第92話 なぜか女神に否定された場合(1)
およそ半年ぶりに戻ったアコンの村は、夏の終わりが近づいていた。そうはいってもまだまだ熱いのが亜熱帯の気候ではあるのだけれど。
黄金のように輝く稲穂の実りが、今年も食べ物に困らないと感じさせてくれる。稲刈り作業はケーナの指示の下、妊娠中のクマラとサーラ以外、総出で働いている。クレアが駆け出し、手伝いを始めると、あちこちから、おかえり、という声がかかる。
思えば、クレアもうちの村によく馴染んだものだ。
おれも手伝おうとしたら、ケーナに追い払われた。
どうやら早くクマラのところに行け、ということらしい。妊婦を放っておいて、半年近くも他国で戦っていたのだ。いくら、おれが強いと信じていても、心配はする。長いこと、心配させた妻に会うのが先、という理屈で、クマラのところへ。
それで、クマラのところに来てみたら・・・。
「なんで、アコンの村に?」
「・・・アイラに、一度来てみればいいって、誘われたから」
ライムが、クマラの隣に座っていた。
クマラも笑う。
「ライムには一度会ってみたかったの。私は、今、外に出られないから、来てくれてよかったと思う。オーバは、ライムが村に来るのは気になるの?」
「いや、びっくりしただけで・・・」
あれ?
「・・・クマラ、草原遊牧民族語が、話せてるな?」
「その方が、ライムと話せるから・・・」
声は相変わらず小さいのだけれど。
いつも、自分の意志にまっすぐ進むクマラ。そして、そういう行動で、言語まで身に付けてしまうクマラ。
うちの村って、すごい人材がいるよな・・・。
「クマラと話せて私も嬉しかった。それにアコンの村に来て、リイムやリイズも、他の子たちも元気だって分かったし、あの子をいずれここに連れてくることも考えたら、アイラの言う通り、一度ここまで来るべきだと思ったの」
「そうか。で、どう? アコンの村は?」
「氏族のテントと、いろいろと違って驚いたわ。あと、修業がすごい。神聖魔法の使い手が多いから、打ち込みが鋭くて、容赦がないの。それに・・・」
「それに?」
「食べ物でしょ」
クマラが笑いながら言う。「ライム、いつも、何回も、おかわりしてる」
「もう、クマラってば。それは言わないでって、言ったのに」
二人で楽しそうに笑い合っている。
亭主元気で留守がいい、とは、いったい、いつの時代の、どこの言葉だったのだろうか。なんか、嫁さんたちの仲がよくて、おれの方が疎外感を感じてしまうのですが・・・それは、おれの気のせいでしょうか?
大草原の東部に氏族同盟を立ち上げさせたのはおれでしたが、気が付いたら嫁さん同盟に包囲されて逃げ場がないのがおれなのではないでしょうか?
いや、別に逃げたりしないけれどね・・・。
ライムとクマラと三人で話しながら、クマラのお腹をそっとなでる。
そうしておれが触れると、クマラが微笑む。
こういう時間を幸せな時間だと思う。
ああ、帰ってきたんだな、と。
今、実感した。
いつの間にか、転生先のこの場所が、おれの居場所になっていた。
ここが、このアコンの村が、おれの転生先で本当によかった。
「・・・オーバ、クレアとはどうなったの?」
「そう、それ! クレアとずっと一緒だったのよね?」
あ~、そういう話からも、逃げられないんだよなあ。
嫁さんたちとの間で、修羅場になったりしないのはいいのだけれど、仲が良すぎて、どう対処すればいいのか、困るってことが多い。
こっちの感覚だと、おれに対する独占欲というより、おれを共有するべきだという、嫁さんたちの感覚があるように思う。
アイラなんて、最近、妹のシエラもオーバに嫁入りさせるわよ、なんて言い出したくらいだ。
うまく言えない。うまく言えないんだけれど。
おれって、実は、種馬みたいな扱いに近いんじゃないのだろうか・・・。
より強い子を産むために、より強い男の種を!
・・・みたいな感じで。
いや、もちろん、愛という概念や感覚も、存在はしているという実感はある。実感はあるんだけれど、それと同時に、生き抜くことが難しい環境における、種族保存の本能みたいな?
異世界に女神と共に、種馬として転生しました、みたいな。
深く考えないでおこうか。
うん、そうしよう。
全ては心の平穏のために。
結局、ライムは十日ほど滞在してから帰った。
まあ、帰ったというより、おれと一緒にナルカン氏族のテントに向かった。
そうでないと、ライム一人じゃ、森から出られないしね。
正確にはおれと二人という訳ではなく、クレアも同行しているし、リイムとエイムも今回は一緒。二人にとっては里帰りだ。クレアに乗せてもらって飛ぶのでなければ、誰でも同行は可能だ。
歩いて移動すると、アコンの村から虹池まで三日はかかる。ライムは長駆のスキルを持たないので、無理に走らせることもない。
ライムには、絶対に秘密だという約束で、アコンの村までの道を教えた。まあ、いつかはその秘密も漏れるだろうけれど・・・。
いつまでも隠し通せるものでもないし、これから交易を本格化させるのであれば、どうせ知られていくことだ。軍事的な面では、個人の武という圧倒的な戦力差でカバーするしかないのかもしれない。
かつて、ジルやウルと森の中を移動していたときのように、木の上に寝泊まりするようなことはしない。
おれたちが歩く範囲で、そこまで危険な存在はいないと今では理解している。危険な存在と考えられる虎軍団と熊軍団はこっち方面にはいないしね。
それでも一応、見張りが必要だとは思うので、見張りはセントラエスに任せておけば大丈夫という感覚で気安く頼んでいる。セントラエスは、はい、任せてください、と優しく言ってくれる。
森を抜けたら虹池だ。虹池からは、イチに頼んで、必要な分だけ、馬を連れていく。ナルカン氏族に引き取ってもらう馬たちも決めて、さらにそれより多めに馬を連れていく。
ライムやリイムが色川石を持ち帰ろうとしたが、やめさせた。今後の交易で、色川石をどうするべきかも考えなければならないだろう。
辺境都市でも価値が出るなら、虹池からの小川をどうにかして守らないと・・・。
ナルカン氏族のテントまで、馬なら二日だ。テントの場所さえ分かれば、だけれど。ちなみに、今回は乗馬が苦手なクレアがいるので、三日かかる予定。大森林も広いが、大草原はもっと広い。
ライムにはテントの場所が分かるし、おれには鳥瞰図があるから、目的地を見つけるという意味では問題はない。
虹池からの小川を下り、一泊する前に、バッファローの群れの水浴びに遭遇した。そこでバッファローを一頭、ぶちのめしてしとめ、小竜鳥を警戒しながら、解体した。
他のバッファローは散り散りに逃げていきましたよ、はい。あと、ここの小川までは小竜鳥も来ないみたいで助かった。
ライムも、リイムも、エイムも、バッファローの肉が美味しいと驚いていた。
食いしん坊のクレアは言うまでもない。
結果として、バッファロー家畜化計画がノイハとリイムの夫婦によって主導的に進行していくことになるが、それはまた別のお話。
ナルカン氏族のテントにつくと、ドウラがおれとライムの子のユウラを連れて、待っていた。
おれはユウラを抱き上げて、なでる。すぐにライムに預けたが、そのあと、リイム、エイム、クレアにも抱かれて、にっこり笑っていた。まさか、こいつも将来はたくさん嫁取りするのだろうか・・・。
なぜか、実体化した高学年セントラエスが最後にユウラを抱いていたのだが、おれはもうそのことについてはスルーすることにした。
クレアも何も言わない、というか、最近、クレアはセントラエスとケンカしない。なんでだ?
ドウラが何か言いたそうにしていたが、眼力で黙らせた。
そこにいる小さいのは、おれの嫁さんではない。守護神なのだ。
それから、主に、ドウラの嫁取りの話を中心に、この冬用の食糧の確認と、今後の方針などを男二人とエイムで話し合った。
その場で、ガイズが死んだことと、ナイズが辺境都市にいることを伝えた。
ドウラはそうか、とつぶやいてエイムを少しだけ見つめたが、エイムが、あの二人はもう他人、とはっきり言ったので、それ以上は何も言わなかった。
ナルカン氏族のテントに滞在している間、日替わりでライムとクレアが夜伽を務めてくれた。まあ、おれはどこでも幸せだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます