第84話 女神への信仰が拡大しすぎて怖いくらいな場合(1)
朝、起きたら、キュウエンのところに避難民が集まっていた。
フィナスンの手下たちも、フィナスンも一緒だ。
それで、何をしているのかと思うと。
「よいですか、みなさん。
私はあの日、辺境伯の間者に刺されて、命を失うところでした。
ただ、偶然にも、刺された場所が神殿に近く、すぐに神殿へと運ばれたのです。
全ては女神さまのお導きでした。
女神さまのお力を借りることができるオーバさまは、
女神さまに祈りを捧げて、
私に癒しの光を与えてくださいました。
あの時の私は、
お腹を刺されて血を流し、
意識を失い、
死ぬはずでした。
あの、光がなければ。
オーバさまがアルフィに来てくださらなかったら。
女神さまがお力を貸してくださらなかったら。
私は、今、この場に生きてはおりません。
私はあの日、この先、一生、女神さまにお仕えすると決めたのです。
女神さまは、そんな私の前に、お姿を現わしてくださいました。
とても。
とても神々しく、気高く、美しいお姿でした。
色とりどり刺繍がなされた、大変美しい服をまとい、
豊穣の実りの麦の穂をあらわすかのような金に輝く髪をなびかせ、
森の恵みのようなお優しい碧の瞳で見つめられて、
私は、もう、このお方に一生を捧げようと思ったのです」
布教活動だった。
いや、これは、ある意味ではこっちの狙い通りでもあるから、別にかまわない。かまわないんだけれど、なんだかなあ。
キュウエンの思い込みの強さが限界まで盛り込まれている気がする。
「わたしも見ました」
「わたしも」
「わたしもです、キュウエンさま」
「わたしも女神さまを見ました」
「・・・本当にお美しいお姿でした」
そういう避難民の女性たちの声があちこちで上がる。
そりゃそうだ。
セントラエスは辺境都市の住民たちに大草原への避難を呼びかけたのだから。
おれが頼んだことだ。
ここに来ているほとんどの避難民はそれを見ていないはずがない・・・というか、この布教活動、着目ポイントが、おしゃれ、になってないか? まさか、避難民が女性中心なのって、セントラエスがめっちゃ可愛かったから、とか? ・・・あり得る。
おしゃれの影響力がハンパない気がする。
フィナスンと、フィナスンの手下たちも、恍惚とした表情でそこに立っている。
女性にはおしゃれで響いていたとして、それを見た男性が一目惚れしてしまう、というのも、当然あり得る。当然あり得るのだが、果たして、こいつらもそうなのだろうか。
まさかな、と思って、フィナスンたちに対人評価をかけてみる。
こいつら、ごっそり信仰スキルを身につけてやがる。まさか、本当に一目惚れなのか?
いや、まあ、戦闘間際にひとつでもレベルアップしているというのは歓迎できるけれど・・・。
それにしても、辺境都市の人たち、宗教にハマるの、簡単すぎないか? ちょろいぞ?
いや、信仰する人が増えるのは、セントラエスの神力に直結するらしいから、おれたちとしてはありがたいことなのだけれど。なんか、予想以上というか、予期せぬレベルでセントラ教が拡大している気がする。
宗教的な影響力の拡大ってのは、狙っていたのは狙っていたのだけれど、あまりにもうまくいきすぎている。びっくりだ。
まだ、教えてないから、こっちの人たちはできないけれど、そのうち、キュウエンとか、ここまでセントラエスを信じているのなら、神聖魔法が使える人も出てきそうな気がする。
見よう見まねでやってみようって人がいないから、できないだけかも。丁寧に指導すれば、可能性は高いし。あれ、なんか、トゥリムは「神聖魔法は失われた」みたいなことを言っていたような?
うちの村では、神聖魔法は中心メンバーの何人かが使えるもんだから、珍しいスキル、という感じはしないのだけれど。特に、ノイハに使えるもんだから、なんか、誰にでもできそうな気になってしまうんだよな。すまん、ノイハ・・・。
さて、布教活動は・・・。
「ですが、みなさん。
私たちは、今。
試練の時を迎えようとしています」
キュウエンのその一言で、雰囲気を大きく変えた。
「キュウエンさま。分かっております」
「辺境伯が、来るのですよね?」
「夫の仇・・・」
避難民も、口々に敵の存在を表現する。
「そうです。
辺境伯の軍勢がこちらに向かっています。
今日中には、ここから見えるところに現れることでしょう。
その軍勢は、私たちの町を落とした憎い仇であると同時に、それだけの強さをもつ強大な敵でもあります。
私たちのような、弱き者に、
あのような軍勢を打ち負かす力があるとは、
とても、言えません。
敵は強い。
それは真実であり、私たちは苦難を前にしているのです」
避難民が静かになった。
キュウエンに視線が集まる。
救いの言葉を求めているのか、それとも・・・。
「実は、この守備陣にこもっていたとしても、決して油断はできません。
敵は、アルフィの外壁を乗り越え、打ち破ってここにいるのです。
私たちの町の、あの兵士たちが守っていた、東の外壁を、です。
アルフィの外壁よりも、もろく、低い、この木の柵で、守り切れる相手では、ないでしょう」
涙を流す者がいる。
悲しいのか。
悔しいのか。
身内を失ったのか。
友を失ったのか。
それは、分からない。
「食糧も、全員が食べられる量は、あと三日分です。
節約すれば、もう少し長くもたせることもできるでしょうが、
そうした時に、私たちは力を出しきれなくなるかもしれません。
今日から、私たちは、私たちを守るために戦います。
しかし、それで三日間、ここを守り抜いたとしても、
次の日からは、空腹とも同時に戦わなければなりません。
アルフィを占領した辺境伯の軍勢が全て押し寄せる訳ではありませんが、ここにいる私たちよりも辺境伯の軍勢の方が、そもそも多いのです。
私たちの中には、小さな子どもたちや、お年寄りのみなさんもいます。
戦える者は、わずかです。
・・・その瞬間が、いつになるかは、分かりません。
ですが、この先にあるものとして、
私たちの、死は、避けられない・・・」
避難民の中から、嗚咽がもれる。
フィナスンの手下の中には、涙を流している者もいる。
「それでも!」
キュウエンが、ひときわ大きな声を出した。
「それでも、戦ってください!
私たちのアルフィを!
私たちのあの町を!
家を!
暮らしを!
私たちの友を!
夫を! 父を!
兄弟たちを!
私たちの全てを踏みにじった、辺境伯の軍勢を許してなるものですか!」
誰も。
何も。
口にしない。
言葉には、ならない。
いつの間にか、布教活動から、戦意高揚集会へと、決起集会へと変化しつつある。
「女神さまが下さった、残りわずかなこの時を!
あの憎らしい辺境伯に!
私たちから全てを奪ったあの男に!
何もせず、なされるがままでいて、それがアルフィの民の姿と言えますか!」
弱き民、避難民たち。
せまりくる暴力から、逃げるしかなかった人たち。
その中から。
熱気が生まれようとしていた。
「私は誓う!
女神さまにいただいたこの最後の時を!
命尽きるその瞬間まで!
戦って、戦って・・・、
そして、奴らの一人でも多くを道連れに!」
おおおっっ、と避難民が叫ぶ。
涙と、怒号と。
そして、一体感と、高揚感。
「辺境伯に死を!」
「辺境伯に死を!」
「死を!」
ひとつの言葉が、天を衝いた。
宗教って、怖い。
原城か?
ここは天草・島原なのか?
キュウエン! おまえは天草四郎時貞かいっ?
大草原の入り口に、死兵が生まれた瞬間だった。
辺境都市のアイドル、男爵令嬢キュウエン姫は。
この日、伝説となる。
いや、辺境伯は殺されると困るんだけれどね・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます