶん、フィナスンじゃないわ、それ・・・」
セントラエスにも、クレアにも、否定されたのだけれど、どうしてだろうか?
分からん。
謎だ。
リイムが川沿いを進む中で、きょろきょろと首を振っていたので、「そんなに肉が食いたいのか」と声をかけたら、「村のみんなにも食べてもらいたいの」と返された。
からかおうと思ってごめんなさい。
それを聞いたクレアがフィナスンの手下たちに通訳すると、いつの間にか全員で水浴びするバッファローを探しながら進むようになっていた。
残念ながら、帰路ではバッファローと遭遇せず。
もし、バッファローではなく、サイとかゾウとかの方と遭遇してたら、こいつらどうしただろうか、と。あまりにもでかいあのサイズの軍団を目にしても、それが肉に見えるのかどうか。
いつか、猛獣地帯に行かせてみよう。
村に戻ってから、おれの袋に残っていたバッファロー肉をほんの少しずつに分けて、みんなで一切れだけ焼いて食べたのだけれど、それが、ノイハとリイムのバッファロー家畜化計画を促進することになるのはまた別のお話。
虹池に到着して、馬の群れに囲まれた時、やっぱりトゥリムが怖がっていると判明した。
フィナスンの手下たちは、強い味方だと思って、丁寧に接しながらも、なんとか仲良くしようとしていたのに対して、おそるおそる手を伸ばすトゥリムは、馬たちの方からも避けられていた。
トゥリムは一人で辺境都市に行かせられないな、これは。
エイムがそんなトゥリムをちょっと見つめて、ため息をついていた。
そのことについては、別で説明したい。
いろいろと、複雑な事情もあるのだ。
さて、イチたちの群れは、もはや八十頭近い、大勢力となっている。
他の猛獣に襲われるようなこともなく、この辺には草がたくさん生えているのでエサに困ることもない。
虹池周辺をとても気に入っているようで、ここまで連れてきたおれに対して、ものすごく懐いている。特にイチが。
大森林のおれたちとは友好的な関係にあり、おれがイチの群れからナルカン氏族のために何頭か引き抜いても、特に問題は発生しない。馬たちは、群れから引き離されるのだけれど、素直に受け入れる。
もちろん、ナルカン氏族には、馬たちを大切にするように頼んでいる。ま、ナルカン氏族に連れていった牡馬が嬉しそうに見えたのは、イチの群れでは牡馬がなかなか満たされることがないからかもしれないと考えている。
クレアは、乗馬は下手だが、馬とはとても仲良くやっている。やっぱり騎乗される者同士、通じ合うものがあるのかもしれない。
「・・・何か言った?」
「いや、別に」
なんで分かるんだろう?
虹池からは徒歩でアコンの村に向かう。
帰りも三日かかる。
今度は、トゥリムよりも、フィナスンの手下たちが、森を怖れていた。フィナスン組は、辺境都市周辺の森の怖ろしさを知っている。
辺境都市では、住民が森に近づくことはまれで、フィナスンの手下たちも、おれやフィナスンと一緒でなければ森に行くことはない。
だから、フィナスンの手下たちにとって、森は怖ろしいところだという思いが強い。
トゥリムは、まあ、フィナスンの手下たちよりもレベルは高いし、そもそも、それほど森を怖れていない。
巡察使という密偵として、森は、誰にも気づかれずに移動できる、隠れやすい場所だから、慣れているらしい。
本当に、いろいろなパターンで、人は自分の生きてきた環境の影響を受けるものだな、と思った。
もちろん、大森林の「樹海」としての怖ろしさも、伝わったのだろうと思う。
迷いかけたフィナスンの手下に声をかけて呼び戻した、という場面は何度もあった。ちょっとよそ見をしていただけで、仲間を見失ってしまうようだ。
足元を確認するため、うつむきながら歩いていることも原因かもしれない。
もしもおれのスクリーンと鳥瞰図がなかったら、彼らを助けられないという可能性もあった。大森林では、油断大敵だ。
これは、辺境都市からの隊商は虹池までで、森の奥まで入らせないという方針で、交易をした方がいいのかもしれない。
早めに、虹池に分村するか、当番を置いて交代で住むか、そういう対策も考えていきたい。
もちろん、最終的には「道路建設」も考えたい。その場合、アコンの村にも外壁を造ることになるのかもしれない。
アコンの村に着いた時、アイラやケーナがトゥリムたちを出迎えてくれた。
セントラエスの分身との通信で、アイラやクマラには、現代日本並みに情報が伝わる。
守護神の分身をケータイ代わりに使っているのもどうかと思うが、便利なのでやめられない。
まあ、この通信のおかげで、辺境伯軍を崩壊させられたのだから、今後も使わせていただきたいと思う。
トゥリムも、フィナスンの手下たちも、全員が全員、大きく口を開いたまま、アコンの木を見上げていた。
こんなに大きな木を見るのは、初めてだったに違いない。
イケメンのトゥリムの間抜け面は、おれとしては満足のできる表情だった。
「ようこそ、アコンの村へ」
おれは、努めて穏やかに、短く告げた。
新しいメンバーとの生活が、また、始まる。
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