第91話 女神が冷たい一言であしらう場合(2)
フェイタン男爵からの使者がやってきて、スィフトゥ男爵が面会した。
なんと、辺境伯を捕えて幽閉したという。下剋上だ。
まだ10歳の弟君を新たな辺境伯として、ユゥリン男爵がその教育を担当するとともに、執政を補佐するという。幽閉した辺境伯はフェイタン男爵が厳重に預かるらしい。
下剋上というか、クーデターか。
スィフトゥ男爵にも辺境伯の代替わりについて同意を求めてきたという。そういう政治的なことをおれに相談にくるなよ。
「どうしたものか・・・」
「理由は?」
「女神への不遜が最大の理由ということらしい」
「ああ・・・」
女神に誓った講和条件を破り、アルフィを再度攻めようとした辺境伯。その結果、天からの轟雷によって辺境伯軍は潰走した。
あれが原因だというのであれば、あのお堅いユゥリン男爵が協力したのもうなずける。
「幽閉じゃなくて殺せって答えれば?」
「・・・そうしよう」
マジか! 冗談だったのに!
男爵、よっぽどあの辺境伯に腹を立ててたんだな!
後ほど、さすがに殺せないが、身の回りの世話をする者もなく、孤独の中に閉じ込めておく、という返事が届いたらしい。
これで、辺境伯の力を抑える、というのはやり過ぎくらいに達成できたのだが・・・。
まあ、三人の男爵は、中央の内乱には関わらないという立場を明確に打ち出しているので、別にいいとしよう。
だいたい、スレイン王国にやってきてからの、いろいろなことのケリはついた。
もうすぐ大草原でも夏が終わり、短い秋になる頃だ。
そろそろ、大森林に帰ろう。
という話をしていると。
「一緒に、行かせてくれ」
巡察使トゥリムがそう言った。そういえば、おれに仕えるように巫女長のハナさんから言われているのだったか。
おれとクレアは顔を見合わせた。
「連れて行くの、オーバ?」
クレアが竜語で話す。
「連れて行くって、言ってもなあ・・・」
おれも、竜語で答える。
キュウエンとトゥリムは首をかしげている。この二人には竜語は分からない。
「背中に、乗せる?」
「いや、それはないな、ない」
「じゃあ、歩いて帰るってことになるわ」
「・・・嫌だって、それは。なんのために、クレアと一緒にここまで来たんだよ?」
「・・・それって、私は便利な背中ってこと? なんか、私に失礼じゃない? この前だって、突然王都に連れてけって言って、途中でカスタにも寄れって、しかも今だ、咆えろとか、命令して・・・オーバにとって私って何? ただの便利な乗り物なの?」
「そんなことは言ってないだろ」
「じゃあ、何よ?」
「・・・クレアのことは、とても大切な友人だと、思ってるから」
「友人・・・」
クレアの目が不審そうに細められる。
「なんだよ?」
「恋人じゃないの?」
「こっ? なんで?」
「むぅ・・・これだけの期間、夫婦のふりして、一緒に過ごして、何も思わないの?」
「何もって、何を?」
「私はオーバが好きなの!」
びっくりした。
いや、それは、その、なんとなく、そうではないかな、と分かってはいたのだけれど。
まさか、クレアがはっきりそう言うとは思わなかったというか、なんというか。
おかしい。大森林に戻るって話から、なんでこの流れに?
「すまないが、夫婦だけに分かる会話ではなく、こっちにも分かるように頼む」
「私からもお願いします、オーバさま、クレア」
トゥリムとキュウエンから、同じ要求がきた。
ナイスだトゥリムたち。
これで話の流れを変えなければ。
「ああ、すまない。クレアが、帰りは二人っきりがいいってさ」
「なっ・・・」
「まあ・・・仲がよろしいことですね」
トゥリムは絶句したのだが、キュウエンはにこやかに笑っている。「本当は、私も連れて帰って頂きたいのですが」
「えっ? キュウエンも?」
驚いたのはクレアだ。いや、おれも驚いたけれど。
キュウエン、何を言うつもりなんだ?
「はい。でも、ここの神殿を守る者が必要でしょう?」
「そ、そうよね」
「ですから、安心してください、クレア。私はここで、神殿を守ります。でも、クレアも、オーバさまも、また、会いに来てくださるのでしょう?」
「も、もちろん!」
「それなら、ここを守って、ここでオーバさまの再来をお待ちいたします。そのときには、私にも、ぜひお情けをかけてくださいますよう」
「キュウエン・・・」
クレアが仲間を見つけたようにキュウエンを見つめる。
お情けって・・・あれ、だよな?
えっと、まさか、ここでも?
「大草原の守備陣でお会いした、アイラさまやライムさま、皆様方、オーバさまの妻なのでしょう? 私もその一人になりたいと申し上げております。私、キュウエンは、女神さまとオーバさまに、生涯お仕えする覚悟ですから」
まっすぐにおれを見つめて、キュウエンは微笑んだ。「ライムさまは大森林の村には住んでらっしゃらず、大草原の氏族の方とか? オーバさまとの間に生まれたお子は、その氏族の後継ぎとなることに決まっているとお聞きしました。私も、この男爵領の一人娘。いつか、オーバさまとの間に生まれた子がアルフィとカスタを治めるようになればよいと、お父様ともそう話しております」
おれの妻子情報がダダ漏れだよ?
あれだけ勘違いを連発していたクセに、なんでこういう情報は極めて正確なんだよ?
そして、どうしておれとの子をほしがるんだよ?
しかも、男爵まで!
「今夜は、久しぶりにお父様の屋敷へ戻って休みます。トゥリム殿も、お父様と面会する機会を作っていただきたいのでご一緒に。オーバさま、今夜の神殿はクレアと二人きりです。どうか男らしくあっていただきたいものです。そして、この次にいらしたときは、私の番ですから」
おれが何も言えずに口をぱくぱくさせている横で、クレアが真っ赤になっていた。
珍しく、セントラエスからは何もなかった。
黙認・・・なのか・・・まさか・・・。
まあ、おれとクレアの一夜はごにょごにょだけれど、種族が違うとか、なんたらかんたらは、とりあえずおいといて。
トゥリムの一件は、フィナスンとの協議の結果、手下四人を連れて、トゥリムが大森林まで旅をするということで落ち着いた。
フィナスンが言うには、大森林までの道が分かる者を育ててほしいとのこと。確かに重要なことだと思う。アコンの村の防衛上は教えたくないけれど、フィナスン組に対するおれの信頼度はかなり高いので、まあ、こいつらならセーフだ。
そういう訳で、木板に簡単な地図を描いて、とりあえず虹池までの道筋はトゥリムに説明しておいた。もちろん、木板は渡した。雑な地図だから、いまいち分からないとは思う。
ここでこんな獣が出るとか、ここは気をつけろとか、重要な危険地帯に関する説明を受ける度に、トゥリムの額にしわが入ったのがおもしろかった。
なんという危険なところなのか、とぶつぶつ言っていたが、来たいと言ったのはトゥリム本人なので、我慢してほしい。
実際のところ、川沿いに進み、最初の大きな川の分岐で南下して、そのまま川沿いに進むだけだから、難しいことは何もない。危険な猛獣が出ることを除けば。
荷車は何台で、とフィナスンが言い出したが、一台もいらない、安全を優先、と返答した。
手下たちがものすごい速さで何度もうなずいていた。
おれとクレアは辺境都市の東門を、いつも、森に出かけるのと同じように出た。
特に見送りなどはなく、そのまま走って、カスタを目指す。
周囲に人がいなくなると、クレアは竜の姿に戻り、おれはその背に乗る。
カスタの近くで降りて、クレアは人間の姿に化けて、カスタへ近づく。
最近、人の姿の方に慣れてきちゃって、とクレアは言いながら、おれと手をつなぐ。
以前は邪魔をしていたセントラエスが、やはり黙認している。
ちなみに、クレアもレベルアップした。人族でなくても、同じらしい。元々クレアは固有スキルの保有者だったが、二つ目の固有スキルと、もうひとつ発展スキルが増えて、レベル30となった。急にレベルアップしたクレアは驚いていたが、特に何も言わなかった。
カスタではナフティの歓待を受けて、お土産に塩の壺と味噌の壺をもらって、翌朝、町を出た。
竜に戻ったクレアの背に乗り、大空へ飛び立つ。
ひたすら、景色が後ろへと流れていった。
まるで、スレイン王国での日々があっという間だった、とでも言うように。
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