第87話 人質の解放について女神に誓いを捧げさせた場合(2)
その時、天幕が開いた。
「ねえ、いつまでつまらない話で待たせるの? ウルはもう寝ちゃったわ」
アイラだった。おれに向けていた目線が、トゥリムに移動する。「まったく、邪魔な男ね」
「つまらない話をしてた訳じゃないけれどね」
「そう? オーバが私たちに分からない言葉でしゃべってるとつまらないのよ」
そう言われると、何も言い返せない。
アイラに手を引かれて、おれは天幕に入る。トゥリムはもちろん置き去りだ。
天幕の中では獣脂に火をつけて灯りにしていた。
ライムの横にクレアがいて、その横にキュウエンもいる。ライムのクレアと反対側には、エイムがいた。ライムとエイムは従姉妹同士だったよな、確か。ウルはもう寝ている。その寝ているウルの枕はエイムの膝だ。
エイムは、実は面倒見がいい、お姉さんっ子だよな。リイムとは同い年だけれど、日頃の関わりを見てたら、どう考えてもエイムの方が年上に見える。リイムが母となった今でも、そう見えるから驚きだ。
あれ?
「ジッドと、ノイハは?」
「もちろん、追い出したわ」
アイラは、何が? という感じで、平然とそう言った。
もちろん、って、ひどいよな。すまない、ジッド、ノイハ。
そういう訳で、天幕の中は女の園だった。
おれはノイハたちと同じく、天幕を出ていこうとしたのだけれど、天幕を出ることはアイラたちに許してもらえなかった。
「相変わらず、もてもてですね・・・」
セントラエスのつぶやきは、聞こえなかったことにした。
もちろん、こんな状態でアイラやライムと、どうにかなる訳もなく。
どちらかというと、余計に欲求不満を溜め込む結果になったということは、ここに報告しておきます、はい。
翌朝、久しぶりだから、とアイラに手合わせを頼まれた。そうすると、ジッドに、ライム、そしてウルと、次々に相手を変えて、手合わせをする羽目になった。
アイラは、おれが手合わせをする様子を見ていたトゥリムに声をかけて、自分との手合わせに付き合わせ、しかも、叩きのめしていた。
いや、叩きのめしたくて声をかけた、とも言える。
まあ、それだけのレベル差はある。アイラは今、レベル16だ。トゥリムはスレイン王国では相当な手練れだが、レベルは10で、アイラとの間には6も差があった。
アイラはとても満足したらしく、「昨日のオーバとの時間を奪った罰よ」とかなんとか、言っていた。怖い。
おもしろそうだ、とジッドやライムも、トゥリムに勝負を挑む。
ジッドやライムはトゥリムとのレベル差があまりないので、なかなかおもしろい互角の戦いだったが、どちらもトゥリムの辛勝といった感じか。
それでも、トゥリムは驚いていた。自信満々なトゥリムが揺らぐ感じが心地いい。
ウルがトゥリムに挑もうとしたので、やめさせた。
さすがに、こんな小さな少女にぼこぼこにされたら、トゥリムのプライドが崩壊してしまうかもしれない。それはさすがにやめておきたい。アイラに負けた時の顔はひどかったからな・・・。
あれじゃ、ウルに負けたらムンクの叫びみたいになりそうだ。
ノイハは、我関せず、という感じ。
昨日の弓での活躍を見ていた避難民の女性たちから、いろいろと話しかけられていたが、言葉が片言しか互いに通じないので、ノイハは戸惑うだけだった。
おれは通訳を求められたので、話している内容を嘘で塗り固めて通訳しておいた。ノイハの奴、独身の頃はまったくといっていいほど、もてなかったのに。ここでこんなにもてるとは、大したものだ。
まあ、全てはノイハの愛妻であるリイムのため。ノイハはかわいい奥さん一筋でいてもらいたい。大草原の片隅でもてていたという事実に気づかずに森へ帰ろう! うん、そうしよう!
おれはというと、いつの間にか、援軍として協力してくれた大草原の氏族同盟の男たちからも手合わせを挑まれてしまい、その全員を叩きのめした。
どうやら、騎馬隊関係の女性全員がおれにばかり近づくので、悔しかったらしい。こういうパターンは、完全に差を見せつけておく方がいい。
まあ、そうはいっても、昨日の戦闘を間近で見ていたので、挑んできた連中は勝てると思ってはいなかったようだけれど。
戦闘狂が多くて、いい迷惑だが、コミュニケーションとしては悪くない。
特に、昨日話をしたセルカン氏族の族長であるエイドとは、より打ち解けることができた。
いい朝だったな、と思う。
三日後、男爵が三人の護衛と一緒にやってきた。
50人ほどの部隊が辺境都市からの隘路に隠れているけれど、これくらいの対応は当然だし、問題はない。こっちがその情報を掴んでいることは手札になるし。鳥瞰図って本当に便利な地図スキルだ。
やってきた男爵は、フェイタン男爵という。もう一人の男爵は辺境都市でにらみを利かせている。そっちがユゥリン男爵という。
スィフトゥ男爵と合わせて、辺境伯領の三男爵だ。辺境伯とはちがって王家の直臣ではなく、辺境伯から任じられた男爵である。
かなり急ぎでこちらに来たということは分かる。六日後だと思っていた会談が、三日後にできるのだから、やはり辺境伯の身柄は大切なのだろう。
こっちとしては、助かっている。既に、食料は減らして食べている状態で、しかも、ネアコンイモを活用している。
薄めたスープが中心という、大草原の氏族同盟における冬の定番メニューだ。まだ夏なのになあ。これ、栄養は十分なのだが、どうもお腹いっぱいになる気はしない。
それで、辺境伯はというと、それなりに衰弱している。縛りつけたあの姿勢のまま、三日間、食事も与えず、放置したからだ。それは実態としては捕虜虐待なのだが、まあ、そこはいいとして。
その、縛り付けられ、衰弱したアルティナ辺境伯の目の前で、おれとフェイタン男爵は向き合い、それをトゥリムが監視していた。
フィナスンの手下が辺境伯の両脇を固めている。
フェイタン男爵の護衛となった兵士が、辺境伯を逃がそうとしないように、一応、そういう配置にしている。
まあ、縄を切っても、不自然な姿勢で立たされ続けて足腰が固まっているし、食事抜きで腹が減っているから、逃げられそうもないけれど。
「・・・本当に、その条件をアルティナ辺境伯は、認めたというのか?」
おれが辺境伯と取り決めた条件を説明したら、フェイタン男爵は疑わしそうな目を向けてきた。
まあ、そうだろう。
めちゃくちゃ、辺境伯の負担が大きい条件だからだ。
「信じられないようだから、直接辺境伯に確認すればいい」
「・・・分かった」
フェイタン男爵は、縛られたままの辺境伯へと近づいていく。小声で辺境伯と話し、おれの方をちらりと見る。
あいつ、まだ何か企む余力があるのか。
まあ、それも含めて、全部潰していくけれど。
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