第83話 ここぞという時には女神の力を遠慮なく借りる場合(3)



 からからと接触による金属音が響く。


 落ちてきたのは、銅製品。青銅の槍の穂先だ。


「これで槍を作るのか・・・」

「この長さなら、外壁代わりの木の柵の間から、しっかり離れて突くことができる。かなり安全に戦えるし、穂先は青銅だから、よく刺さるだろ」


「しかし、男が少ない。女では扱えないのではないか?」

「別に、力が弱いのなら、二人で一本の槍を持てばいい。足腰が弱いのなら、少し下がって助走をつければ問題ない」


「・・・辺境都市の守りは、やはり、オーバ殿が男爵に知恵を付けていたか」


「さあね。どうだろうね。ま、この槍なら、女たちでも戦えるし、女たちの方が危機感は強いだろ。ここで負けたら、ひどい目に遭うのは女の方だからな。そういう目に遭わないように逃げてきたんだ。必死で頑張るだろ」


「それでも、ここで相手をするのは、最終的には辺境都市の外壁を乗り越えた軍勢だぞ?」

「・・・辺境伯の軍勢は、楽勝だと思って、完全にこっちをなめてるし、草原でおれたちを追い回すつもりだろうからな。弓矢とか盾とか、邪魔になるもの、わざわざ持ち出すと思うか?」

「・・・思わん」


「槍も、最初は見せないようにするんだ。相手を呼び込んで、木の柵まで引きつけて、最初にごっそり突き殺す。そこからが、勝負だな。おれの予想じゃ、何度か突撃してきたら、今度は無理せず距離をおくと思うぞ。こっちの食糧がなくなるか、あっちの食糧がなくなるか、そういう戦いになるかな。そもそも、最初にこの守備陣を見つけた段階で、しばらく足踏みしてくれると考えてるけれど」


「兵糧攻めか。それは、時間を稼いだ分だけ、辺境伯の方が有利だろう? 向こうは伝令を走らせれば、辺境都市から補給ができるのだろう?」

「ま、そこからは、どうしたもんかねえ・・・」


 おれはトゥリムが持つ正しい感覚に満足して、槍の穂先の取り付けに集中した。


 トゥリムの正しい感覚、とは、スィフトゥ男爵にはなかったものだ。つまり、援軍のない籠城は意味がない、というもの。

 相手に補給がなくて、おれたちが籠城するのなら、時間が経つまで守ればいい。相手に補給が届くのに、おれたちには食料の限界があるというのでは、話にならない。籠城とは、本来、ただの時間稼ぎなのだから。


 おれは避難民の中から、道具製作関係のスキルがある者を4名、選抜して、穂先を取り付けさせている。どのみち、使い捨ての槍なのだが、少しでも、折れるまで、穂先が取れるまで、時間がほしい。

 そういう思いで、対人評価を使ってスキル持ちを選抜している。対人評価を大勢に使ったので、おれはごっそり忍耐力を削られているが、忍耐力は今夜眠れば朝には戻ることだ。


 穂先の取り付けにはやはりネアコンイモのロープを使う。ネアコンイモは、こういう場面でも役に立つ。大森林の恵みに感謝したいと思う。


 守備陣の外では、クレアとキュウエンが子どもたちを連れて、草を結んでいる。単純な、足を引っかけるだけの結び罠だ。子どもたちも何か手伝いたい、と言うので、クレアとキュウエンに連れて行かせた。

 ま、相手を即死させるような効果はないが、全力疾走での突撃なんかだと、けっこう混乱を生むはずだ。

 こういう地味な嫌がらせは、時間稼ぎにはちょうどいい。最初にひっかかるし、忘れた頃にもひっかかるだろう。


 外堀となる穴掘り組は、掘り出した土で木の柵の根元をしっかり固めつつ、出てきた石は投石用の武器として柵の内側に確保している。

 木の柵はそのままだと簡単に木と木の間を抜けられてしまいかねないので、ネアコンイモの芋づるロープをたくさん結んで、通り抜けにくいようにしている。

 ロープを結ぶ作業も避難民が協力し合っている。


 トゥリムは、守備陣が気になるようで、きょろきょろ、うろうろと見学している。このまま、何日もここで耐えしのぐとしたら、不安で仕方がないのだろう。


 フィナスンとその手下たちは、避難民の指揮、監督だ。作業の指示を出したり、食事や薬の世話をしたりと活躍している。

 あまり不安そうではないのが不思議だが、フィナスンに問えば、「ここなら兄貴と一緒ですから」としか言わないし、手下たちもその言葉に力強くうなずく。

 フィナスン組からの信頼がありすぎてちょっと怖い。


 出来上がった槍を使うメンバーも、スキルとステータスを優先している。

 出来上がった分はすでに渡して、フィナスンの手下たちが手際よく訓練させている。一人で使う者、二人一組で使う者など、木の柵の間に刺す練習を真剣に続けている。


 おれは辺境伯の軍勢をスクリーンで探る。大草原まで攻め込むために進んでいるのは、およそ500人。単純な数だけなら、避難民の方が多い。

 数だけでは話にならないのだけれど。そろそろ忍耐力が限界だ。目当ての情報はひとつだけ。


 辺境伯が、いるか、いないか。


 明日の朝、一番に確認しようと思う。






 次の日も、朝から作業や訓練が続く。


 昨日の夜は、避難民のみなさんもゆっくりと食事をとり、ゆっくりと眠ったはずだ。まあ、安心して眠れるという訳ではないだろうが、それは仕方がない。


 復活した忍耐力で、スクリーンを出して、辺境伯の軍勢を確認する。進軍速度はそれほど速くないようだ。

 これなら、こっちの予想通り、明日の朝以降に、ここに攻め寄せてくるはずだ。

 あの、辺境都市の籠城初日の軍勢は、裸の軍師が言っていた通り、スィフトゥ男爵以外の、あと二人の男爵の兵士たちが中心だったようだ。


 つまり、この進軍速度のやや遅い軍は、辺境伯の直轄地からの辺境伯軍で、この中には辺境伯がいる可能性が高い。


 トゥリムの情報を信じるなら、辺境伯の狙いはひとつ。

 スィフトゥ男爵の娘、キュウエンだ。


 辺境伯は、キュウエンにあんなことやこんなことがしたいのだろう。

 キュウエンは迷惑だろうと思うけれど、そのおかげで、一兵卒にキュウエン捕縛を任せたりせず、自分の目の前で捕まえたいのだ。

 欲望にまみれてて気持ち悪いが、そのおかげでそこに辺境伯がいるのなら。


 おれは運がいい。


 どのみち、長期戦になれば、どうしようもない。長期戦にするつもりもない。


 これだけの人数をアコンの村に連れて行くとすれば、道中の猛獣をどうするかは大きな課題だ。やってできなくはないが、かなり苦労するのは目に見えている。


 数も、装備も、士気さえも、上回っている相手をどうやって倒し、追い払うのか。


 一番簡単な方法は大将首。辺境伯を倒してしまえばいい。


 今回の場合は、生け捕りが勝利条件。

 狙いは、人質交換。交換するのは、人質だけじゃないけれど。


 正直なところ、辺境伯さえ、ここまでやってきてくれたら。

 ここで辺境伯を捕まえるというのは、そんなに難しいとは思っていないのだ。


 逃げられないように、足の骨でも折ってしまえばいい。


 とっ捕まえた辺境伯と、すでに捕まった男爵の人質交換というか、辺境伯の命をかけさせて、交渉する。

 裸の軍師からの情報で、どういう交渉をすればいいかは、だいたい分かっている。

 要するに、スィフトゥ男爵の即時解放と、辺境都市アルフィからの撤退、その他もろもろ盛りだくさん。

 辺境伯の命が惜しければ、と。まあ、まだ捕まえてもいないけれど。


 そういや、あの軍師、森の木に結んで吊るしたままだったな。あれから何日か経つけれど、誰かに気づいてもらえただろうか?


 ま、いい。

 まずは辺境伯の確認だ。


 おれは、ごっそりと忍耐力を奪われながら、対人評価で情報を得ていく。


 やっぱり運がいい。

 辺境伯は、ここに向かって軍勢を率いていた。


 これは、男爵二人には、避難民を追いかけて、奪い、犯し、蹂躙するだけの簡単なお仕事だと思われたか。辺境伯に任せても問題がない、簡単な追撃戦だと。


 いやあ、ラッキーだよなあ。


 一発逆転のチャンスが歩いてこっちに向かってるよ。ありがたいことだ。


 アルティナ辺境伯はレベル11。なんだ、スィフトゥ男爵と同じなのか、と驚いた。その程度か、と。


 支配者層は確かに、他の人よりもレベルは高い。でも、高いといってもレベル10前後ということなのだろうか。まあ、それで十分だと言えば、それもそうか。

 支配される側はレベル4か5くらいが上位者の中心なのだ。支配するのにレベルが10もあれば十分だ。


 以前、セントラエスと辺境都市を攻め落とす話をしたけれど。スレイン王国そのものだって、その気になれば落とせそうだ、と。

 口にはしないけれど。


 さて、それでも保険をかけておくとしよう。


「セントラエス、ちょっといいかな」

「どうしました、スグル?」


 おれの背後にいたセントラエスが、いそいそと正面にあらわれる。

 いつ見ても、かわいい女神さまだ。


「実は、こういうのが、ほしいんだけれど・・・」


 おれは、辺境伯を確実に捕まえるために、セントラエスの力を借りるのだった。





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