第84話 女神への信仰が拡大しすぎて怖いくらいな場合(2)



 予想通り、というか、スクリーンで丸見えなのだけれど、午前中に辺境伯の軍勢は大草原へと入り、避難民の守備陣からも、確認できる距離になった。


 朝の、キュウエンの檄によって、避難民たちは恐怖を乗り越えた。


 敵の姿を見て、怯える弱者ではなく。

 憎むべき仇として、戦意を高めている。


 死をおそれぬ兵、死兵となって、命ある限り、戦う。


 もちろん、避難民の全てが戦える訳ではない。


 まずは槍を五本ずつ持ったグループに分け、それぞれにフィナスンの手下がリーダーとして二人ずつ配置された。

 そこに、投石スキルをもつ者か、筋力の高い者を投石隊として割り振った。これが基本となる攻撃組だ。

 攻撃と言っても、守備陣の外には出ないで、中から敵を倒す。木の柵と芋づるロープなんて、いつ乗り越えられてもおかしくない。

 乗り越えられるまでは、槍で刺して、石をぶつける。乗り越えられた瞬間、フィナスンの手下が対応する。


 さらに、道具製作関係のスキルがある者を修理部隊として配置し、救護部隊もクレアを筆頭として、各隊に振り分けられている。


 全体の指揮は、中央に組まれた櫓の上から、フィナスンが行う。


 巡察使トゥリムは、協力する気があったので、遊撃隊として中央に控える。

 乗り越えられただけでなく、フィナスンの手下だけでさばき切れない状態になったところへ派遣する。キュウエンも、救護部隊と兼務で、遊撃隊だ。キュウエンも強いしね。


 おれは、とりあえず、サボリ。


 全体の指揮をフィナスンと一緒に執るフリをして、櫓の上から高みの見物。おれが動くべき、その時がくるまでは、待機だ。


 とりあえず、辺境伯、本人をチェック。

 その位置を確実に把握しておく。


 どうやら、指揮官クラスとして、あと二人いるはずのスィフトゥ男爵以外の男爵は、辺境都市に残されたらしい。


 ま、たぶん、だけれど、略奪とはいっても、いろいろ持ち去られていたし、性欲発散の相手にも逃げられていたのだから、辺境伯の直属の軍にご褒美として、この追撃戦を担当させたのだろう。


 辺境都市の統治とか、面倒なことは押し付けたんじゃないか。


 見た目、かなり若い男みたいだし。二十歳くらいかな?

 キュウエン狙いってのは、なるほど、平和なら、けっこうお似合いの相手かも。


 なんか、もっさいおっさんがキュウエン相手にうはうは言ってる感じではなくて、まだマシなのか、あの若さで女に狂っているのか、どっちだ?






 辺境伯軍は、こちらの守備陣に気づいて、一旦、停止した。


 ま、驚いただろうな。予想外のはずだから。


 小さな部隊が、今、来た道を戻っていく。辺境都市にいる残りの部隊に伝令するつもりだろう。


 見た感じ、移動時間をできるだけ短縮しようと、輜重部隊がほとんどいない。


 兵士の腰にかけられた小さな麻袋から考えると、一人ひとりに、二、三日分の食糧を分けて持たせているようだ。盾兵は見当たらないし、弓兵も極端に少ない。そりゃ、この守備陣を見たら伝令を走らせるよな。足りないものが多すぎる。


 さて、ここで、攻めずに待ちに徹するのか。

 それとも、ひとまず攻めてくるのか。


 またまた、猛攻をしかけて一気に落とすつもりになるか・・・。


 とりあえず、こっちはどの選択肢でも、今日だけなら対応できそうなのだけれど。


 どうなっても、夕方くらいまで、頑張りたい。






 およそ一時間くらいが経ち、昼が近づいてから、辺境伯軍は動いた。


 その無駄な時間が、軍師を失った辺境伯の未熟さを教えてくれる。


 攻め寄せるのであれば、決断するだけのこと。

 その決断に一時間をかけた。

 その一時間に運命が左右されるかもしれない、というのに、だ。


 辺境都市アルフィに攻め寄せた、あの辺境伯軍と、こうまで違うものになるとは怖ろしい。指揮官や軍師がいかに大切かということを思い知らされる。


 守備陣を包囲するように軍を展開しつつ、本陣に兵力を残す。中途半端な包囲陣。まあ、そもそも500くらいしか、連れてこなかったのだ。包囲するにも、本陣を守るにも、どちらにせよ、中途半端で、どうしようもない。

 せめて、一気呵成に攻め落とそうとしてくれば、こっちもあせっただろうに。


 しかし、全面、同時攻撃をするという考えは統一できたようだ。


 包囲陣ができてから、おれたちの守備陣へと前進を始めた。


 突撃速度は全開らしい。


 そして、まんまと、子どもたちの草の輪の罠にはまって転倒し、後続の兵士に踏まれたり、踏んだ後続の兵士も倒れたりと、情けない突撃になっている。

 ありがたいことに、一気に突撃されるより、はるかにマシな状況が生まれている。なんでもやってみるもんだ。


 こっちは、寄せ手が堀を登って木の柵に取り付いたところを狙って、猛烈な槍の一突きを浴びせる。


 しかし、槍の数には限りがあるので、討ちもらしたところから、ネアコンイモのロープを断ち切られ、木の柵の間からの侵入を許してしまうところもある。


 そういうところでは、フィナスンの手下が、侵入した敵兵を銅剣で片づけていく。


 第一波は、それなりに余裕の対応だった。押し返せたところは、芋づるロープの補強さえも、やってのけたのだ。遊撃隊のトゥリムやキュウエンを派遣するまでもない。


 第二波、第三波と、特に変化もない。

 第三波で、槍が一本、折れたことによって敵の侵入を許したところにトゥリムが走って、侵入した二人の敵を一瞬で刺し殺した。

 遅れて駆けつけた修理部隊が、槍を少し短くして復活させている。短くなると危険が大きくなるけれど、まあ、仕方がない。


 こっちの課題のひとつは、槍の強度。つまり、竹がどれだけ保つか、というところだろう。


 正直なところ、槍で突き殺せる、という訳でもない。怪我はさせているが、ほとんどは死なない。もちろん、殺せているところもあるのだが、登ってきた敵兵を突き落とすイメージがほとんどで、落ちても死ぬ、ということもない。

 中まで侵入されたら、槍は長すぎて扱いづらいので、効果が半減する。しかし、中まで侵入した兵士は、フィナスンの手下たちに銅剣で殺されていく。


 そういう感じで、守備陣を守る戦法としては上出来だ。槍と石で、敵を落とし、隙を見てロープで陣を補強していく。侵入されたら銅剣持ちで少しレベルが上のフィナスン組の出番。ばっちりだ。





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