第84話 女神への信仰が拡大しすぎて怖いくらいな場合(3)
第四波も、変化なし。単調な攻めで、守るのが楽そうでいい。
この前まで、辺境都市の外壁攻めで、臨機応変に戦い方を変化させてきた軍と同じ奴らだとはとてもじゃないが思えない。
あの軍師が、山で吊され、骨を折られて、許しを求めながら語った情報は、本当なのだろう。
辺境都市アルフィの外壁攻めは、主に男爵たちの兵士が中心で、作戦はあの軍師が立てて、指揮は男爵がとっていたのだという。敵軍の本当の主力、精鋭たちは辺境伯の軍ではないのだ。
あの、山の中に裸で吊り下げてきた軍師はやはり本物だったのだろう。
だからこそ、あの軍師がいなくなったことで、辺境伯の軍勢は一時的に動きを止めたのだ。
この実態を見て、あの軍師から得た情報は確かだと納得できる。辺境伯は、若く、まだまだ未熟なのだ。それを支えていたのは、あの軍師と、二人の男爵。
そして、その三人は、この大草原までは来ていない。これなら、ここを守り切ることも十分に可能だ。
辺境都市アルフィという実質的な敵国の支配、などの難しいことを今の辺境伯程度ではできない。
だからこそ、辺境伯は弱者である女子どもの追撃に動き、男爵二人はそう動いた辺境伯を容認し、自分たちは辺境都市に残った。それが裏目に出るなんて考えてもみなかったに違いない。
女子どもを中心とする避難民が、守備陣を整えているなんて、想定外。そりゃそうだ。こっちは、辺境都市が負ける前提で先に動いている。でも、辺境伯がそんなことに気づくはずがない。
逃げ惑う避難民を襲って、ありとあらゆるものを奪うつもりだったのだろう。手持ちの食料が少ないのも、そういうことだ。
男爵たちも、弱い女子どもが相手なら大丈夫だ、とでも考えたに違いない。大草原の、大森林の、おれたちの情報が何もないのだから、当然の判断でもある。
逃げ惑う避難民という、その状況認識が、実は現実とずれている。なぜならば、フィナスンの手下たちの方が、辺境都市の兵士たちより強いのだから。
隊商の移動と護衛でいろいろな獣に襲われながら、アルフィとカスタを往復してきたツワモノたちなのだ。
そして、そのツワモノの方が、実はこの守備陣の中核で、女子どもの方には、槍で突くとか石を投げるとか、本当にできる範囲のことしか、させていない。
まあ、そんな情報、手に入るはずがないし、辺境伯の能力とは関係がないかもね。
フィナスンがトゥリムやキュウエンに方角を叫び、破られそうになった守備陣が立て直されていく。こうして指揮をさせていると、辺境都市を守っていたスィフトゥ男爵よりも、フィナスンの方がずっと安定した指揮をしている。
避難民たちの戦意も、窮鼠猫を噛む、という状態に加えて、キュウエンの檄が心に響いており、辺境都市の外壁を守る兵士よりもはるかに高い。ま、それでも長持ちはしないだろうけれど・・・。
今のところは、トゥリムという特級の戦力が協力していることもあって、はっきり言えば、今のところは、だけれども、余裕で守っている。
ただし、何本もの槍がどんどん短くなって、敵を突き落とす時にかなり接近しなければならなくなってきているのは不安要素だ。
第十波で、辺境伯は一度、攻め手を緩めた。
その隙に、フィナスンの指示がどんどん飛び、瞬く間にロープで木の柵が補強されていく。
そのことに気づいた辺境伯が再突撃を命じた時には、フィナスンは守備陣の立て直しをばっちりと済ませていた。あれは、辺境伯が一度攻め手を緩めるだろうと読み切っていたに違いない。
もちろん、再突撃してきた第十一波は、あっさりと跳ね返すことができたし、続いた第十二波、第十三波も、打ち破られそうなところにフィナスンの指示でトゥリムやキュウエンが駆けつけ、見事に防ぎ切った。
まるで矛盾するようだが、守備陣の木の柵から落とされた敵兵は傷つくが生き延び、木の柵を突破して侵入した勇敢な敵兵は、フィナスンの手下やトゥリム、キュウエンの剣によって命を失っていた。
この守備陣を攻め始めた頃と、今とでは、敵兵の表情が変化してきている。
大方、こんなはずじゃない、とでも思っているのだろう。
まあ、そうだろう。避難民の物を奪うことで物欲を満たし、避難民の女を襲うことで性欲を満たすはずが、予想外に痛い思いをして、場合によっては死ぬ。
もし、こいつらが辺境都市の外壁攻めでも、温存されていた戦力だったとするなら、今の時点では、ただの弱兵に過ぎない。
心が折れそうな表情で攻め寄せても、それほど怖くはない。
そうは言っても、こっちの限界も、それほど遠くはないだろうけれど。
守備陣側、避難民たちの限界は、二つ。
消耗していく武器と、衰えていく気力。
第二十五波を超えたあたりから、折れた槍を修理しても短かくなり過ぎて使えない長さになってきた。
要するに、敵兵の剣よりも短くなり、接近すると先に相手の刃が届く状態になった、ということである。ここからは使える槍の本数がどんどんと減っていく。
フィナスンの表情にも、焦りと陰りが見える。
避難民たちは、なおさら、だ。
彼らの心を支えていたのは、まさに「槍」という装備そのもの。敵兵よりも遠くから、こちらが傷つくことなく、相手を突くことができるという強み。
ここにきて、その、もっとも重要な強みが失われつつある。
そもそも、槍が短くなっていくほどに、避難民の中に怪我人が増えていた。救護部隊が治療に専念していたのだが、だからといって薬で急に回復する訳ではない。神聖魔法とは違うのだから。
朝にはキュウエンの檄で気合いも入っていたが、陽が傾き始めるまでもうずいぶんと長い時間、心も体も消耗させながら戦ってきた。
そもそも兵士でもなんでもない上に、筋力的には劣る女性が中心の避難民だ。心が折れたら、崩れるのは一瞬だろう。
第三十二波、侵入した敵兵との交戦で、相手を倒しながらも、ついにフィナスンの手下の中から、戦闘不能レベルの怪我人が出た。
完全に、守備陣にひとつの穴が生まれる。
カバーに入ったのはキュウエンで、そこだけを見ると持ち直したし、強化されたのだが、結果としてその他が苦しくても、キュウエンが他の苦しいところへ向かうことができなくなった。
「兄貴! あいつの怪我を!」
「・・・まだだ、フィナスン。まだだ」
「兄貴・・・」
フィナスンが大きな声でおれに神聖魔法を使うように頼んできたが、おれはそれを止めた。
槍としての長さを保っているものは三十本を切り、侵入してくる敵兵の数は午前中とは違って明らかに増えている。
数の暴力には、ちょっとしたレベル差ではかなわない。対応できるのにも限界がある。
さらに、一人、二人と、次々にフィナスンの手下が倒れていく。フィナスンの手下たちは、死んではいないが、もはや戦える状態でもない。
救護部隊の女たちが泣きながら治療にあたっている。避難民の心は、もうすぐ折れるところまで、きているようだ。
一カ所、二人同時に、フィナスンの手下が戦闘不能に陥った。
フィナスンの鋭い指示に反応したトゥリムがその場を一人で支える。トゥリムなら問題ないが、これで、どこかが打ち破られたら、カバーできない。こっちの余剰戦力は尽きた。
まあ、おれがサボっているからだけれど。
とにかく、怪我人は増える一方だ。
「兄貴! もう限界っす!」
歪んだ表情で、フィナスンが横から、おれに向かって叫ぶ。
その時、待っていた一言が、美しい声で耳に届く。
「スグル、もうすぐです」
セントラエスが、後ろからおれにそっとささやいた。
「分かった」
おれは短く、セントラエスに答え、フィナスンに向き直る。「さてと、フィナスン、今から、奇跡が起きるぞ」
「奇跡なんかで間に合う状況じゃないっす・・・って、奇跡?」
目を見開くフィナスン。
フィナスンの疑問の声と同時に、戦場に光が舞い降りた。
ここから、演出された、奇跡が始まる。
さて、それではおれも動きますか。
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