第82話 女神の連絡網がとても便利な場合(1)
辺境伯軍に追い詰められた・・・いや、正確には王都の巡察使たちによって追い詰められた辺境都市の支配者である男爵の兵士たちは、どこまで東の外壁で辺境伯軍を押し留められるか分からない、という状況になり、避難民が大量に大草原を目指して西門を旅立った。
そもそも避難民たちをそそのかしたのはおれたちなのだが。
予想以上に多くの人が辺境都市を出て、ほぼ町はもぬけの殻に。
そんな大集団が大草原まで続く渓谷の隘路を進む。
その集団の最後尾であるしんがりを、おれたちは三人で歩いていた。
三人で。
おれ。
フィナスン・・・と、もう一人。
なんで、こいつが? という人物。
「・・・いろいろ言いたいことはあるっすけど、言ったら殺されそうっす」
「そんな乱暴なまねはしない」
「神殿の前での切り結びのようすは見たっす。見たとは言いながら、剣筋は早業過ぎて見えなかったっす。あの男爵は、あれで辺境都市では最強っす。それを三人がかりとはいえ、打ち負かしたっす。強過ぎるっす」
「ほめてもらっても何もしてやれないが」
「ほめてはないっす。怖れているだけっす」
「神殿前での、おまえの指揮は見事だったな」
「ほめられたっす!」
意外と、フィナスンは仲良くやっているようで何よりだ。
避難民の一団の最後尾のおれとフィナスンには、なぜか王都の巡察使がつきまとっていた。
そして、避難開始から三日目の朝。
「それで、700人も連れて帰るつもりなのか?」
王都の巡察使、トゥリムが歩きながら言った。
名前を本人から聞いた訳ではない。
そもそも、最初の出会いから、対人評価で名前も分かっていた。名前よりも職業欄の方に重要な情報があったから、これまで名前を重視しなかっただけだ。
そもそも、偽名を名乗っている可能性もあるので、うかつに名前を呼ぶ訳にはいかないのだけれど。
「連れて帰る・・・?」
「大草原の向こう、大森林が本拠地なのだろう? この避難民を受け入れるのか?」
「・・・遠すぎだって」
「そんなに遠いのか?」
「なんだ、王都の巡察使ってのも、知らないことがあるんだな」
「おまえが王都のことを知らないように、おれたちも王国の外の、その、さらに向こうまで、知っている訳ではない」
「王国の外、ね・・・言われてみれば、そうだな」
「それで、連れて帰るのか?」
「・・・最終的に、そういう結果になれば、そうする」
「まさか・・・」
「信じられないっす・・・」
巡察使トゥリムも、フィナスンもあきれたようにつぶやいた。
驚いた、という方が正確かもしれない。
なぜだ?
「そんなに不思議か、フィナスン?」
「いやあ・・・兄貴のことっすから、本当にできるんだとは思うっす。でも、700人を超えてるっすよ? それだけの人間を食べさせることができるんすかね? 大草原では冬を越せないから子どもを手放すのが一般的なんすよね? だから、この人たちの中の半分くらいは元々大草原から辺境都市まで来た人たちっす」
「辺境都市は、大草原側に麦畑を開いたらしいが、そこでの麦の育ちは悪いと聞いている。羊の牧場はそこそこ成功しているようだが、肉は保存がなかなか難しいだろう?」
「食料不足の心配か・・・なるほど」
「やっぱり無理っすよね?」
「いや、たぶん大丈夫だな、大森林まで行けば。大森林なら食料の心配はいらない。そもそも、今回、おれが辺境都市にやってきたきっかけは、おれたち大森林のアコンの村が食料を提供して、大草原の氏族から口減らしの子どもを引き取ったことで、辺境都市のスィフトゥ男爵が異変に気づいて、調査隊を送り出したことなんだよな」
食糧の増産は、そう難しいことではない。西側の水鳥のいる池から流れる河原も水田に変えればいいし、虹池のあたりはそもそも馬の棲みかになっているのだからそれこそ牧場にしてしまえばいい。
ダリの泉の近くは麦畑にして、増やした猪で混合農業ができそうだしな。バッファローの家畜化計画も軌道に乗れば、あの辺に分村しておいて、二年くらいはネアコンイモ中心の食生活で乗り切れば余裕が出そうだ。
辺境都市から金属工具が手に入れば、森の外縁部にツリーハウスの村をつくるのは簡単にできそうだし。
「辺境都市とちがって、大草原から向こうは一日一食だしな」
「一日一食とはいえ、辺境都市の人口とそれほど変わらない700人を突然受け入れたとしても心配いらないとは、どれだけ豊かなところなんだ・・・?」
それは、まあ、アコンの木とネアコンイモというファンタジー植物のおかげなんだけれど。
ネアコンイモは、収穫して、次の種芋を植えたら、一か月で次がまた収穫できる。年間12回、だ。何かで測定した訳ではないが、栄養価が高いことは間違いない。
ナルカン氏族のドウラによると、冬の食事にネアコンイモを食べるようになってから、ナルカン氏族の冬は病人知らずになったらしい。
イモ一個で作ったうす~いスープが20人以上の一食分になる。
ちなみに、一本のアコンの木の根元に20~30個ぐらいはネアコンイモが埋まっているし、アコンの木は全部で60本以上生えている。
つまり、アコンの木一本で20個のネアコンイモが採れるとして、アコンの木二本分の収穫で800人分の一日の食事が用意できる。
毎日アコンの木二本分のネアコンイモを収穫したとしても、30日後には、最初に収穫した二本のアコンの木の根元から、大きく育ったネアコンイモが再び収穫できるのだ。
それに、おれたちアコンの村の収穫は、ネアコンイモ以外にもたくさんある。
米、麦、豆、かぼちゃ、トマト、果物は季節によるが、すいか、いちご、なし、みかん、パイナップル、ぶどう、びわ、もも、などなど。パイナップルなんてほぼ通年だしな・・・。
肉関係も、家畜化を実現した羊、猪、森小猪、土兎とか、今ではけっこうな余裕がある。虹池のイチのところまで行けば馬乳とかも簡単に手に入る。
山菜とかきのこ類も含めたら、自然の恵みだけでもかなりいける。イモ汁にいろいろ混ぜるとさらに美味しい場合もある。
魚介はなかなか手に入らない高級食材になっているけれど・・・。
こうやって改めて計算してみると、今のまま、生産力を拡大しなくても、1000人くらいは大丈夫そうだ。
それに、1000人いれば、二年でかなり生産力を拡大できる。あ、道路が造れそうだ。ま、1000人いないけれど。
「どっちかというと、そこにたどり着けるかどうかの方が、大変な作業かもな」
「そんなに遠いっすか・・・」
「しかし、さっき、最終的にそうなれば、ということだったな?」
うん。
巡察使は、ちゃんと話を聞いている。
姫さんとか、男爵とか、話をちゃんと聞いてくれない人が多くて困ってたから、助かる。
「とりあえず、辺境都市を取り戻すことの方が、優先順位は高いかな」
「まだ、落とされてはないだろう?」
「時間の問題っすけど」
そう。
フィナスンの言う通り。
辺境都市が落ちるのは時間の問題だ。
ソリスエルとセントラエスの女神通信によると、辺境伯の軍勢は交代制で、昼夜を問わず、攻勢をかけているらしい。兵士の数を減らしてしまった男爵にとっては最悪の戦法だ。
おれがフィナスンを通して提供していた大量の油と、住民から集めたボロ布、そして、たいまつの三点セットで、外壁を登ってくる突撃兵を焼き落としているのだが、敵の弓兵からの矢をなかなか防げず、怪我人は増加中とのこと。
おれたちがいなくなったので、神殿で治療を受けて復活、というのもなくなってしまった。もちろん、油やぼろ布が補充されることもない。
男爵、踏んだり蹴ったりだな。
男爵にはあえて教えなかったが、糞尿をかける、という守備方法もある。いろいろと課題も多い方法だが、相手の戦意を挫くにはなかなかいい。
ただし、一度くらった相手が生き延びるとさらに戦意を高めてしまうこともあるけれど。恨み倍増って感じで。
辺境伯軍は、大きな丸太に何本ものロープを結んで、兵士20人で丸太を持って突撃するという、門扉を破壊する戦法も使ったらしい。
さすがに、男爵も弓兵で丸太を持つ兵士を狙わせて対抗した。何本目かの丸太を受け止めた門扉が砕けて落ちたのだが、そこに見えたのは埋められた門、つまり、門だったところはただの壁になっていた、という心理的な裏切りだ。
辺境伯軍の方は、まさか門扉の向こうが埋められているとは思っていなかったらしく、門扉の破壊による歓声が尻すぼみになっていくようすを、ソリスエルがセントラエスに対して熱心に語ってくれたらしい。
おもに、おれに対するほめ言葉として。
まあ、守城の指示のほとんどはおれが男爵に教えたことだからな。おれがほめられるとセントラエスが喜ぶ。なんか、ソリスエルにちょろく扱われてないか、上級神さま?
それでも辺境都市が落ちるのは時間の問題、というのは間違いない。
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