第88話 女神が何本もの矢を平気ではねのける場合(3)



 辺境伯の軍勢を圧倒的に叩きのめしたおれたちの力を確かめる必要なんてあるか? ないだろ。


 おれが、弓矢で傷つくことがない、と分かっていたから、特別に許してやってる、それだけだ。

 こっちが上で、ユゥリン男爵の方が下。まったく、スレイン王国ってのは、勘違いの量産機か?


 辺境伯が囚われた状態で、敵の最高指揮官の命を狙えば、辺境伯を殺されても文句を言えない。

 そんなことも分からない愚直な男爵しか、身近にいなかったんだ。辺境伯も不幸な奴だよ。


 おれはまっすぐユゥリン男爵を見据え、強い口調で言った。「それで、本当の忠義の臣下になる気はあるのか?」


「本当の忠義の臣下になる、とは、どういう意味だ、オーバ?」


 沈黙を破って、口を開いたのは、スィフトゥ男爵だ。

 いい男の、いいセリフなんだけれど、縛られたままなのが残念過ぎる。本当に。


「言われた通りに、町を譲ってもらえば、忠義の臣下になれるのか?」

「町を譲ってもらうだけでは、なれないな」

「では、どうすればいい?」


「辺境伯に中央への野心を捨てさせて、辺境伯領の経営に集中させるんだ。今回の、大草原での敗北を利用して、ね」

「・・・聞かせてくれ」


 フェイタン男爵も、身を乗り出す。「辺境伯領に集中するというのは、悪くない」


「長くなるぞ。いいか。

 巡察使の話では、王家の力が弱まっているため、王国内はこれから乱れる。それぞれの領主が、互いの町を奪い合うような、戦乱の時代がくる。

 そんな中で辺境伯のような野心を持っていたら、どうなることか。

 富国強兵というか、領地を豊かにした上で、兵士も強くできるのであればともかく、領地を痩せさせて、兵士だけを強めている現状では、辺境伯はいずれ町を奪われる側になるだろう。

 だから、今回の一件で、アルティナ辺境伯と辺境伯領は、大草原の氏族同盟という強力な外敵に備える必要があることを宣言して、内乱には加わらないことを国内の領主たちと王家に示す。

 実際には、おれたちは辺境都市にも、辺境伯領にも、攻め込むつもりなんてこれっぽっちもない。だから、大草原なんて、そのまま放っておけばいい。

 その分、辺境伯領では、領地経営に力を入れることができる。

 おれたちの、おれの望みは、辺境都市との交易だけだ。争いは望まない。

 しかし、もし大草原にまで攻め込まれたら、今回のように遠慮なく潰すけれどね。

 おれたちのことを放っておいてくれれば、辺境伯領は、領地のことに集中できるという訳だ。

 だが、アルティナ辺境伯の膨らんだ野心は、簡単には抑えられない。そもそも辺境伯領は、辺境伯に力が集まり過ぎている。

 領地に十の町があるけれど、そのうち七つが直轄地で、男爵領はひとつずつ。七対一ではバランスが悪くて、男爵は言いなりになるしかない。

 今のままだと、三人の男爵で協力しても、七対三だ。辺境伯には到底、対抗できない。

 だから、本当なら止めなきゃならないところでも、辺境伯を止められない。辺境伯領での力関係が偏り過ぎているから、こういう状況になった。

 解決方法は、辺境伯領内での、勢力均衡だ。

 三人の男爵がそれぞれふたつずつ、町を支配することで、辺境伯の直轄地は町が四つとなる。

 四対二なら、戦いになっても籠城で対抗できるし、もうひとつの町から援軍が出せる。籠城する意味が出る。

 それに、男爵同士が協力関係を築けば、四対六だ。領主である辺境伯に対抗するには、三人の男爵が一致した行動を取ることが重要になる。

 三人で話し合って、辺境伯の政策が独断、専横だと思えば、三人の連名で諌めたらいい。これなら、辺境伯を抑え込める可能性が高まる。

 だから、おれは、男爵にそれぞれの隣町を譲ろうって言ってんだよ。

 そうすることで、辺境伯と辺境伯領を王国の内乱から切り離して安定させ、内乱の決着がついたら、辺境伯と一緒に、新たな王権の下を訪ねて、辺境の守りは任せてくれ、とでも言えばいい。

 それが、辺境伯を争いから守ると同時に、辺境伯領を豊かにする、そういう道だ。

 そうなるように、辺境伯を支えるのが、本当の忠義だと、おれは思うんだが、どうかな?」


「・・・本当に、スレイン王国は内乱になるのか?」


 フェイタン男爵が声を落として問いかけてくる。「巡察使は、何と?」


「巡察使は、今回の辺境伯と辺境都市の争いについて、王家は静観する方針だと言った。辺境伯の軍備増強は明らかなのに、静観しかできないというのは、王権の弱体化でしかないだろう。いつ、どこの領主が隣の領主を攻めてもおかしくない状況で、それを王家が断罪する力はない。例えば、北のカイエン候ってのは、ヤオリィンって優秀な密偵をどこかの軍師として送り込んで、その領地を混乱させたらしいけれど?」


「なっ・・・」

「そ、それは、本当なのか?」

「・・・そういうことであったか。あやつが辺境伯に仕えるようになってから、いろいろと不便な思いをしたはずよのう」


 フェイタン男爵は納得した、というようにうなずいた。


 ま、この話には、おれの想像が含まれているけれど、これくらいなら、いいよね? おそらく、当たらずとも遠からずって、ところじゃないかと思うんだよな。それに乗ってくるフェイタン男爵も、なかなか役者だよね。


 フェイタン男爵は、ばしん、と自分の膝を叩いて、顔をあげ、二人の男爵を見回した。


「分かった。わしは、オーバ殿の言う通り、町をひとつ引き受けよう。そして、オーバ殿に負けたこの状況を利用して、アルティナ辺境伯の野心を抑え、辺境伯領を内乱から遠ざけることに協力したい。スィフトゥ男爵、そなたはどうだ?」


 おいおい。

 最初から、町をほしそうな顔をしていたくせに。

 なーに調子のいいこと言ってんだ、まったく。


 あんたが面従腹背だってのは、ヤオリィンがはっきり言ってたからな?


「今の状況で、断る理由などない。オーバの提案は、このアルフィを救うものだ。もちろん、全力で協力しよう」

「よし、分かった。メィラン、スィフトゥ男爵の縄を切れ」


 フェイタン男爵の指示で、フェイタン男爵の後ろにいた男が動き、銅剣ですばやくスィフトゥ男爵を縛っていた縄を切った。

 うまいよな。スィフトゥ男爵が断るはずがないって分かっていて、先に声をかけるんだから。


 ま、これで、ようやく、スィフトゥ男爵が解放された。


「おい、ユゥリン男爵。ここまで言われて、まだ分からんか? オーバ殿は、圧倒的な勝者であるにもかかわらず、わしらが現在の敗者から、未来の真の勝者となる道を示したぞ? このままでは、内乱に巻き込まれ、領地は荒れる一方で、さらに言えば、復興もまともにできん。先代の辺境伯から任された大切な息子とその領地をそんな状態にして、何が忠義か? はよう決断せんか」


 これもまた、うまいことを言う。

 このおっさん、本当に一番の曲者だよ、まったく。


「・・・分かった。オーバ殿の言葉に、真実があると認めよう。辺境伯のために、領地のために、わしも協力を約束する」

「よし、これで話はまとまったな。では、オーバ殿、この先のことについて、話そうではないか」

「じゃあ、まずは、辺境都市からの撤退なんだけれどさ・・・」


 こうして、おれたちはひとつひとつ、条件を確認して、内容を詰めていく。


 夜の会談は、思いのほかうまくいったと思う。


 なんか、フェイタン男爵に、すっごく気に入られてしまったようなんだけれど、これって、どうなんだろう?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る