第82話 女神の連絡網がとても便利な場合(2)
「・・・進みがおそくなったな」
「先頭が、例の、橋を渡り始めたっすかね。これまでも、少しせまいところを通る時は進み具合が遅くなったっすよ」
「そうか、例の橋、か」
おれは避難初日の、フィナスンとのやりとりを思い出す。
追いつかれるのは、嫌だが、時間の問題なのだ。
今は、辺境伯軍の攻勢が再開して三日目だ。
ソリスエルによると、辺境伯軍は、今朝から攻撃場所を増やしているという。
堀に丸太橋をかけることで、突撃兵が登る壁は、門の付近だけでなく、丸太橋が届いたところへと数か所に拡大しているらしい。
門が門ではなく壁だったことが影響しているに違いない。
男爵側としては苦しい。昼、夜、昼、夜と二日間の猛攻をなんとかしのいできたのに、三日目には門の近くだけでなく、何か所も守るべき場所を増やさなければならなくなった。油や石、矢なども尽きかけているし、兵士たちの限界も近い。
おれがチョーヒとなる瞬間も近づいているのか。
三国志での見せ場のひとつ。
荊州で、ソーソーに追い詰められて逃げるリュービに、慕う領民がついてくる。妻子を捨てて逃げるリュービ。
敵中突破でアトを守るチョーウンもかっこいい場面だが、長坂橋で豪傑チョーヒがソーソー軍を足止めするのもなかなか捨てがたい。
まあ、どの三国志を読むか、でいろいろと見方は変わるのだけれど。
おれとしては、スタンダードな吉さまの歴史小説と、横さまの歴史マンガは大好きだ。ただ、ソーソーを主人公としたマンガの方も捨てがたい。もちろん、宮さまの三国志は教訓に満ちているので読むべきだとも思う。
宮さまの作品は、ガッキにアンシにタイコーボーに、モーショークンとか、その他もろもろ、学ぶべきことが多い。
最近の中学生は、ああいうのを読まないから成長しないんだと思う。
あれ、おれ、現実逃避してるのか?
今のこの状況、相当嫌な気持ちになるらしい。
避難民には女性が多い。もちろん、男性もいるけれど、比率の問題だ。
昨日の夜も、おとといの夜も、セントラエスが「もう仕方がありませんから、そうしましょう。この際ですから、できるだけたくさんの女性と夜伽をやってしまいましょう」という提案がしつこいくらいに続いている。
おれがその気になれば、よぼよぼのおばあさんからいたいけな少女まで、一気にレベル2~3くらいは上げられるのだ。
いや、そんなの実際には体力が持たないと思うよ?
セントラエスは、もともとのレベルが高めの者にしぼって、その人たちとナニすることで、この状況を打開する戦力を整えるのですっ、と。
しかも、まずはキュウエンからとか。キュウエンはそもそもレベルが高い。男爵の娘として育てられた関係でレベル9だ。
この集団でおれやクレアを除けば、巡察使トゥリムの次に高い。トゥリムはレベル10だ。
トゥリムもよく分からん。なぜか、避難初日から、おれとフィナスンの隣を歩いている。
なぜついて来るのかと聞けば、これも任務だ、と答える。どうやら、方針、というものではなくなったらしい。
ということは、方針ではない方、つまり、巡察使、ではない、もうひとつ別の職業欄にある職業と、関係がある任務らしい。
他人のステータスをほぼ完ぺきに覗き見できるおれの対人評価と神眼看破が怖い。怖すぎる。
まあ、もっと怖いのは、トゥリムの3つ目の職業欄の記載事項だけれど・・・。これ、トゥリム本人は、知ってんのか?
今のトゥリムの任務は、「巡察使」としてではなく、「巫女長の懐刀」としての任務なのだろう。そもそも「巫女長の懐刀」って、職業なのか? どうなんだ?
まあ、任務と言ってついて来るからには、味方をしてくれるのだろうと思うけれど。
「スグル、ソリスエルからの知らせで、東の外壁は乗り越えられたそうです。男爵は捕えられ、町は焼かれているとのこと。辺境都市は陥ちたようです」
セントラエスがおれの前に立ってそう言った。
そうか、陥ちたか。
まあ、男爵が殺されたのではなく、捕まえられたというのは、かなりマシな状況だろう。
おれは立ち止まる。
「どうした?」
「兄貴?」
トゥリムとフィナスンが立ち止まって振り返る。
「辺境都市が、陥ちた」
「そうっすか・・・」
「なぜ分かる?」
おれの言葉を信じるフィナスンと、疑問をぶつけるトゥリム。
この場合、フィナスンの盲信の方が怖いけれど。
「女神からのお告げだ。信じたくないなら信じるな。男爵は殺されずに捕まったらしい。町は焼かれてるってさ」
「連中、こっちまで来るっすかね?」
「どうかな?」
「・・・いや、落ちたのなら、こっちには来るだろう」
トゥリムが言い切った。
おいおい。
そっちこそ、どういう情報網があるんだ、いったい?
「なんでっすか?」
「辺境伯は、男爵の娘を強く望んでいるようだったからな」
キュウエンか。
確かに、キュウエンは美しいし、気だてもいいし、辺境伯がご執心というのも分かる。
そういう裏情報を握っているのは、さすが巡察使。
しかも、納得できる追撃理由だ。
欲望が根源にあるのなら、間違いなくやってくる。
美姫は戦争の理由になるんだよなあ。
現代では、そうではないと思いたいけれど。
古代なら、それも普通か。
おれはスクリーンで、鳥瞰図を広げて、辺境都市での動きを確認していく。
まだ動きはないかな、と思っていたら、小部隊が西門を抜け出たのが確認できた。
移動速度が、速い。
部隊の規模と、移動速度から考えて、「長駆」スキル持ちを集めた小部隊だろう。
基本的に戦闘力を持たない避難民の集団だ。
狙いがキュウエンだけなのだったとしたら、小部隊でも目的は達成できると考えるだろう。まあ、小部隊の連中も、欲望でぎらぎらしている可能性はあるけれど。
「フィナスン。全体の動きを頼む。こっちの足が遅すぎるから、夕方には小部隊に追いつかれそうだ。例の橋でおれが足止めする」
「分かったっす」
フィナスンが動き出す。
トゥリムは動かずに、おれを見た。
フィナスンがいなくなって、トゥリムと二人きりというのは都合がいい。
「なんだ? 助けてくれるのか?」
「それが任務だ」
「・・・巫女長とやらが、そう言ったのか」
「っ!」
珍しく、トゥリムが動揺した。
「おまえは、本当に・・・」
「ま、お互い、どんな力を持っているのかは、知らない方がいいんじゃないのか?」
「・・・おまえにそういう隠し事はできなさそうだがな」
「なら、巫女長から言われた任務ってのを教えろ」
「・・・それは分からんのだな」
「まあな」
「どこまで分かってる?」
「おまえが巡察使であると同時に、巫女長の懐刀ってことは分かる」
「・・・なぜ、王都のことなど何も知らぬというのに、おれが巡察使の中でさえ隠している巫女長との深い関係まで把握できるというのだ?」
その疑問には答えない。
ステータスを見ただけだから、考えれば分かるだろうに。
あ、いや。
他の人がスキルで他人のステータスをどこまで見ることができるのかは分からないな、そう言えば。
とりあえず、このへんの連中では、対人評価スキルが使えたとしても、おれのステータスは名前すら分からないらしいけれど。
「巡察使ってのは、王家に仕える役割。で、巫女長ってのは、王家とはちょっと離れた、王都の重要な存在ってところか。全部推察だから、間違ってても気にするな。方針ってのは王家の方のことだったから、任務ってのは巫女長の方じゃないかと思っただけだ」
トゥリムは、別の言い方をすれば、二重スパイなんじゃないか、と思う。
「・・・まあいい。巫女長は預言の力を持つ尊いお方だ。その預言が、おれにだけ明かされた」
「預言の力、か」
とんでもない奴が王都にいるらしい。
「で、その預言ってのは?」
「・・・辺境に王が現れる、ということだった」
「辺境に、王?」
「そうだ」
「それ、おれに言って良かったのか?」
「かまわんだろう。いろいろと考えた結果、預言の王とは、おまえのことだと結論づけた」
なんとまあ。
そんな預言を聞かされた奴が、こんな結論を出していたとは。
でも、当たり、だろうな。
「辺境というのを辺境都市だと考えていたのだが、男爵の力はそこまでのものでもなかった。だが、辺境をもっと遠く、それこそ大草原や大森林なども含めて考えるのであれば、一人、とんでもない力を持つ者がいる。そして、その者は、辺境都市に現れ、失われた神聖魔法を使った」
「それが、おれ、か」
トゥリムはひざまずいて、おれを見上げた。
「オーバ殿。王都へ。どうか、巫女長に会ってはもらえないだろうか?」
「今、忙しいから無理」
「・・・そ、それはそうなのだが、この一件が片付いたら、なんとか」
「嫌だ。王都なんてめちゃくちゃ遠いだろ」
「そこをなんとか! ハナさまは、もう、長くはないのだ・・・」
ふむ。
ハナ、ね。
ハナ・・・か・・・。
巫女長の名前、ハナっていうのか。
気になるといえば、気になる。
その名前なら、とても気になる。
でも、今はそれどころではない。
おれはイエスともノーとも言わず、トゥリムを立たせて、例の橋へと移動した。
今は、トゥリムがこの一件だなんて軽いものみたいに言う、辺境伯と男爵の戦いを片づけることの方が優先なのだから。
男爵は既に敗北して捕まったけれど、ね。
ところで、任務って何だったのか、聞くのを忘れた。
まあいい、今度にしよう。
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