第85話 女神が奇跡の力を遺憾なく発揮した場合(3)
個人的には、辺境伯軍との戦いよりも、この場でアイラとライムに挟まれていたことの方にドキドキしていたことは誰にも言えない。
アイラとライムの二人がここまでにどんな話をしてきたかなんて、今までセントラエスの報告には一言もなかったのだ。
いや、この二人が一緒に援軍に組み込まれていたってことさえ、聞かされていない。まあ、ライムはナルカン氏族の一員で、大森林の枠でカウントされないから、セントラエスに報告の義務はないと言えば、ないか。
今回のエレカン氏族との衝突に送り出した援軍として、アイラとライムは初めて顔を合わせたはずだ。
アイラとライムの二人の関係がどんな感じか、よく分からないので、目線はまっすぐ倒れた辺境伯に向けておいた。
そんなおれに、正面からウルは飛びつき、抱きついてきたのだった。
「オーバ! 会いたかった!」
両腕、両足でおれに抱きつき、頬ずりしてくるウル。さっきまで、敵兵を粉砕していたとは思えないウルの明るい笑顔に、おれは思わず笑っていた。
「オーバ、久しぶりね。女神さまから聞いてたから分かってはいたけど、元気そうでよかった」
アイラがイチから降りて、おれに近づき、手を握る。イチも、ぶるるんっ、とおれに首をふってあいさつしてくる。
反対側からは、ライムが馬を下りてくる。
「オオバ。相変わらず、とんでもなく強いわね。それに、大森林の人たちも、すごく強くて、驚いたわ。氏族同盟を助けてくれて、ありがとう、オオバ。ドウラに代わって、礼を言います」
ライムはおれの左腕に、自分の腕をからめる。
一瞬、アイラとライムが視線を交わしたような気がする。
火花か? まさか、火花が散ったのか?
ちょっと、怖くて、アイラの表情が確認できないぞ? いや、ライムも見たくないかな・・・。
前に、アイラは、ライムのことを別にかまわない、みたいな感じで言ってくれていたのは、覚えてるんだけれど・・・。
実際のところ、今の、二人の関係は、どんなものやら。
おれは、どちらに先に答えるのか、とか、どんな返事をするか、とか、いろいろ考えすぎて、二人には中途半端な笑顔を返すだけだった。
もう、なるようになれ・・・。
戦闘終了後、武装解除、という名の、物品回収。
降伏した敵兵からは、腰の食糧袋、銅剣、銅の胸当てを回収する。生きていて、自分で動けるので、自分から提出させた。
そして武装解除が終わった投降兵たちに、死んだ兵や意識のない兵が身に付けている、食料袋、銅剣、銅の胸当てを回収させる。必ず、三点セットで提出させることがポイント。隠れて持ち帰らせるようなことはさせない。
食料袋を隠していた兵士は、見せしめで両手、両足の骨を折って、蹴り倒してある。
残念ながら、降伏を拒んだ一部の敵兵は、ジッドと氏族同盟の男たちによって、血祭りに上げられている。その死体からも、投降兵たちは剣とよろいと袋をはぎ取っていく。
陽が完全に沈むまでに作業を終えないと皆殺しにする、と宣言しているので、投降兵たちは必死だ。
皆殺し、という言葉を疑う事はできない。それだけの戦いを見せつけられたのだから。作業が終わらなければ、本当に殺されてしまう、と信じるしかない。
という訳で、物品回収は順調に進んだ。回収した食料で、さらに二日間か三日間は食料に余裕が出る。
それに、この援軍にはあの袋を持ったノイハがいる。中にはたくさんのネアコンイモが入っているはずだ。これで、食料の不安も解消された。
フィナスンが悪い笑顔で回収した銅剣や銅の胸当てを数えている。その総数は500を超えていた。
「これで、利益は完ぺきっす・・・」
・・・フィナスン、商売目当てで戦ってたのか。うーむ・・・フィナスンから何か聞こえた気もするが、まあ、聞こえなかったことにしよう。そうしよう。
物品回収・・・もとい、武装解除が終わると、動けない者は放置し、動ける者には伝言を託して、辺境都市へ戻らせる。
伝言は、
その一、辺境伯は捕虜となったので戻れない。
その二、辺境伯の軍勢は、大草原と大森林の人たちにあっさりと敗れた。
その三、こちらの条件を受け入れるのならば、辺境伯は返す。
その四、今のところ辺境伯の命を奪う気はない。
その五、もし戦ったとしても大草原の軍勢には勝てそうな気がしない、
という五点は必ず伝えた上で、おれたちと交渉する気があるかどうかを確認しろと、厳しく述べてある。
ここから辺境都市までは、普通に進めるペースなら三日くらいの距離だ。食糧がなくてもなんとかなる。
それに、戻る途中で、増援の部隊と出会うだろう。
その時、敗残兵たちの身ぐるみはがれた姿が、大草原で起きた真実を伝えてくれるはず。
おれたちが求めるのは、人質交換という名の戦後交渉だ。
最大のエサは、アルティナ辺境伯。
このエサで、釣れるだけのものは全部釣り上げる。単なる人質交換では終わらせない。そのための最大の獲物なのだから。
どうせ、増援の部隊を率いているのは、二人の男爵のどちらか一人のはず。
つまり、交渉相手は、わざわざここまで来てくれる予定だ。
だから、先に下準備として、相手のトップである辺境伯との交渉は終わらせておきたい。
守備陣の柵の外側に、柵と腰を約1メートルの長さのロープで結び、両手両足をエックスの字に広げるようにして、両手はさらに二本のロープで木の柵と結び、両足は動かせないように杭を打ち込んでロープを結び、固定した状態で、辺境伯を無理やり立たせておいた。
そんな姿勢にさせているのに、まだ意識は戻らない。電撃って、怖いな。
おれは、木剣を肩にかついだ状態で、静かにアルティナ辺境伯が目を覚ます瞬間を待っていた。
なに、交渉なんて、簡単なことだ。
何度か骨を折れば、こちらの言い分に理解を示してくれるに違いない。もちろん、跡形もなく、治療もするつもりだ。
身ぐるみはがれてアルフィへ戻る兵士たちも、自分たちの総大将である辺境伯が縛られた姿を見て、顔を青ざめさせていた。
こんなに驚愕の表情になるなんて、なんでだろうか?
ま、あれだけの顔をしているのなら、きっと、いい感じで、この状態を辺境都市に伝えてくれるに違いない。
ありがたいことだ。
感謝するとしよう。
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