第91話 女神が冷たい一言であしらう場合(1)
とりあえず、戦後処理のひとつとして、ある意味奴隷扱いの敵兵重傷者の治療。治療はアルフィ側が担当するが、怪我が治れば強制労働一年という治療代を支払う。
その後は、元いた辺境伯の直轄地に戻ってもいいし、そのままアルフィに住んでもいい、という扱いになる。
辺境都市アルフィとしては、減ってしまった男手を確保するため、うまくやりたいところ。
そのための敵兵を神殿で預かっていたのだが、ある程度の傷は、特製の薬で治療できる。
おれとクレアがいろいろなところをうろうろしているうちに、薬での治療はキュウエンが日々、続けていた。
おれは辺境都市アルフィに戻ると、神殿にフィナスンとその手下たちを集め、キュウエンとともに、神聖魔法を身に付けるように厳命した。
まあ、要するに、重傷者の敵兵を、スキル獲得のための実験台にしたというか、練習台にしたというか、なんというか。
なんか、すいません。
死なない程度に薬を与えつつ、怪我や生命力は全快させずに、キュウエンたちが神聖魔法で治療や回復ができるようになるまで、痛みを長引かせていた訳で・・・。
そもそもレベルの高いキュウエンは飲み込みが早くて、三日。
「女神さまの奇跡を私の手で・・・」
キュウエンは感動し過ぎて、言葉を失っていた。妄想暴走少女なので、頭の中でどんなストーリーが展開していたことやら。
フィナスンが五日、手下の中でも早かった者はやはり五日、遅かった者は七日。
最後の一人が神聖魔法を身に付けたとき、フィナスン組は全員で涙ながらに、これで生きていける、殺されずに済む、と肩を抱き合って喜んでいた。
いやいや、キミたちは優秀でしょう?
あれだけ、気配りができて、行動力があって、一般人よりもレベルは高くなったし、どこででも十分生きていけるっての。そもそも誰に殺されるんだ?
よく分からんが、なんで泣くほど喜んでるんだか・・・。
しかし、フィナスン組は、なんというか、癒し手を持つチンピラ軍団になってしまって、いったいどういう立ち位置でこれからやっていくのやら。
聖なる暴力団? それともマフィア・キュア? 合わせてマキュア?
いや、隊商を率いる医師団とか、だろうか? コードネームは司祭893なんてのもあるな・・・。
王都の大神殿の巫女長ハナさんは失われた神聖魔法って言っていたけれど、辺境都市アルフィには20人以上、新たな神聖魔法の使い手が誕生しましたよ~。
あれ、これ、まずいのか?
ちなみに、この修行には、巡察使のトゥリムも参加していた。
あまりにも真剣に取り組むので、あえて『信仰』スキルを持たないトゥリムには獲得できないスキルであるということは言わなかった。
わざと言わなかったのではなく、あえて言わなかったので、そこんとこ、微妙な違いをご理解頂きたい。別にいじわるではない。
一人ひとりが一日に使える神聖魔法の回数が少なく、効果もおれが使うときよりはるかに弱いので、重傷者の治療や回復には15日ほどかかった。
それでも、普通に薬と養生で治療するよりもはるかに早く完治した。
この経験は、神聖魔法とはいっても、効果は万全ではないし、使い手によって治せる程度に限界があることや一日に使える回数に制限があることなど、そういった神聖魔法に関する重要な情報を、神聖魔法を身に付けた本人たちが理解できたという価値がある。
身の丈に合わせた治療しかできないのだ。はっきりいえば、ステータスの分だけ差が出るのだ。
手本を見せてほしいと言われて、一番の重症者をおれが一瞬で治療し、ほぼ同時に一瞬で回復させて見せた。
治療を受けた重症者がその場で立ち上がり、そのまま飛んだり跳ねたりするのを見ると、キュウエンやフィナスンはごくりと唾を飲み込み、手下たちは真っ青になっていた。
右手で治癒、左手で回復という並列魔法スキルも活用した最高級の治療だ。
ふふふ、違いを思い知るがいい。これが積み重ねた経験の差なのだよ?
「スグルは、一人だけレベルが飛び抜けていますから、参考にならないのでは?」
珍しく、セントラエスが冷たくそう言った。
でも、いろいろと苦労したおかげで、辺境都市アルフィの神殿は「聖女の神殿」などと呼ばれ、治療を望む人が押し寄せることになる。
一年後に解放される捕虜労働力は、神聖魔法での治療を直接受けたせいか、将来的には、辺境伯の直轄地に戻るのではなく、アルフィへ定住することに前向きになっているらしい。
どうせ住むなら、大きい病院がある町の方が安心だ、みたいな感じだろうか?
ちなみに、回復した重症者は、貴重な男性労働力として、辺境都市アルフィの復興のために、男爵がこき使っている。
住宅の屋根を修繕するための木材の伐採と加工、東壁の新しい門扉の作成、そして、大草原までの隘路に一定間隔で設置する休憩所となる東屋の建設、さらには大草原での川沿いの街道整備まで。
男爵はアルフィとカスタの間と、アルフィとセルカン氏族の間の交易に前向きで、特にセルカン氏族の夏のテントの予定地まで、荷車が楽に動かせるよう、念入りに街道を整備するつもりらしい。
道幅6メートルの街道を計画し、荷車がぶつからずに交差できるようにしたいとのことらしい。作業を視察したが、一度、10メートル以上の幅を掘り返して、草原の草を抜き、道にする部分に掘り返した土を盛り、両脇に排水溝を整えながら、道を叩いて、叩いて、草原なのに草一本すら生えないように、ひたすら固めていく。
おれが大森林で一度あきらめた作業を淡々と百人近い人数の男たちがこなしていく。
やはり数とは力なのだと思う。
この人数なら、作業もどんどん進む。
冬場は作業しないとしても、一年以内に、セルカン氏族の夏のテントの位置までの街道は完成する見込みだ。正直、うらやましいと思う。
でも、ないものをほしがっていたらキリがない。
一方で、負傷していたために東壁の防衛に参加できず、結果として生き残っていたアルフィの兵士たちだが、スィフトゥ男爵が治療を神殿に依頼してきた。
なぜかキュウエンが断固として拒絶した。神聖魔法どころか、薬さえ、与えないつもりらしい。
びっくりした。
「・・・あの中には、神殿を攻撃した者がいます。それを許すのは、女神を汚すようなものです」
「あれは、神殿を攻撃したんじゃなくて、おれを捕まえようとしたんだろ?」
「同じ事です!」
神殿への攻撃とおれとの敵対は同列に扱われる事柄らしい。
アルフィの住民の多くも、キュウエンの判断を支持していた。まあ、その怪我人の中に身内がいる者は複雑そうだったけれど。
スィフトゥ男爵とキュウエンってば、親子なのに、なんか、断絶していて、困る。まあ、あの日、キュウエンは男爵に歩み寄らず、辺境都市を出て大草原へ向かったのだ。もう、親子ではないのかもしれない。
男爵からは、神殿での戦いに参加していない負傷者だけでも助けてほしい、と要求があったが、それさえもキュウエンは拒絶した。
神殿の戦いに参加したか、していないかなど、見分けがつかない、との理由による。
これ以上はどうしようもなさそうなので、おれが男爵のところに出向いて、怪我人一人ひとりと面談して、セントラエスの神眼看破に曝し、完全に神殿の戦いとは関係がないことを確認した上で、何人かを治療した。
おれも、あの神殿の戦いに関わった者については、いろいろと思うところがある。
これくらいが妥協できるラインだと思う。
その時に、あの兵士長ロウェンと面会した。ロウェンは骨折のため、立ち上がれない状態だ。まあ、その骨折はおれのせいなんだけれど。
「・・・大変、申し訳なく・・・」
「いや、別に。謝る必要はない」
「しかし・・・」
「本当に気にしないでいい」
ロウェンの謝罪は必要ない。
というか、可哀想過ぎる状態なのだ。
ロウェン本人には男爵が知らせないようにしているが、ロウェンの妻子は、あの時、逃げなかった数少ない辺境都市のアルフィ人だ。妻子ともに、亡くなっている。
しかも、言葉にしたくないような、ひどい目に遭った上で。子どもは、娘だった。まだ12歳だったという。
もし、ロウェンが、おれと敵対しなかったとしても、この結果は変わらなかった気がする。
もう十分、ひどい目に遭っている。おれに謝罪させる必要はないし、こんなことで逆恨みされたくはない。
おれがロウェンと話したいのは、別のこと。
「・・・タリュウパは優秀な諜報員、工作員だったよ」
「っ? タリュウパをご存じで?」
「大森林の中で、餓死寸前だったところを保護した。アコンの村に連れて戻ったけれど、何日かして姿を消した。村の情報を辺境都市に持ち帰ろうとしたんだろう。大森林には危険な熊っていう動物がいるんだけれど、それに襲われて死んだよ」
「・・・タリュウパ・・・」
「あのまま、村で暮らすことだってできた。でも、タリュウパはそうしなかった。村を出ても大森林の外には出られないと忠告はしてたんだ。それでも、タリュウパは情報を持ち帰ろうとした。あんたの部下は、兵士として立派だったと思う」
「・・・そうですか。ありがとうございます」
おれはその話を終えると、ロウェンの元を去った。
いつかロウェンが妻子のことを知る日が来たとして、彼にその事実を受け止めることはできるのだろうか。
タリュウパのことで感謝の言葉が出る男だからこそ、辛さも受け止めてほしいと思う。
しかし、そういう点から考えると、辺境伯の兵士を復興の働き手として残す条件は、甘かったかもしれない。
戦いやその後のいろいろで、恨みつらみがあふれ出て、互いの関係はうまくいかないのではないだろうか。
まあ、その場合、散々強制労働でこき使って、1年後は元いた辺境伯領の町に追い出すだけか。
そこまでおれが気を遣っても、どうしようもないだろう。
平和な日本で生きてきた者とすれば、理解が難しい状況だ。
そんな中でよくやっていると自分を誉めたい。
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