第81話 女神が姿を現し、お告げを与えた場合(3)
少しずつ、住民が集まってきた。それぞれ、麻袋や、麻布に包んだ荷物を大切そうに抱えている。
ざわめきが、少しずつ、ふくらんでいく。
十人、十五人、二十人と、着実に人が増えていく。
数えていた人数が五十人を超えた時点で、なんか変だな、と思った。
集まってくる人が、なかなか途絶えない。
キュウエンがぽかんと口を開けていた。
西門の前には人が入りきらず、先頭は先に門の外へと進んだ。先導はフィナスンの手下だ。
人はどんどん増えて、列はどんどん進んでいく。
よーし出発だーっ、とか言いたかったのだが、そういうことを言う前に、事実上、出発しているのと同じ状態になった。
フィナスンの手下たちが数えたところ、既に避難する住民の数は500人を超えたらしい。麻服の住民も、貧民区の奴隷的な住民も、関係なく集まってきている。
このままでは、三国志のリュービゲントクみたいになってしまう。チョーヒがしんがりを務めて橋を封鎖したり、チョーウンが敵中を一騎で突破したりとか、そういう豪傑がいないと、ソーソーに追いつかれてやられてしまう感じになっていく。
いや、そうなったら戦うけれど。
とりあえず、西門を出て行くと、せまい道が続くので、列は動き続けるしかない。先頭はフィナスンの手下がいて、うまく大草原へと誘導できるはずだが、まだまだ避難民は増えている。
クレアとキュウエンの座った荷車は先に行かせた。
フィナスンとおれがしんがりを務めないと、他にはできそうなのがいない。
「フィナスン、これでよかったのか?」
「・・・オーバの兄貴の方が男爵よりもよっぽど信頼できるっすからね」
「おまえ、本当はこの町を離れたくないんだろ?」
「ま、しょうがないっす」
そう答えたフィナスンの笑いは、乾いた感じがした。
なんとかしてやりたいな、と。
おれは純粋にそう思った。
それくらい、フィナスンには世話になってる。
その時、東の外壁の方から、大きな叫びが届いた。
どうやら、久しぶりに辺境伯の軍勢が攻め寄せてきたらしい。
男爵には、せめて、壁の守りを頑張ってもらいたい。
結局、700人近い人数が、辺境都市の西門を後にした。
辺境都市の女性は、まあ、男に狙われる、そういう年齢の者は、ほとんどが避難しようと集まったらしい。
中には、差別意識の強い者もいたらしく、麻服を着た生粋のアルフィ人が、羊毛の服を着た大草原から連れてこられた人たちに、暴言を吐く、などということもあったらしい。
近くにいたフィナスンの手下が間に入り、暴力に発展する前に止めてくれた。そこにキュウエンが加わり、女神はアルフィの人と大草原の人を分けて考えていない、アルフィの人間だから特別だというのなら、逃げ出さずに最後までアルフィに残り、アルフィと運命を共にすればいい、と冷たく言い放ったらしい。
なかなか辛辣な一言だ。その分、そういう差別意識を持つ者たちを黙らせる効果もあった。
大草原までの隘路は、この人数で移動するペースだと、4日近くはかかりそうだとフィナスンが言う。
辺境伯が、軍師がいないことを気にし続ける心配性であることを願いたい。積極的な攻勢に出られると落城が早くなるだろう。
アルフィ側は兵士の交代要員がごっそりいなくなったのだ。あの軍師がいたら、すぐに見抜かれたかもしれないが、どうだろうか・・・。
それに、これだけの人数が逃げたら、辺境都市の中に、外壁を乗り越えた敵兵が侵入しても、目当ての『獲物』がいないも同然だ。
財産である食料を抱え、女たちのほとんどが避難しているのだから。食欲と性欲という欲望のはけ口がない。
外壁であれだけの激しい戦いを繰り返す兵士たちのことだ。あいつらが町に侵入して、それを辺境伯が統制するようなことはないだろう。
略奪、強姦は、戦場の常。どちらかといえば、兵士たちはそれを褒美ととらえて楽しみにしているくらいだ。
そうすると、避難民が逃げ出した辺境都市では兵士たちの欲望が満たされない訳で、結果として、大草原側まで、辺境伯が軍勢を動かしてくる可能性も、十分ありうる。いや、そうなることを狙っているのだけれど・・・。
ただし、この隘路で、非武装市民を背後から襲われるのは、避けたい。
男爵が意地で、攻め寄せられても三日は耐えてくれるといいのだが。男爵本人も、肩を怪我してたしなあ。そうこっちに都合よくはいかないだろう。
「フィナスン、この道は、大草原までに、橋がかけられてるところとか、あるのか?」
「・・・一か所だけ、あるっすね」
あるのか、やっぱり。
嫌な予感がするなあ・・・。
「三日目の、昼過ぎか、夕方くらいに、橋は渡れるっすよ」
それは。
三日目に東の外壁を越えられてしまったら。
三日目に男爵たちが敗北したら。
ちょうど追いつかれそうなタイミングだな、と。
そう思ったけれど、口に出すのはやめた。
「残りの油の量や石と矢の数から考えて、東の外壁はもっても三日っす。三日目に東の外壁を越えられてしまったら、ちょうど追いつかれそうっすね。それに、確か、進軍の速い部隊もいたっすね」
おれが言わずとも、フィナスンが言ってしまった。
きっと、その最悪の予想は当たってしまうのだろうと思う。
ゲントクになってしまうなどと、調子に乗っていたらしい。そういや、ゲントクは皇帝になる男だった。どうやらおれの役回りはチョーヒの方だ。
しょうがないので、橋で血にまみれるとしよう。
「それにしても、オーバの兄貴は、本当は大草原の方の人っすよね? なんで、こっちの道のことを知らないんすか?」
「・・・男はちょっとくらい、秘密がある方がもてるらしいぞ?」
「・・・兄貴はそんなものに関係なくもてもてっす・・・」
フィナスンは間抜けな会話にため息をついた。それから先は、追及してこなかった。
言いたくないことは聞かない、というスタンスに、やっぱりフィナスンは使える奴だと、おれはフィナスンの評価をさらに高めたのだった。
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