第89話 女神がもうひとつ強力なスキルを保有していた場合(2)



 突然、大地に陰りが広がり、空は明るさを失った。


 異変に気付いた辺境伯軍の兵士たちは、思わず足を止め、空を見上げる。

 見上げた空には、いつの間にか湧き出てきた暗雲が、渦を巻きつつ、拡大していく。


 暗雲の中で、光が点滅し始めた。


 次の瞬間、轟音とともに、白光が空と大地に線を結んだ。そして、それは、何度も、何度も、繰り返されていく。


 暗雲の下、何条もの白光が空気を切り裂き、轟音と震動をもたらす。

 世界は黒と白に交互に染められ、その中では何が起きているのか、何も見えない。


 何十回と繰り返された落雷が止まると、いつの間にか、暗雲も消え去った。


 辺境都市アルフィをめざして駆け出した兵士のうち、立っている者は、半分以下、いや、もっと少なくなっていた。






 落雷がなくなるとともに轟音と震動もなくなり、暗雲が消えたことで空は明るさを取り戻したのだが、大地からは何条もの煙が天をめざして昇っていた。

 大地が、えぐられ、焼けている。焦げた臭いが、風とともに流れていく。


 倒れた兵士たちが、立ち上がる気配は、ない。


 死んでいるとは限らない、と。

 そう思いたかった。


 思いたかったのだけれども、だ。

 いや、その。

 使ったことがないと、分からないよね?


 こんなことになるなんて、さ・・・。

 やってしまった。


 やっぱり、使わせてはいけないスキルだった。


 おれは、セントラエスの言葉を思い出していた。


 セントラエスは、あの乱暴者に攻撃力がないと言われたので、上級神になって真っ先に選んだスキルだ、と言っていた。

 あの乱暴者とは、赤竜王のこと。つまり、この『天罰神雷』スキルは、赤竜王を攻撃して、倒すつもりでセントラエスが選んだスキルだ。


 人間相手に使っていいスキルじゃないよなあ。今さら、だけれど。


 正直に言えば、見てみたかったし、試してみたかった、というのはあった。しかし、そういう個人的な好奇心は、この場合、深く考えて我慢するべきだった。


 上級神の力は、とんでもないものだ。


 実験なんて、やってみるもんじゃない。

 反省しよう。そうしよう。


 いや、もう。

 なんだかすみません。


「スグル、もうひとつ、『天罰地裂』はどうしますか? 試してみましょうか?」


 もうひとつあるんかいっっっ!!


「ダメダメダメ、絶対ダメだ。それ、たぶん、地震が起こるか、地割れが起こるか、最悪の場合地下からマグマが流れ出してくるかもしれない。試さない、試さないよ、セントラエス。使っちゃダメ。ダメ絶対。危ないから、それ、危ない奴だから」


「そうですか。今、倒れている人間たちを、大地の裂け目に落として処理できるかもしれないと思ったのですが・・・」


「いやいやいやいや、いいから、そのまま、そっとしとこう。そのままにしとけば、誰かが、そう、そうそう、フィナスンとか、あいつらが剣と胸当ての回収とかで、やってくれるから、大丈夫だから。フィナスンなら大丈夫。手下は優秀だし、ばっちりだよ、きっと」


「・・・分かりました。一度、使っておきたかったのですが」

「いやいや、使わなくても、強力なスキルだってことは分かった! セントラエスは本当にすごい!」


 だから!

 これ以上、余計な実験はしない!

 危険過ぎるっっ!


 辺境伯軍の本陣の方で、フェイタン男爵が撤退を叫んで、自分の直属の兵士たちと駆け出している。

 ユゥリン男爵も、似たようなもんだ。予定通りの行動のはずなのだが、予定通りではない、ものすご~く慌てた感じがあるのは・・・まあ、そういうことだろう。


 女神の怒り、とか、誓いを破ったからだ、とか、お許しください、とか、逃げる男爵の兵士たちから、全力で本気の叫びがいろいろと聞こえてくる中で、アルティナ辺境伯は呆然と立ち尽くしている。


 倒れなかった兵士たちの中から、フェイタン男爵やユゥリン男爵の兵士たちとともに、逃げ出す者が出始めると、辺境伯軍は崩壊した。兵士たちは次々と逃げ出し、潰走が始まる。


 アルティナ辺境伯が呆然としているということもあったが、兵士たちは辺境伯を一顧だにせず、走り去っていく。残念な総大将の姿がそこにあった。

 欲望で戦う兵士は、逃げるのも欲望のままに。そんなことも分からない、未熟な領主が立ち尽くす。


 倒れている兵士の数は、おれたちが大草原で倒したよりも多い気がする。つまり、軽く500人以上が完全に動かなくなっている。


 おれは慌てて、スクリーンを出して、鳥瞰図を広げた。


 倒れている者の中で生存者を示す光点は・・・ざっくり数えて、10人分もない。つまり、ここに倒れているのは、そのほとんどが、死体だ。その、わずかな生存者の光点も、継続ダメージで、そのうち消えてしまうかもしれない。


 二人の男爵の兵士には、落雷での被害は出ていない。アルフィに向かって進軍した、辺境伯の直轄地の兵士たちだけが、大きな被害を受けた。


 隊長格の兵士だろうか、呆然としていた辺境伯の手を強引に引いて、走り去っていく。よかった、全員に見捨てられている訳じゃなくて。辺境伯も、これに懲りて、大人しくなってもらいたい。


 おれは、現実から目を反らすように、背中を向けて、辺境都市アルフィの方を向いた。


 ふと、思い出し、鳥瞰図の縮尺を変更する。


 あ、まだ、生きてる。

 おれは、まっすぐ辺境都市に帰らずに、森へと足を踏み入れた。


 落雷で多くの命を奪った罪滅ぼしという訳ではないが、餓死寸前の一人の魂を森で救うことにした。


 自分に対する言い訳のようなものだが、命を大切にしたと思いたい。もちろん、必要に応じて、生き延びた分は活躍してもらうけれど。


 たった一人でも、命を救っておく。そうしなければ、心の平穏を保てないくらい、今回はやり過ぎた。あのスキルはやり過ぎだった。


 しかも。

 まさか同程度のスキルがもうひとつあるなんて考えてもみなかったよっ!!






 フィナスンは手下たちに命じて、アルフィの人たちをたくさん雇い、銅剣と銅の胸当ての回収をおこなった。


 どんどん積み重なっていく胸当てを見て、フィナスンがなんだか悪い顔になっていたのだが、まあ、こっちとしては面倒を押し付けているので、見なかったことにした。


 ほんっと、商売人だよなあ・・・。


 辺境伯軍は、混乱したまま、その場から逃走したため、本陣の中にも、武器、防具、食糧、その他の資材など、大量の戦利品が残っていた。

 特に、いくつもあった天幕は、フィナスンたちの住処の屋根代わりに最適だった。あくまでも、応急処置として、だけれど。


 スィフトゥ男爵も、辺境伯軍撤退の実態を確認しにきている。


 本陣にあるものは、おれのものにすればいい、と言われた。なぜ、と問えば、一人で追い払ったからだ、と答えた。これ以上、借りは作れないそうだ。


「別に、貸しているつもりはない」

「・・・そういうところが、フィナスンたちが慕うところなのだろうな」


「それよりも、相談がある、男爵」

「何だ?」

「こんなところで、話すことでもないけれど・・・」


 おれは、フィナスンも呼んで、大量の銅剣や銅の胸当ての使い道について説明した。

 スィフトゥ男爵は考え込み、フィナスンはうなずいた。


「それは・・・どういう工夫ができるか・・・」

「おもしろいっす! それなら剣も胸当ても無駄にはならないっす!」


「最初のうちは、必ず、一年間の麦と交換できる範囲で、やっていくんだ。詳しくは、イズタに聞けばいい」

「武器なんかより、ずっと賢い使い方っす! さすがは兄貴っす! カスタのナフティの旦那とも相談して、どういう分量で交換するかを決めればいいっす!」


 フィナスンは興奮している。まあ、おれに対しては、けっこうイエスマンだから、話半分に聞いておこう。


「アルフィでは、麦ならこれだけ、カスタでは、塩ならこれだけ、という感じで、必ず交換できるという約束を決める。それぞれの町での基準がはっきりしていたら、他の物はその価値に合わせて、勝手に決まっていく。あとは、偽物を造らせないために、男爵の似顔を刻むとか、姫さんの似顔を刻むとか、工夫しないとな」


「アルフィも、カスタも、どちらも同じ量の麦ではどうだ?」

「アルフィとカスタでは、麦の価値が違うんだよ、男爵。それなのに同じ麦で交換できるようにするとだな・・・」


「そんなことしたら、移動するだけで大儲けになるっす! しかも、麦だけが移動して、それぞれの特産品がやりとりされないっす!」

「・・・どうやら、フィナスンに任せた方がよいのではないか?」


「確かに、そんな気もするな。フィナスン、やってみるか?」

「やるっす! これはやりがいがあるっす! 莫大な儲け話っすよっ!!」


「じゃあ、おまえ、今日から男爵の部下な」

「それは嫌っす! でも、男爵の屋敷の細工師や作業場には出入りさせてもらうっす!」

「・・・はっきりと言いおる」


 スィフトゥ男爵がフィナスンを推薦したことで、この計画はフィナスンが動かしていくことになった。

 実質的には、男爵の配下になるようなものだが、フィナスンなら、男爵からの独立性もある程度確保できるから、その方がかえっていいのか?


 フィナスン銀行計画・・・いや、銅だから、フィナスン銅行計画か。イズタも絡ませて、あと二人の男爵も巻き込んで、辺境伯領での銅貨鋳造による、貨幣経済の浸透を狙う。


 なんでも一番最初は失敗しやすいもの。もちろん、失敗してもフィナスンの責任で。


「・・・なんか、どきっとしたっす」


 フィナスンの第六感、恐るべし。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る