第83話 ここぞという時には女神の力を遠慮なく借りる場合(1)



 避難民の一団が全員、例の橋を渡ってから約二時間。


 陽が傾き、闇が近づいてきた頃、兵士の一団が見えた。


 兵士の一団が二列縦隊で走ってくる。なんか、大学の駅伝部のトレーニングみたいだ。予想通り、長駆のスキル持ちの集団で、23人しかいない。


 武装していない避難民への追撃など、23人でも十分なのかもしれない。


 おれは一人で撃退するつもりだったのだけれど、トゥリムが残ると言い張った。


 あまり、戦う姿を見られたくはないのだ、とはっきり言ったのだが、トゥリムは譲らない。


 戦いの後、ここに置き去りにするぞ、と言ったら、ついていくぐらいのことはできると言い切りやがった。長駆のスキルがあるからって調子に乗ってやがる。


 絶対に置き去りにしてやると決めた。


 とにかく、おれが戦う姿は秘密にできるかどうかを確認すると、意外なことに、誰にも言わないと神に誓った。

 神では信用ならんと、巫女長に誓わせると、それにも従う。

 えらく従順で不気味だった。


「邪魔だから、余計な手出しをするなよ?」

「・・・討ちもらした分はこっちで止めてやるから安心してくれ」


 なんという、偉そうな一言。


 はあ。


 ま、秘密は守ると約束したんだ。

 せっかくなので守ってもらうとしよう。約束を。


「一瞬で終わるから黙って見てろ」

「20はいるぞ? 剣も抜かずにどうするつもりだ?」


 はいはい。

 黙って見てなさい。


 今回は、殺さず、などということはしない。実験したいことがあるからだ。






 敵軍がおれたち二人に気づく。


 でも、特に止まる訳ではない。


 おれは投石スキルを活用して、小さなつぼを投げた。中身はナードの油で、大葉でふたをしてひもでしばってある。


 うわ、と言いながら避けようとするが、兵士ごときに投石スキルとおれの能力値で投げるレーザービームは避けられない。右投げだけれど。


 小さなつぼは割れて、わずかなダメージとともに、敵兵を油まみれにする。


 油だ、火攻めに警戒しろ、とかいろいろ言ってる。

 まあ、おれたちは火らしいものは何も持ってない。


 おれはさらに5つ、油の小さなつぼをぶつけた。


「嫌がらせなのか?」


 トゥリムがささやく。

 おれは無視した。


 慌てるな、とか、たいまつは持ってない、とか、聞こえてくる。


 男爵たちの守城方法は辺境伯軍にとってトラウマになっているのかもしれない。

 まあ、壁を登ってきた敵兵の顔面に油をひたしたぼろ布をかぶせて、たいまつで火をつけて落とすっていう対処法だけれど、トラウマになるよな、それ。

 そこまでやっても、壁を突破されたんだけれどね。兵力差、恐るべし。


 敵兵の一団とおれとの距離は3メートルを切った。

 敵兵は十分に油にまみれている。


 おれは意識を右手に集中させて、体内の見えない力、魔力を集め、高めていく。

 魔力を集めた、その右腕を伸ばす。


「火炎嵐」


 たった一言のつぶやきとともに、突然現れた大きな炎が23人の敵兵を全て包んで、ぐるぐると回転しながら焼き尽くしていく。


 兵士たちが浴びた油が、炎をさらに拡大させている。

 何か、言葉になっていない音のような悲鳴が聞こえてくる。

 肉が焼け、焦げていく臭いが広がる。


 やがて、敵兵は燃えながら宙に舞い、何人かはそのまま渓谷へと落ちていく。

 味方であるはずのトゥリムが、後ずさりながら、意味をなさない音を口からもらしていた。


 大森林では使えないもんだから、ある意味では実験のつもりだったんだけれど。


 火炎魔法、怖いな、マジで。






 数秒後。


 炎の嵐がおさまってから、隘路に倒れた敵兵を確認した。


 最後方にいた一人だけがかろうじて息があったのだが、その他は確認時点で死亡。その生きていた者も含め、全員を渓谷へと蹴り落とした。


 先に渓谷に落ちた者も含め、スクリーンで生存者はいないことを確認済み。


 これで、おれの火炎魔法を見たのは、トゥリムだけだ。


「さっきのは、なんなのだ・・・」

「知る必要ないだろ。どうせ秘密なんだ。あ、これ、しゃべったら殺すぞ」


「あ、ああ・・・」

「じゃ、走るぞ。ついてこれるんだろ?」


「ま、待て。橋は? この橋はどうする? 落とさなくていいのか?」

「言ったろ。辺境都市を取り戻すことの方が、優先順位が高いんだ。ここの橋を焼き落としたら、戻るのに余計な手間がかかるだろ」


「本気なのか?」

「いいから、ついてこいよ」


「・・・分かった。さっきの兵士たちと同じくらいは走れる。遠慮はいらん」

「そっか。長駆スキルはあるもんな」


 おれは走り始める。

 トゥリムがその走りについてくる。


「長駆? スキル?」

「まあ、知らないこともあるよな。でもな、それ以上に速く走る、そんな力もあるからな。じゃ、先に行くぞ」


 おれは高速長駆スキルで、あっという間にトゥリムを置き去りにした。長駆スキルで走るトゥリムとはスピードが段違いだから、当然の結果だ。


 神眼看破で見た、遠く離れたトゥリムの表情は、可能なら写真に撮って残し、からかうために使いたいくらいのいい表情だった。


 ざまあみろ。

 偉そうについていくぐらいはできるとか言ってくせに。


 これにこりたら調子に乗るなよ~。






 避難民の最後尾に、おれはとっくに追いついていたのだけれど、かなり遅れて、トゥリムが追いついた。


 さっきまで後ろで戦闘が行われたなんて、避難民たちは知らない。


 フィナスンが手下たちとクレア、キュウエンにだけ、辺境都市の落城を伝えている。キュウエンには、男爵が捕えられたことも合わせて伝えられたはずだ。男爵は死んではいない、今のところ。


 スクリーンで、辺境都市に入った辺境伯軍の動きを確認。


 まだ、町でいろいろと動いているが、こっちに向けて出発するようなようすはない。そもそも、先行した部隊が全滅したことを知ることもないはずだ。


 どっちかというと、作業がメインだな。生き残って降伏した辺境都市の兵士たちに東門の掘り起しをさせている。壁を乗り越えるのは、別に人間はいいが、荷物だとかなり面倒だからな。開門作業は当然の処置か。


 もう陽は沈む。

 そうなったら、あの隘路を行軍するのは危険なので困難だ。


 こっちも、明日の午前中には大草原へと入れそうだし、休むにはちょうどいい頃合いだ。


 遠慮なく、休憩しよう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る