第87話 人質の解放について女神に誓いを捧げさせた場合(3)
フェイタン男爵が、アルティナ辺境伯との密談を終えて、戻ってきた。
「・・・確認した。全てを認めたと」
「あんたが戻って、取り決めた条件を達成できたら、辺境伯は戻す。あと、あんたに話が伝わったから、今日から辺境伯に食事を与える」
「今まで、食べさせなかったのか」
「そうだが、何か問題があるのか?」
「・・・スレイン王国では、貴人は戦場でも尊重される。戦場では兵士たちから攻撃されることもなく、捕えられても最高の待遇で迎えられる。蛮族は、そうではないのか?」
そうではないのかって・・・なんだ、その特別待遇は?
子ども同士で鬼ごっこをする時に、その中でも特に小さな子がいた場合の特別ルールみたいな扱いだな? いいのか、それは?
身分制度の尊重といっても、それはやりすぎだろ?
ああ、だから、辺境伯は、ああいう感じなのか。駄目な領主を育てる仕組みとしか思えない。
「ずいぶんと不公平だな、スレイン王国ってのは。兵士は命をかけて戦うのに、領主は自分の安全が保障されてるとか、ふざけてるよ、まったく。そんな仕組みが、スレイン王国を歪めてきたんだろ。自分は安全だから、平気で戦争をするような馬鹿が支配者に育つんだよ」
「・・・せめて、あの姿勢で固定するのは、やめさせてくれ」
あれ? 今の内容には言い返さなかったな?
フェイタン男爵も、やっぱり、今のアルティナ辺境伯には思うところがあるのか。裸の軍師情報は当たっているらしい。
「まあ、それくらいの要望は叶えるとしようか」
おれは、声を落とす。「ここから二日で辺境都市に戻れよ。明後日の夜、辺境都市まで、あんたたちに会いに行く。スィフトゥ男爵も解放してくれ。あんたたち、三人の男爵と話したい」
「何?」
男爵も声を落とした。「どういうことだ?」
「まず、この戦いとその結末は、王都に伝わる。いいか、そこに立っている男は、王都の巡察使だ。信じられないなら、スィフトゥ男爵に確認しろ。どんな結果になったとしても、それでも、王都は、王家は一切、動かない。どんな結果だとしても、だ」
フェイタン男爵がトゥリムに一度、視線を送る。
トゥリムが小さくうなずいた。
「ヤオリィン軍師から、いろいろとあんたたちの事情は聞いた。それを踏まえて、辺境伯には解放の条件を出した。だから、さっきの条件の中にいくつもどうしておれがそういう要求をするのか、納得のできないものがあっただろう? それをきちんと説明する。だから、明後日の夜、スィフトゥ男爵の屋敷で待て」
「・・・ヤオリィン軍師が?」
「くわしいことは全部、明後日だ。おれのことは、スィフトゥ男爵から聞きたいだけ聞いておけばいいさ。あの男爵とは、それなりに仲良くやってたから、いろいろ知ってるぞ?」
「・・・ヤオリィン軍師は、生きておるのか?」
「・・・そこは、何とも言えない、かな」
「そう、か・・・」
どうやら、フェイタン男爵は、あの軍師に対して、何か思うところがあるらしい。
軍師から聞き出した情報では、フェイタン男爵は、しぶしぶ、今回の出兵に従っている、らしい。だから、切り崩すなら、ここからだ。
もう一人のユゥリン男爵も、本当は不満を持っているのだけれど、それよりも忠義とやらを優先してしまうらしい。
正直なところ、それが正しい忠義とやらなのか、おれにはそう思えないことの方が多いけれど。
「約束を破って、向こうに50人くらいの部隊が隠れていることは目をつぶってやる。大人しく、言われた通りに辺境都市に戻って待ってろ」
「・・・分かった。急いで辺境都市へ戻ると約束しよう。ただし、ユゥリン男爵は、いろいろと硬い男だ。こういう話を素直に聞くとは思えんのう」
「まあ、納得させるのは、おれの仕事ということだな。話すだけは、話してくれれば、それでいい」
「分かった。あれをそちらが納得させてくれるのなら、ありがたい。あれは、力押しなところのある男なのでな、ひょっとすると、それなりに乱暴なマネを働くかもしれんぞ?」
「力押しで負けたら、ユゥリン男爵は従うのか?」
「その方が話は早くなるが、力押しのくせに理屈っぽいから面倒なんじゃよ、これが」
「分かった。努力しよう」
「ほう、それはそれは、ありがたいのう」
どうやら納得してもらえたらしい。いや、何かとんでもないものを押し付けられた気もするが?
まあ、これで、次の段階に進める。
おれは、声を張り上げる。
「この交渉で示した条件を守ることは、女神に対して誓ってもらう! いいか、アルティナ辺境伯?」
辺境伯はうなずきながら、小さな声で「分かった。女神に誓う」と答えた。
「フェイタン男爵にも、誓ってもらおう」
「・・・いいだろう。女神に誓って、この条件を守ろう」
よし、完成。
女神への誓いが成立した。
ここで、女神に誓わせておくことが、重要なのだ。
「女神のもとに、この条件は認められた。破ることなど、ないと信じる」
おれはそう叫ぶと、この交渉の場を打ち切った。
そして、フェイタン男爵は、護衛と一緒に、走り去った。
アルティナ辺境伯は、この日、久しぶりの食事を与えられた。
しかし、ネアコンイモの薄いスープは気に入らなかったらしい。
おれの顔を見るなり、文句を言ってきた。守備陣の全員が同じものを食べているとは思っていなかったようだ。
自分だけ、薄いスープを飲ませるのか、と怒っていた。やれやれ、貴人とやらはこれだから困る。おれたちも同じスープだと説明しても、ぶつぶつ言いやがる。
文句があるなら、もう一度、手も縛っておこうか? と冷たく言うと、黙り込んだ。
今は足だけ、ネアコンイモのロープに縛られている。
なんだか怪しいので、夜になる前に、もう一度、両手をそれぞれ縛ることにした。
ぎゃあぎゃあ文句を言うが、相手にしない。
ひょっとすると、逃げる気だったのかもしれない。
まあ、スクリーンに映った辺境伯の救出部隊は、夜の間に全滅させて、死体を辺境伯の前に七つ、並べておいた。
おれも、もはやトゥリムやイズタのことを言えない。すっかり、戦場での死体に慣れてきた。おれは、血に染まった自分のことを嫌ってはいないが、もうちょっとマシな王の道があるといいな、とも思う。
翌朝、太陽が昇ると、並べられた救出隊の死体を見て、辺境伯は朝を告げるニワトリのように、大きな悲鳴を上げていた。
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