第83話 ここぞという時には女神の力を遠慮なく借りる場合(2)



 翌日、辺境都市から、新たな辺境伯の軍勢が出発した。

 辺境都市の統治に残している部隊も多いので、全軍ではない。明後日の朝には、大草原へなだれ込んでくるだろう。

 辺境伯本人が、辺境都市に残っているか、軍勢を率いてくるかが、おれたちの運命を分ける。


 こっちは、大草原に入り、避難民を連れて、予定通りの位置を目指した。


「なんだ、あれは?」


 トゥリムが声を上げた。


「見て分からないのか?」

「・・・守備陣が設営されているようにしか見えん」

「その通りだな」


 大草原に入って、およそ一時間の距離。一段高くなっているところに、木の柵で囲まれた一帯があった。柵の中の中央には櫓が立てられている。

 木の柵の一帯では、先に到着した避難民が、男も女も関係なく、周囲を掘って堀をつくっている。陣の中からは炊煙も見える。


「・・・前もって、準備していたのか?」

「王都の密偵が知らなかったとか、フィナスンとその手下たちは優秀だねえ」

「こういう事態を想定していたのだな」


 想定していた、と言えば、そうとも言えるし、そうでないとも言える。どちらかといえば、これを狙っていた、という方が正解かもしれない。

 避難民を引き連れ、大草原へと逃げて、辺境伯の軍勢を待つ。おれたちが勝つには、これしかないと思うから。


「予想以上の数を連れてきてしまったけれどね」


 おれはそう言い捨てて、構築中の陣を見つめた。

 フィナスンがスィフトゥ男爵から大草原の調査を依頼された時に、鳥瞰図スキルで確認したちょうどいい高台の場所を教えて、必要な木材と食料などを運びこませて、木の柵を設置し、食料は埋めるようにしてほしいと頼んでおいたのだ。

 避難民の数はその時に予定していた人数よりも多いが、それでも五日は食料ももつだろう。


 最後尾のおれに気づいたクレアが、キュウエンに声をかけ、二人で大きく手を振っている。ここまでの移動では離れ離れだったので、久しぶりだ。


「ようやく、まともなものを食べられるな」


 フィナスンの手下がパンを焼いているのを見て、おれはそうつぶやいた。


 食事と、休息。


 日中は陣の構築を頑張ってもらうけれど、これまでの移動中とちがって、よく食べて、よく寝る時間が確保できる。


 少なくとも、辺境伯の軍勢が来る、明後日までは。


 信じられない、と顔に書いてあるような表情で、トゥリムは守備陣と、その守備陣をさらに堅固なものにしていく人々を見つめていた。


 この程度で驚くなよ、と。ここからが本番だからな、と。

 おれは心の中で笑った。


 王都の人間をびっくりさせるような報告させてやろうと思う。






 さて、面倒なことに、またしても、麻服のアルフィ人が、羊毛の服の大草原の人に暴言を吐いたという。


 そして、今度は手下ではなく、フィナスン本人が仲裁に入った。


 いや、仲裁というか。

 何というか。


 はっきり言えば、毅然とした、処理、をした。


 暴言を吐いたアルフィ人は、フィナスンの手下たちによって自分の荷物を全て守備陣の外へと放り出された上で、フィナスンによって四、五発殴られ、追い出されたという。


 フィナスンが女性を殴ったと聞いて、かなり驚いたのだが、まあ、咎める必要はない。そういうものなのだ、と思うことにする。

 うちの村でも、手合わせならアイラやクマラを骨折させるところまでやることだってあったしね・・・。


 差別意識の強いアルフィ人とやらは、これから避難民が一丸となって戦う必要があるのに、そういうタイプの言動が許されると思っていてもらっては困るのだ。

 本当のところは、貧民区の、大草原出身者を避難民として連れて逃げるつもりだったから、非協力的なアルフィ人は、正直、おれも邪魔だと感じる。

 セントラエスの女神効果が出過ぎたかもしれない。


「そういう感じっすけど、問題あるっすか?」


「いや、別にいい。問題ない。そもそも、ここは辺境都市アルフィじゃなくて、もうすでに大草原だしな。大草原に文句があるなら、辺境伯に占領されたアルフィに戻ればいい。他の避難民にも、はっきり伝えておく方がいいな。これから一緒に戦う味方を認められないのなら、それは敵の味方、つまりおれたちの敵だって。見せしめってことで、さっきの女と同じ目に合わせると、伝達しよう」


「今の状況で、敵味方の区別がつかないような、危機感のない者がいると、戦えないっすからね」

「そうだな。キュウエンにも頼んで、さっきのことを全員に伝わるようにしてくれ」

「了解っす」


 フィナスンが動き、手下たちが散らばる。フィナスン組はとても優秀だ。

 正直なところ、フィナスンを兵士のリーダーにできなかった、スィフトゥ男爵の限界が、辺境都市を陥落させたんじゃないのか、とさえ思う。


 とりあえず、これで表向きは内部の争いが浮き出てこないはず。


 でも、まあ、もうちょっと、別の形で、一体感が出るようにはしないと・・・。






「なんだこれは、どこから出した?」


 作業が進む中、常識ある巡察使トゥリムは悲鳴のような声で叫んだ。


 とっても便利な袋からですが、何か、問題でも? ・・・という、本当のことは教えない。


 知りたがったらなんでも教えてもらえると思うなよ。

 おれがセントラエスに昔もらった便利な袋から取り出したのは、竹。


 それも、握るのにちょうどいい太さで、しなりはほとんどない。

 長さはだいたい三メートル。


 どうしてこの袋にそれが入っているのか、訳が分からない長さと・・・数。

 その数50本。


「見たことない木っす」

「そうか、こっちにはないんだな。これ、竹っていう、いろいろと使い道のある木なんだよ。ま、いいか、それは。フィナスン、頼んでおいた、あれ、出してくれ」

「もう用意させてるっす」


 フィナスンがそう言うと、手下が麻袋をひっくり返して、中身をぶちまけた。





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