第92話 なぜか女神に否定された場合(2)
ナルカン氏族での滞在四日目、朝、スクリーンを確認すると、待っていた光点が近づいていたので、確実に辿り着けるよう、おれが出迎えに行った。
危険はそれほどないと分かっている。
なぜなら、この一行にはセントラエスの分身が一柱、見守っているから。
すごい神様だよな、ホント。
上級神となった今、最初の駄女神的な感じはない・・・とも言い切れないかもしれない・・・どうだろうか・・・ナルカン氏族のテントについた日、ダメダメだった気がしないでもない・・・。
トゥリムが近づいてくる存在に警戒し、手下たちも身構えたが、それがおれだと分かると、まとめて駆け寄ってきた。
こらこら、お連れした客人を放り出すな、まったく。
「トゥリム。セルカン氏族の方もいる。慌てるな」
「・・・っと、そうだった、すまない。ここに来てくれたということは、もう近いのか?」
「ナルカン氏族のテントには今日中につく位置だな」
「そうか。迎えに来てくれて助かった、オーバ殿」
「それで、セルカン氏族は・・・」
そう思って振り返ると、知っている顔がいた。
族長のエイドだった。
「・・・族長が連れてきたのか」
「族長だと問題が?」
「いや、ない。ただ、本気度が高いなと思っただけだ」
ナルカン氏族に嫁入りする少女を族長が連れてくるとは思わなかった。チルカン氏族がドウラに嫁入りさせた時も、族長が連れてきたとは聞いていない。ナルカン氏族が嫁に出す時も、ドウラが出向くようなことはない。
有能なのか、目端が利くのか、それとも・・・。
今回、辺境都市絡みで二つの氏族と争ってひどい目に遭ったのがセルカン氏族なのだが、すぐに立て直しそうだ。そもそも、チルカン氏族が同じ目にあったら、全滅していたかもしれない。
エイドが笑顔でおれに近づくのを見て、おれは内心、警戒を強めた。
ドウラの二人目の嫁取りが終わり、セルカン氏族とナルカン氏族は改めて姻戚関係をつないだ。
幼女婚であることには突っ込みたいが、ドウラはおれの忠告を聞いて、以前に嫁入りしたチルカン氏族の少女も、成長するまで手出しはしなかった、らしい。今回も3~4年は、我慢するだろう、たぶん。
エイドは今回の嫁取りにおれが立ち合ったことを強調して話していた。
これが政治力ってものなのかもしれない。チルカン氏族よりも後から嫁入りさせたが、セルカン氏族の方がいい形で嫁入りできた、とでも言いたいのだろう。
そう考えると、死んだニイムと族長のドウラが、早くからおれとライムの子のユウラを次の族長にすると決めたことは、大きな意味があるのかもしれない。
どこかの氏族から嫁入りした娘が産んだ子ではなく、大森林とのつながりで後継ぎを考えることは、嫁入りさせた氏族のどれかを優遇しなくてもいい、という点で重要だ。
まあ、ユウラには必要な力をつけさせないといけない、ということは忘れてはならないのだけれど。
あと、ナルカン氏族のテントにたくさん馬がいたことをエイドがうらやましいと連呼していたのはドウラも苦笑いをしていた。
ドウラにしてみれば、あの馬のうち、たった三頭だけが、おれから譲られてここに残る馬なのだ。
ライムが乗る牡馬一頭と、繁殖用の牝馬が二頭。それ以外は、おれ、クレア、リイム、エイムと、トゥリムたちが乗るために連れてきた。
エイドのアピールに苦笑いで返し、産まれた子馬を譲る約束をしないドウラ。
頑張れ、族長!
それを横から見ながら、トゥリムやフィナスンの手下たちが、おっかなびっくりで乗馬訓練をしている様子を見守る。
馬に乗るだけなら、大草原の氏族では、子どもたちでもやっている。
いや、子どもの頃からやっているからこそ、普通にできるのか。乗馬スキルでなくても、普通に乗れてしまうのだから、レベル的にはもったいないのかもしれない。
落馬で怪我をしたフィナスンの手下に神聖魔法をかけてやりながら、ぼんやりとそんなことも考えていた。
トゥリムたちと合流して三日目、馬を分けてもらえず、残念そうに帰っていったエイドとセルカン氏族の使者たちをみんなで見送った。
これで、ナルカン氏族には馬がたくさんあると勘違いするだろう。
以前なら、その情報を得て、馬を奪いにくる、ということも考えられたのだが、今では、馬とはその氏族の戦力そのものである、という考えが成り立つ。
ナルカン氏族に手出しをすれば、馬の群れに蹂躙されるのは、手出しをした方である。
まあ、エイドに確認されたので、将来的には、馬を譲ってもらえると、エイドも分かっているにちがいない。
それでも、なんとか自分の氏族を優位に立たせたいのだろう。
おれとドウラとしては、ナルカン氏族以外の四氏族には同数の馬を渡さなければならないと考えているので、そこを変えるつもりはない。その結果のドウラの苦笑いなのだ。
ちなみに、冬の前の、氏族同盟での食糧分配会議では、チルカン氏族とセルカン氏族以外のふたつの氏族もドウラへの嫁入りを望んだのだ。次の春にはドウラの嫁は倍増するのだが、それはまた別のお話。
この世はハーレムばかりなり。
乗馬練習は五日間ぐらい必要だったが、トゥリムたちもクレア並みに馬に乗れるようになったので、ナルカン氏族のテントを出発した。
氏族同盟で分配するこの冬の分のネアコンイモと、ナルカン氏族用の古米はドウラに渡してある。ついでに、不人気だけれど、トマトも渡した。
ドウラの微妙な表情は忘れない。ライムが大森林でのトマトソースリゾットの作り方を覚えたので、ひょっとすると、トマトの運命も変わるかも・・・という希望を忘れないでおきたい。
成長著しいドウラは氏族同盟をうまくコントロールできるだろう。
今回の一件で、大森林とのつながりの重要性は示せたし、その上でおれとライムが結ばれているという事実は大きい。それに、大森林からの食糧を握っていることも大きい。
食糧の分配は氏族の人数を基準に考える。そのせいで、人数を偽る族長もいるようなのだが、氏族の中の人数で大森林に差し出す口減らしの子どもの数も決めているので、偽ってばかりだと、人口が増えない。
もちろん、最大の発言権は、食糧を握るドウラにある。
だからといって、横暴なマネはできないのだが、そのへんはドウラもうまくやっているらしい。今年は、どの氏族、来年はどの氏族で、などという感じで。
それに、今回の戦いで敗れたヤゾカン氏族が、氏族同盟に加わりたいと申し入れているらしい。
これは氏族同盟の拡大にもつながるが、敵対して苦しめられたセルカン氏族の立場も考えなければならない。
あと、最初から加盟していた氏族と、後から加盟した氏族との差をどうするか、それはいつぐらいまで差をつけるのか、そういうことも意識しないといけない。
まあ、加盟を認めるのは来年以降で、氏族同盟に賠償として支払わせる羊を何匹にして、そのうち何匹をセルカン氏族に回すのか、という話になるだろう。
ドウラはユウラを抱いて、おれたちを見送ってくれた。
ライムではなく、ドウラが抱いて見送ることに、そういう小さなことにも意味があるのだということに、おれもドウラも、少しずつ気づけるようになってきたのかもしれない。
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