第89話 女神がもうひとつ強力なスキルを保有していた場合(3)



 神殿での治療活動はキュウエンがうまくやっている。

 薬もそこそこのものを作れるようになってきたし、フィナスンの手下を連れて、森の浅いところなら、薬草集めもやっている。

 ま、フィナスンの手下よりも、キュウエンの方が強いんだけれど。






 トゥリムは毎日神殿に顔を出す。

 巡察使がなぜか辺境都市アルフィに居ついたので、スィフトゥ男爵の表情は複雑そうだ。どうやら扱いが難しいらしい。

 まあ、トゥリムとしては、おれに仕えているつもりみたいだけれど。






 フィナスンはカスタとの交易を再開した。

 ナフティとは、銅貨との交換の基準となる商品と、銅貨との交換レートを交渉しつつ、調整中だ。商売の話を楽しそうにするのがフィナスンらしい。

 アルフィではやはり麦が一番で、カスタでは塩がいいだろう、というところは決定しているが、交換する量によっては、銅貨の価値が高すぎても、低すぎても、結局、銅貨が使いにくくなるので、一年間の麦の量と塩の量、それから銅貨の枚数を二人で一生懸命計算したらしい。苦労をかけるが、しっかり頼む。


 ナフティから聞いた話、ということで、フィナスンが潰走した辺境伯軍のその後について教えてくれた。






 二人の男爵の軍勢は、そのままカスタも通り過ぎて、自領へ向かったらしい。

 新たな町を掌握しないと、今回の戦いでの損害を埋められないし、兵糧もほとんどないのだから、当然の選択だ。


 ところが、アルティナ辺境伯の軍勢は、カスタの町に攻め寄せて、食糧を差し出すように迫ったという。確かに、そういうやり方もある。略奪方式は、軍の常套手段だ。

 カスタの町としては、辺境伯領から、アルフィのスィフトゥ男爵領に変更になったと聞かされたので、スィフトゥ男爵の許可はあるのか、と問い返した。


 辺境伯は、そういう領地の変更について寝耳の水、つまり、そこで初めて知って、激怒。


 守る軍勢もいない、抵抗できないカスタの町に攻撃を開始・・・。


 ところが、カスタの町に攻勢をかけた瞬間、そこに大空から突然、巨大な赤い竜が現れて、カスタの上空を旋回飛行し、辺境伯軍に向けて咆哮を上げた。


 辺境伯軍は混乱して、ここでも散り散りになって潰走。今回はアルティナ辺境伯も、我先にと逃走したらしい。


 カスタの住民も、初めて見る伝説の竜の姿に恐怖したが、巨大な赤い竜はしばらく旋回飛行を続け、辺境伯の軍勢がいなくなると、北の空へと飛び去り、あっという間に見えなくなったとのこと。


 これ以降、カスタは赤い竜に護られた伝説の町を名乗り、軍が攻め寄せない町となるのだが、それはまた別のお話。


 カスタの子どもが一人、竜の背に人がいた、と言い出したらしいが、その子一人が見たと言っているだけで、他の誰も竜の背の人なんて見ていなかったので、大人たちは聞き流した。

 背中に人が乗っていようが乗っていまいが、カスタが竜に護られたのは事実。


 カスタの住民からすれば、それで十分だった。






「へえ、そんなこともあるんだなあ」

「ナフティの旦那、大興奮でしゃべって、計算ミスしやがったっす。たぶん、あれ、カスタの利益を増やそうとして、わざとミスったっす」


「まさか!」

「いや、あの旦那ならそれくらいはやるっす。指摘すると、おお、こりゃいかんって、演技が白々しかったっす! さっきの、兄貴の『へえ、そんなこともあるんだなあ』みたいだったっす!」


 どういう意味だ、こら。


 フィナスンの興味は、貨幣経済の浸透の方にあるらしい。自分の目で見てもない竜のことなど、フィナスンにはどうでもいいようだ。


「ただ、ナフティの旦那が、オーバの兄さんのお陰だって、言うのには共感できるっす」

「なんだ、そりゃ」

「きっと、全部、兄貴のお陰っす!」


 これも、フィナスンの第六感だろうか?






 イズタは一生懸命、言葉を覚えようとしているらしい。その努力を先に済ませておいたら、これまでの苦労はなかっただろうに。


 近いうちに、男爵や兵士たちと一緒に、鉱脈を探しにいくようだ。

 せっかくの貴重な固有スキルだ、しっかり使って、辺境都市で活躍してほしい。


 大森林に連れて帰ろうかとも思ったのだけれど、大森林で金属を作るよりも、辺境都市で作った金属の道具を仕入れた方が楽だと気づいた。

 スレイン王国に来れば、フィナスンやナフティがいろいろとよくしてくれるし、おまけもたくさんもらえる。


 ソリスエルは相変わらずイズタを見守るだけのようだが、セントラエスにはいろいろと連絡してくるらしい。話し相手がほしいんだろうと思う。懐かれたな、セントラエスのやつ。






 餓死寸前だった軍師のヤオリィンは、神殿での治療を受けて、ある程度歩けるようになると、いつの間にかいなくなったとキュウエンを心配させていた。キュウエンはその正体を知らなかったので、純粋に心配していたのが可哀想だった。


 スクリーンで確認すると、ヤオリィンは北へ向かっているらしい。


 今回、たまたま、おれが対処したからヤオリィンは死にかけたのだけれど、元々はきわめて優秀な軍師だ。この先、内乱が起きるだろうスレイン王国で、必ず活躍するだろう。

 ただし、辺境伯領には関わるな、ということはしっかり念を押しておいた。

 それに合わせて、辺境伯領の立場、これからの立ち位置について広めるようにも言ってある。


 頭脳で対処できない究極の暴力は、本当に恐ろしい、二度と辺境伯領には近づかないと誓う、と涙ながらに語る姿すら、演技かもしれないな、と思いながら見た。


 優秀な生徒は、嘘やごまかしも、うまい。生徒指導が難しいのは、粗暴な生徒だけではない。

 まあ、居場所の把握は可能なので、特に問題はないと放置する。






 トゥリムが王都へ行ってくれ、王都へ行ってくれ、とうるさいので、一発殴って、もう巫女長のハナとは会ったと伝えた。


 とんでもなく驚いた顔になって、そんなはずはない、というので、巫女長のようすや、巫女長の部屋のようすを細かく説明して聞かせた。


 もっと驚いた顔になったので笑った。イケメンがびっくりすると、笑える。


 トゥリムには教える気はないが、辺境伯軍を追い払って数日後に、クレアに頼んで王都まで運んでもらった。途中、カスタにもちょっとだけ寄り道はしたけれど。


 巫女長は、ある意味では予想通りの人物だった。


 実に有意義な会談だったが、王都に来てほしいという依頼は、巫女長ではなく、トゥリム個人のものだということも分かった。もちろん、一時的ではないレベルで、王都に行くつもりなどない。


 巫女長はもう長くない。


 巫女長はスレイン王国の重石。彼女の死がスレイン王国を戦乱へ導くきっかけとなるのだろう。


 でも、そんなものは彼女の責任ではない。


 気にせず、穏やかに旅立ってほしい。


 心から、そう、思う。





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